85.同棲夫婦未だ独り身
「ねえねえリシアちゃん、私ちょっと気になってるんだけどね」
チーズケーキを一口食べながら、アムルちゃんが話しかけてくる。
「ん? なになに?」
私もそれを真似て、というわけではないけれど、チョコケーキを一口食べながら返事をする。
すると、アムルちゃんは少しニヤつきながら言った。
「リシアちゃんってさ……恋人って今、いるの?」
「……ぴえ?」
アムルちゃんの質問に対し、私は変な声を出して返事をしてしまった。
だってびっくりしたから。いきなり恋人って。好きな人いるの? ならまだわかるんだけど。いや、それを聞かれてもびっくりしたとは思うけど。
私は自然に、無意識に、当たり前のようにエイジの顔を思い浮かべてしまう。それがとても恥ずかしくて、自分がちょっとキモく見えて、そんな私とアムルちゃんの質問を否定するために、私は首を横に振りながら答える。
「いないいない……! いないよ……!」
ついでに両手も振って否定アピール。だけどそれが伝わらなかったのか、それとも誤魔化そうとしているように見えたのか、アムルちゃんはニヤニヤとしながらチーズケーキを口に運んだ。
「そんなに必死にならなくてもいいのにもうっ! リシアちゃんったら!」
フォークを置いて少し立ち上がって、アムルちゃんこちらに向かい手を伸ばし、何故か私の頭を撫でてくる。
私はそれに反抗せず、反応せず。ただただ俯いて、彼女の撫で撫でを受け入れた。
「本当にいないのに……うぅ」
アムルちゃんには聞こえない大きさでそう呟く私。
そんな私を、隣に座るクティラちゃんがじっと見ていた。
「リシアお姉ちゃん……」
「ぴぇ……?」
と、私の肩をツンツンするクティラちゃん。
やけに低く、シリアスな声で、真面目な声で、威厳のある声でクティラちゃんは私の名前を呼ぶ。
そして彼女はゆっくりと右腕を上げ、ビシッと人差し指で指してきた。
──チョコケーキを。
「ひとくちちょうだい……だ。リシアお姉ちゃん」
「え、あ、うん……いいよ」
何でそんな真面目な雰囲気でおねだりしたんだろう、と私は思わず首を傾げる。
すると、アムルちゃんが私を撫でるのを止め、背もたれに寄っ掛かりながらふぅ、と一息ついた。
「クティラちゃんは確か愛作くん……えっと、エイジくんの事ね。そのエイジくんと確か、結婚してるんだったよね」
それを聞いた私とクティラちゃんは、思わず身体をビクッとさせてしまった。
と同時に。クティラちゃんが瞬時に私に抱きつきながら、耳元で囁く。
「そういえばそんな設定にしていたな……どうするリシアお姉ちゃん、全然設定固まってないぞ?」
「ボロが出たら変に疑われるよね……どうしよっか……?」
急に二人でコソコソ話を始めたからなのか、私たちを見ながら首を傾げるアムルちゃん。
すると彼女は少し背中を曲げ、両肘を机に置きながら、両手で両頬を支えながら、小さくため息をついた。
「……私だけ仲間外れとか嫌なんだけど?」
不満そうに呟くアムルちゃん。膨れた頬が可愛いけど、ちょっと怖い。
「すまないアーちゃん……私とエイジの結婚生活は機密事項なのだ」
「だからアーちゃん言わないでって……もうっ。えいっ」
「あう……っ」
変わらず頬を膨れさせながら、凄く軽い仕草でクティラちゃんの頭を叩くアムルちゃん。
そういえば彼女は何でアーちゃんと呼ばれたくないんだろう。お姉さんであるラルカには呼ばないで、とは言ってなかったような。
私はそれが気になって、アムルちゃんに聞いてみようと口を開──
「ていうか機密事項って……ただの高校生夫婦じゃないの? クティラちゃんたちって」
口を開こうとしたら、アムルちゃんが先にクティラちゃんに疑問を投げかけてしまった。
じっとクティラちゃんを見るアムルちゃん。するとクティラちゃんが、助けを求めるように私を見てきた。
