87.嫉妬深き姉の妄執暴走光線箒
「ハンバーグセットでーす」
「はいはーい! それ私!」
「ハンバーグとステーキセットでーす」
「それも私ー!」
「ペペロンチーノでーす」
「それは私だ」
「以上でお揃いですか?」
「イェス! ありがとうございます!」
「失礼しまーす」
「……お姉ちゃん」
「……クティラちゃん」
テーブルの上に並べられた料理を見て、私とアムルちゃんはため息混じりに彼女たちの名を呟いた。
アムルちゃんはラルカを、私はクティラちゃんをじっと見る。
「ねえお姉ちゃん。これから家に帰ったら夜ご飯もあるんだよ? なんでそんなに頼むの? なんでハンバーグセット頼んだのにハンバーグ&ステーキも頼んでるの?」
「アーちゃん、ツッコミ長くて下手だね」
「……誤魔化そうとしないでよお姉ちゃん」
「あいたたたたたたたっ」
ラルカの頬をつねり、ぐいっと引っ張るアムルちゃん。
それを見て私は、ペペロンチーノを美味しそうに頬張るクティラちゃんのほっぺを突いてみた。
「む? んむんむんむむむむぅむむむんむん?」
パスタを口に含みながら何かを言うクティラちゃん。何を言ってるのか全くわからない。
多分、なんで突いてくるの? とか。何か用でもあるの? と言っているのだろう。
ので、私はそれらを言っていると推測して、彼女に返事をすると同時に疑問を投げかける。
「クティラちゃんも夜ご飯あるの忘れてない? そもそも私たちが外出したのってエイジのお使いだよ?」
「んむむむんむ……ッ。そういえばそうだったな」
ちゅるんっと、フォークに巻きつけたパスタの最後の一本を食べ、それを飲み込むと同時にクティラちゃんが言う。
彼女は表情を一切崩さずに、顔は向けず目だけをこちらに向け、話を続ける。
「まあでも、私なら余裕だ。成長期だからな、私は」
「でも食べ過ぎると太っちゃうよ?」
「無問題だ。私は太らない体質だからな」
「えぇ……ズルい」
美少女でかつ、太らない体質なんて女の子として無敵じゃん。と、私はつい嫉妬心を抱いてしまう。
私だって一応、そう言うの気にして申し訳程度の調整とかしてるのに。
それに、お肌を見る限り。暴飲暴食をしても綺麗な肌を保てる体質でもあるらしい。ズルすぎる。ニキビとか一個もできてないし、毛穴も全く開いてない。
おまけにキューティクルまで完璧で、私の数倍は髪ツヤツヤ。銀髪赤眼美少女ヴァンパイア恐るべし、だ。
「よく聞いてねアーちゃん。人生の先輩として言います。若いうちにバカみたいな料理をバカみたいに食べておいた方がいいんだよ? 若さで色々と誤魔化せるから。私だってあと十年もしたら油で胃がもたれたり、ぶっ濃いもの一口食べて無理ーとか言っちゃうかもなんだから。お父さんとお母さんみたいに」
「……私たちのお父さん、油ギトギト唐揚げを喜んで食べてたよね?」
「それはそれ、これはこれー。あの人に常識が通じるわけないじゃん」
ふと、アムルちゃんたちの方を見ると。アムルちゃんが呆れ気味にラルカの暴食シーンを見ていた。
はぁ、とため息をつき。私の視線に気づいたのかこちらに目を向け「お互い大変だね」と言うかのように、同情するような表情をしながらまた、ため息をついた。
私はそんな彼女を見て、小さく頷く。クティラちゃんはまだマシだけど、ラルカのお世話は本当に大変そうだ。側から見ててそう思う。
「ご馳走様! 美味しいねーこのお店!」
「うわ……もう全部食べたのお姉ちゃん」
「食べたよ?」
と、ラルカが満足そうに、にこやかに微笑みながら。アムルちゃんとは正反対の意味が込められたため息をつく。
