92.実食! リシアお姉ちゃん
「……ふぅ」
お風呂を終えた私、安藤リシアは一息つきながら浴場を出た。
タオル片手に、扉は閉まっているけど一応身体を隠しながら、脱衣所へと足を踏み入れる。
「……銀髪がいっぱい浮いてたなぁ」
お風呂の感想を感情も込めずに私は呟く。エイジの抜け毛がたくさん落ちていた浴槽、気持ちが変に昂って落ち着かなかった。
とりあえずサッと身体を拭いて、パッと下着を履いて、シュッとパジャマを私は着た。
そして壁にかけられたドライヤーを手に取り、髪を乾かし始める。
大きな音を立てながら温風を出すドライヤー。使うたびに思うけれど、このドライヤー、いいお値段すると思う。
私が普段使っているドライヤーとは全然違う感覚。きっとサラちゃんが買ったんだろうなあと想像。
「……こんなもんでいいかな」
ある程度乾いたらドライヤーを止め、次に櫛を手に取る。
普段は別にお風呂出たてで髪を整えたりしないけど、エイジがいるし。
「……ん。多分オッケー」
ふうと一息ついてから、私は脱衣所兼洗面所の扉を開け、廊下へと出た。
その直後、聞こえてきたのは──
「いや美味いね! 男ならばそう思う! 否! 人間ならば若者ならば!」
「ゼッッッッッッッッッッタイ失敗だってこれ! 味は確かに美味しいとは思うけど! なんかぐちゃぐちゃだもん!」
「……あはは、本当に仲良いんだから」
エイジとサラちゃんの喧嘩声が、リビングを超え廊下まで聞こえてきていた。
クティラちゃんの声は聞こえない。静観しているか、もしくは叫んでいないかのどっちかだと思う。
とりあえず私はリビングへと向かっていった。
「あ! リシアお姉ちゃん! リシアお姉ちゃああああああんッ!」
「わぁ!?」
リビングへと足を踏み入れた瞬間、私に気づいたサラちゃんが私の名前を叫びながら突撃してきた。
若干鳩尾に腕が入る。痛い。と思ったと同時に、サラちゃんは両手で全力で全開で全身で抱きついてきた。
とりあえず私はそんな彼女の頭を撫でてあげる。すると「えへへ」と可愛らしく笑いながら、彼女の私を抱きしめる力が増した。
「えー……っと。二人ともなんで喧嘩してたの?」
私はエイジとサラちゃんを交互に見ながら問う。
すると次の瞬間、彼らはキッと鋭い目つきで私を見つめてきた。
流石は仲良し兄妹。タイミングバッチリだ。
「あのねリシアお姉ちゃん! 今日はお兄ちゃんが夜ご飯当番なんだけど……ってそれは知ってるよね。ともかくとにかくとりあえず! お兄ちゃんが今日作った夜ご飯がね! なんかもうやばいの!」
「や……やばい?」
私は思わず首を傾げてしまう。エイジにそんな、料理が下手なイメージがないからだ。上手と言うイメージもないけれど。
「あのね……! 美味しくなくはないの……! 料理自体が美味しいっていうか……それに使われた焼き肉のタレが美味しいって感じだけど……けどなんか……ぐちゃぐちゃしてるの!」
少し涙目になりながら訴えてくるサラちゃん。見ていて可哀想なので、私は頭を撫でながら彼女を抱きしめてあげる。
そんなサラちゃんを、呆れた目でエイジが見ている。ので、次は彼の主張を聞こうと私は目を合わせた。
私の意図に気づいたのか。エイジは一瞬目を見開くと、咳払いを一度した後、すぐ近くの壁に手を寄り掛からせながら口を開いた。
「リシア……サラはな、今日初めて美味いという概念と経験に触れて困惑しているだけなんだよ」
「お兄ちゃんは一体全体どこからそんな自信を湧かせてるの!? バカお兄ちゃん!」
「バカ……!?」
ドヤ顔で語るエイジに、罵声を浴びせるサラちゃん。
正直、今の私はどちらに味方をすればいいのかわからない。
サラちゃんは面倒臭いツンデレな時があるから今回もそうかもしれないし、逆にサラちゃんが百正しくて自分に酔いしれているエイジに問題がある可能性も捨てられない。
とりあえず、問題の夜ご飯を食べてみよう。私はそう思い、抱きついたままサラちゃんを連れてテーブルへと向かう。
「えっと……私も食べてみようかな」
サラちゃんを右にズラしながら、椅子に座りながら少し遠回しに夜ご飯を所望。すると、エイジはそれをすぐに察してくれて、何故か少しニヤつきながらキッチンへと向かっていった。
そしてその直後、エイジは一瞬で私の目の前に現れ、勢いよくお皿を目の前に置いた。
若干焦げているチャーハン。すごいいい匂いがする。いい匂いっていうか、焼肉の匂い。
いつの間にか用意されていたスプーンを手に取り、私はチャーハンを一掬い。
ぎゅっと、サラちゃんが強めに抱きついてくる。そんな彼女の頭を撫でてから、私はスプーンを口に運んだ。
「……むっ……!?」
美味しい。好きな人が作ったという補正を抜いても、これは美味しいと思う。
でもサラちゃんの言う通り、ほぼ焼肉のタレの味ではあると思う。すごい美味しいタレ使ったんだなぁ。
とりあえず私は今口内にあるチャーハンを飲み込んで、もう一口食べてみる。
「……へ……!?」
なんか、味が薄い。さっきよりも味が薄い。微妙に薄い。ほんのり香る程度にしか焼肉のタレを感じない。
もう一口食べてみる。
──濃い。
もう一口。
──若干薄い。
さらにもう一口。
──濃い部分と薄い部分がある。
「……ごめんエイジ、私サラちゃんの味方になる」
「なん……だと……!?」
サラちゃんの言っていた意味がわかった。なんて言うか、全体的にぐちゃぐちゃしている。
食に詳しくないから上手く言語化できないけど、なんて言うかバランスが色々な意味で悪い気がする。
同じ味の濃い部分と薄い部分が混ざり合っていて、食べていて首を傾げたくなる不思議な味。
「ね! ね! リシアお姉ちゃん言った通りでしょ!? なんかぐちゃぐちゃでしょ!?」
「うん……なんかぐちゃぐちゃ」
「そんなバカな……!」
私の感想にショックを受けたのか、エイジはわざとらしく膝から崩れ落ち、手を地面につけて残念のポーズをした。
「えっと……えと……」
私はサラちゃんを片手で抱きしめながら椅子を立つ。そして、そのまま彼女を連れてエイジの元へと向かう。
そして、倒れ込んでいるエイジの頭に何となく、手を置いた。
「その……次! 次! がんばろ……!」
「そうだよお兄ちゃん。私はともかく、リシアお姉ちゃんはいつでも食べてくれるんだから」
サラちゃんは何故かエイジの背中に手を置きながら、そう言う。
正直に言うと、健康に悪そうだからあまり食べたくはないけど。でもエイジが作ってくれるなら、サラちゃんの言う通りいつでも食べてあげるとは思う。
「……あれ? そういえばクティラちゃんは?」
と、私はいつも一番元気なクティラちゃんが居ないことに気づく。
辺りを見渡しても見当たらない。どこに行っちゃったんだろう。




