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9.絶対発情飢餓哀楽

「ふーん……そんな事があったんだ。お兄ちゃん大変じゃん」

「他人事のように言うな……お前も巻き込まれるかもなんだぞ。この家に住んでいるんだから」

「うぇ……それはちょっと勘弁」

 ヴァンパイアハンターを退けて数時間後。僕はソファーに座りながらサラと会話をしていた。膝の上にはクティラが丸まって寝ている。

 今日起きたこと、これから起こるかもしれないこと。それを彼女に説明したのだが、いまいち真面目に聞こうとしない。

「まあいいや。私お風呂入ってくるね」

 んーと唸りながら背伸びをして、ソファーを立ち上がるサラ。

 僕は特に何も言わずに、ポケットからスマホを取り出した。

 ゲームでもやろうか、動画でも観ようか。何をしようか考える。

 でも特に思い浮かばなかったので、すぐにスマホをポケットにしまい、天井を見上げた。

「……はあ」

 そしてため息。今日だけで何回、ため息をついたんだろう。

 どうでもいいか。

 僕はテレビのリモコンを手に取り、それを巧みに操りテレビの電源を入れる。

 画面に映ったのは、芸能人がマイク片手に熱唱している姿。

 チャンネルを変える。すると映ったのは、可愛い犬の姿。

 右上には「ワンちゃん・ねこちゃん特集!」と書かれていた。すごくわかりやすい見出しだ。

「これでいっか……」

 ソファーにより深く腰をかけ、僕はテレビを楽しむことにした。



「ふぅ……気持ちよかったぁ……」

 気持ち良さげな声が聞こえてきた。声のする方を見ると、そこに居たのは風呂から出たばかりのサラ。

 全身から薄い湯気が出ていて、髪がしっとりと濡れていて、頬がほんの少しだけ赤く染まっている。

「……サラ」

 僕は妹の名前を呟き、静かに唾を飲んだ。

(……え?)

 自分のした予想外の行動に、僕はつい疑問符を頭の中で浮かべる。

 僕は今、何をした? 何故、唾を飲んだ?

「ふんふんふーん……」

 鼻歌を歌いながら、足取り良く冷蔵庫へと向かうサラ。

 何故だろう、どうしてだろう。彼女から目が離せない。

「よっと……君に決めたっと」

 サラが冷蔵庫から炭酸ジュースを取り出す。片手でそれの蓋をあけ、トクトクと大きな音を響かせながらコップへと注いでいく。

「……んく……ん……」

 聞こえる。耳元にあるかのように聞こえる。

 サラが炭酸ジュースを喉に流し込む音が。わずかに聞こえる、可愛らしい声が。

 上下する喉に目がいく。とても美しくて、綺麗な白い肌。風呂上がりだからか、わずかに水滴が付いており、それがまた、唆る。

「……ぷはっ」

 満足げに笑みを浮かべるサラ。艶やかに濡れた唇をぺろっと舐めて、彼女はコップを流しへと置いた。

「……んー」

 両手をクロスさせ、サラが全身を伸ばし始めた。

 チラッと見えた脇は毛の一本もなく綺麗で、そこからわずかに覗いた胸元の部分に目が奪われる。

 高鳴り始める。僕の心臓が、ドクンドクンと全身に脈を打たせる。

 息が乱れている。抑えたいのに抑えられない、はぁはぁという激しい吐息。

「……お兄ちゃん?」

 僕の視線に気づいたのか、サラがこちらを見て首を傾げた。

 その可愛らしい行動に、あどけない仕草に、僕は心打たれる。

 おかしい。何かおかしい。サラはいつも通りだ、普段と同じだ、何も変わっていない。

 なのに何故こんなにも彼女に惹かれるのだろうか。どうしてこんなにも彼女に、夢中になってしまうのか。

 自分がわからない。何がどうなっているのかわからない。

 こんな感情、今までの人生で一度も抱いた事がない。

 胸がドクンドクンと高鳴って、息が荒れに荒れて、自分の欲求を抑えられないこの気持ち。

 その綺麗なうなじを、きめ細やかな美しい肌を、漂う甘い香りを。僕は求めている。

──襲いたい。

 サラを、綺麗なあの女性を、処女を。僕は今すぐに──

「落ち着けバカエイジ!」

 その時だった。寝ていたはずのクティラが何故か目の前に現れ、僕にデコピンをした。

「あいたっ!?」

 そこそこの痛さ、ヒリヒリとした痛さ。僕は思わず額を手で押さえる。

「な、何するんだよクティラ!」

「ふふん! 私に感謝をするんだなエイジ。私がデコピンをしていなければお前、サラを襲っていたぞ?」

「……へ?」

 自信満々なドヤ顔で語るクティラ。彼女の言葉を聞いて、僕は数秒前の自分を思い出した。

 サラに惹かれて、サラに夢中で、サラを襲おうとしていた自分を。

「……うわ」

 自分の気持ち悪さに嫌悪感を抱く。なんで僕は実の妹に発情しているんだろう。

「発情ではないぞ……性欲ではなく食欲だ」

 腕を組みながら、淡々と語るクティラ。

 僕は思わず首を傾げる。一体全体どう言う事なんだろう。

「お前は半パイアだが……半端と言えどもヴァンパイア。処女の血に惹かれるのは当然だろう?」

「……あ、そう言うこと?」

 それを聞いてようやく理解した。そういえば僕は今、女の子なだけではなく、ヴァンパイアでもあるんだった。

 すっかり忘れていた。ヴァンパイアハンターに襲われたばかりだと言うのに、忘れていた。

「ふふふ……気持ちはわかるぞエイジ。サラは素晴らしい処女だ。私の見立てによるとキスすら済ませていない。今時の性欲マシマシな奔放女子ではなく、純情可憐で清楚な女の子だからな」

「……お前のそういう偏見はどこからくるんだよ」

「む? 例えばこの本だが……出てくる女子全員がちょっと主人公に優しくされただけで子作りを願っているぞ?」

「だからリアルと二次元を混同するなって……」

 僕はわざとらしく、クティラに聞こえるようにため息をつく。

 なんで彼女はこんなにも知識が偏っているんだろうか。いくらラノベの読みすぎと言っても、ここまでひどい状態には普通ならないと思う。

「それで……どうするんだエイジ」

 と、急にクティラは真面目な顔をして、僕を見つめてきた。

 じっと、じっと、見つめてくる。真面目な顔で、じっと。

「正直その衝動を抑えるのは難しい……吸うか?」

 僕は、彼女の質問の意図に気づき、固唾を飲んだ。

「サラの血を……吸うか? エイジ」

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