それを見てアムルちゃんはまた、ため息をついた。彼女、今日だけで何回ため息をつくんだろう。
て言うかこの様子だと、毎日家でラルカに振り回されてため息をついてそうだ。ちょっと可哀想かも。
「ふぅ……ご馳走様だ。なかなかの美味さだったが、リシアお姉ちゃんのカルボナーラには敵わんな」
と、こちらも食べ終えたクティラちゃんが満足げにため息をつく。
「……そんなに気に入ってくれてるんだ」
パスタを食べるたびに私の作ったカルボナーラを褒めてくれて、ちょっと恥ずかしい。
自分でも美味しくできているとは思うけど、お店を超えるほどのクオリティがあると思えるほど、自信はない。
「あーあ……もう。お姉ちゃんがいるとお姉ちゃんばかり気になって、全然リシアちゃんたちと喋れないじゃん」
と、アムルちゃんがまたため息をつきながら嘆く。
それを聞いて私はちょっと嬉しくなってしまった。私と仲良くなろうとしてくれてるんだなって、知れたから。
じゃあ私も頑張らなくちゃ。私だってアムルちゃんと仲良くなりたいんだし。ここは自分から話題を振らなきゃ。
「ねえ、アムルちゃんっ」
「ん? なになにリシアちゃん?」
「……えっと」
「んー?」
(……やばい……何話せばいいのか思いつかない……!)
思わず、何も考えずにアムルちゃんに話しかけてしまって、私は後悔した。
元々そんなに話す事が得意な人間ではないのに、なんで調子に乗って自分からも話題を振ろうとイキがってしまったのだろう。
しどろもどろになっている私を、アムルちゃんが不思議そうな目で見ている。
どうしよう、どうしようどうしようどうしよう。
どんな話題で、どんな声色で、どんな調子で、どんな会話をすればいいんだろう。全然思いつかない、やばいやばい。
チラッとアムルちゃんを一瞥する。予想通り想像通り、アムルちゃんは軽く右に首を傾げている。私に話しかけられたのに、話しかけてきた私が何も言わないのだから当然だ。
そうだ、こんな時は素直に自分の気持ちを伝えればいいと何かの本に書いてあった。確か、道徳の教科書。だったと思う。
私は固唾を飲んで、誰にも見られないように隠してから拳を握って、アムルちゃんの目をじっと見つめる、
「私……アムルちゃんのこと好きだから……もっと好きになりたい! 大好きになりたい……!」
「……ふぇ?」
「なに?」
「はあああああああああああん? 今なんて言ったのリシアちゃぁぁぁああああん?」
(……なんか色々間違えたー!?)
今私、なんて言った? 思い出してみよう思い返してみよう。
好きって言った。間違ってない、私はアムルちゃんの事が好きだ。もちろんラブじゃなくてライクで。
でも言い方、言い方を間違えた気がする。まるで告白かのような、もっと深く繋がりたいと表明するかのような声色声音をしてしまった気がする。
多分、顔も赤くなっていたと思う。だって恥ずかしくて、それでも勇気を出して言ったんだもん。その時耳たぶの辺りが結構熱かった。
「と、突然言われても……! 私もリシアちゃん好きだけど……!」
と、アムルちゃんがほんのり頬を赤く染めながら、呟くように言った。
あ、これ、間違いなく勘違いしてる。
「ねえねえリシアちゃん。私リシアちゃんのこと好きだけど、そう言うのは違うと思うな。なんて言うかさ、なに? はあ? アーちゃんのことそう言う目で見てたの? 私のアーちゃんを? 私の妹と知って? どうして? アーちゃんは私のアーちゃんだってリシアちゃんには伝えていたよね? あの人と違ってすでにアーちゃんが好きな人がいることを知っていてアーちゃんを好きになったって言うの? 違うよね? 私の方が先にアーちゃん好きだし私はアーちゃん好きって言ったんだからそれを知っているリシアちゃんが好きになるとか意味わかんないよね? 何考えてるのかな? え? 喧嘩するの? あの時の続きするの? 私負けないよ? アーちゃん奪おうとするなら本気で殺す気でやるよ? 私の妹で私の大好きなアーちゃんを好きになるってことは私に殺される覚悟ができているも当然同然なんだよ? だって私のアーちゃんを取ろうとしてるんだもんね? 私が大好きなアーちゃんをさ? ねえ聞いてるリシアちゃん? パードン? パァァァァアアアドゥウウォォォォンン?」
「わぁぁあ!?」
急に早口で、瞳孔をぐるぐるとさせながら、身を乗り出して私を睨みつけてくるラルカに、私はつい怯えて悲鳴を上げてしまう。
怖い。怖すぎる。普段はふわふニコニコきゃーわーなラルカが、めちゃくちゃ早口で低めの声で一方的に言葉をぶつけてくるのはいくらなんでも怖すぎる。
私は思わず助けを求めるかのように、クティラちゃんに抱きついてしまった。
「おお……弱気なリシアお姉ちゃんとは珍しい」
クティラちゃんが私の頭を撫でながら軽い調子で言う。
その直後、ラルカはどこからか箒を取り出して、私たちに勢いよく向けてきた。
「……まあ落ち着けラルカ、箒を突きつけられては落ち着いて話もできないだろう? オッケー?」
「オッケー!」
「えぇー!?」
オッケーと言ったはずなのに、ラルカは目をギラっと輝かせぶつぶつと呪文を呟き始める。
私たちに向けられた箒の先端に魔法陣が現れ、それがクルクルと回り始めて、中心に凄まじいエネルギーが集まって──
「オッケーなら箒を下げてバカお姉ちゃんッ!」
「あいたぁッ!?」
と。クティラちゃんの頼みが通じず、箒からビームを放とうとするラルカを、アムルちゃんが瞬時に立ち上がりラルカの頭を軽く叩き、彼女の暴走を止めてくれた。
「……ふぅ」
私は思わず、安堵のため息をついてしまった。
やばかった。私、魔法とかよく知らないけど、今のビームは勘でわかった。触れたら即死のやばいビームだったって。
「お姉ちゃん、外でビーム撃たないでっていつも言ってるよね?」
「うぅ……! だってリシアちゃんが私のアーちゃん取ろうとするんだもん!」
と、涙目で訴えるラルカ。
するとアムルちゃんはため息をつき、ペチっと軽くラルカの頭に手を乗っけた。
「別に私お姉ちゃんのものじゃないし……私の心はあの人のものだし」
「あぅう……」
「というわけでその……リシアちゃんも。気持ちは嬉しいけど……ごめんね」
「う……あ……はい……」
私のコミュニケーション能力の低さで、なんか大変なことになりかけてしまった。
心の中で私は反省する。もう自分からイキがって会話を始めたりしないようにしよう。日陰者なんだから会話に混ぜられる形だけでトークに参加しよう、と。
「リシアお姉ちゃんはもう少し言い方を考えた方がいいな、あの姉妹の前では」
と、クティラちゃんが変わらず私の頭を撫でながら、しっかりと私の目を見ながらそう指摘してくる。
「クティラちゃんは……私が言いたかったこと、わかってくれてるんだ」
「まあ、なんとなくはな……。予想はしていたが、やはりアーちゃんもラルカよろしく、思い込みの激しい性格のようだな」
ニヤリと笑みを浮かべながら、そう言いながら、私の頭を優しく撫でてくれるクティラちゃん。
いつもと立場が逆だし、人の目もあって恥ずかしいけど、私は大人しく彼女の撫で撫でに身を任せ、甘えることにした。
だってラルカ、結構本気で怖かったもん。