「あ、でも高校生で夫婦って変なのか……。ていうか高校生で結婚って出来るんだっけ? 年齢的には無理なような? そういえば、籍は入れてるの?」
「……黙秘権」
「えー……」
プイッと、アムルちゃんから顔を背けるクティラちゃん。そんなクティラちゃんの頬を、プニプニと突くアムルちゃん。
イチャついてるなー、と思いながら。私はメロンソーダを一口飲んだ。
「聞かせてよクティラちゃん、私気になるよクティラちゃん、秘密にするから教えてクティラちゃん」
「……アーちゃんには内緒だ」
「アーちゃんって呼ぶなら私、追究し続けるからね。クティラちゃんたちの秘密」
「むぅぅ……アーちゃんは存外意地悪だな」
「クティラちゃんも意地悪じゃん」
(……私、蚊帳の外だなぁ)
二人の会話を聞きながら、入る余地のない自分が虚しくなって、なんとなく天井を見上げる。
虚しいっていうか、寂しい。三人で居るのに二人で会話が続いてると仲間外れにされたみたいで。
アムルちゃんもさっき、私たちのコソコソ話を見ていてこう感じたのかな?
そう考えると、アムルちゃんは凄いなと思う。その不満を口に出して、気に入らない現状を打破したんだから。
私にはできない。思っていても、感じていても。自分の内に秘めるだけでそれを誰かに曝け出して、自分から吐き出して、変えようなんて思えない。
こうなったからそうなった、と。そのまま受け入れることしか私にはできない。
自己嫌悪ばかりして、ちょっとヘラってきたかも。やめよう、ヘラるのは健康に良くない。
「……んぇ?」
と、何故かアムルちゃんとクティラちゃんが私をじっと見つめているのに気づいた。
「え……と……?」
もしかして、何か話しかけられていた?
やばい。変なことばかり考えていて全然、何も聞いていなかった。
「……リシアちゃんって結局、恋人はいるの?」
と、アムルちゃんが首を傾げながら聞いてきた。
「ぴぇ……!?」
なんでまたその話に戻っているんだろう。驚いてつい、変な声を出してしまった。
あれ? あの二人、さっきのさっきまでエイジとクティラちゃんの秘密について問答していたよね? クティラちゃん何も答えてないけど。
それがなんでまた私に恋人云々に戻っているの? どういう流れでその話に戻ったの?
「いやあのね……私にはあの人が一応いて、クティラちゃんには愛作くんがいるでしょ? 二人とも一応、恋に愛に生きてるわけじゃん?」
「う、うん……」
「同じクラスで同じ女子高生、って事に気づいた時、二人で思ったの。リシアちゃんはどうなんだろーって。だから改めて聞くね、好きな人! もしくは恋人はいるの!?」
目をキラキラと輝かせながら、恋バナモードに入ったアムルちゃんが身を乗り出して聞いてくる。
恋人はいないけれど、好きな人はいる。だから思い浮かんでしまう、彼の顔が。
やばい。耳たぶが熱い。ついでに頬も熱い。私今きっと、顔が真っ赤だ。
「あ、その反応! いるな恋人! もしくは好きな人! ねえねえ誰誰リシアちゃん!?」
ぎゅっと私の手を、両手で握ってくるアムルちゃん。
眩しく感じるほどに輝いた目で見つめられ、それに当てられるのがとても恥ずかしくて、私はつい彼女から顔を背けてしまう。
言えない。言えるわけがない。エイジの事が好きだなんて。特に今この状況では。
一応クティラちゃんの婚約者っていう設定だから、エイジは。それしか知らないアムルちゃんに私がエイジを好きだと言ったら、略奪愛宣言に他ならない。
ていうか、それ関係なしに恥ずかしくて言えるわけがない。だって私、一番仲の良い同性であるサラちゃんにすら、エイジが好きだとは伝えられないもん。
「それで? 誰が好きなのだ? リシアお姉ちゃんは」
と、机に肘を立て頬杖をつきながらクティラちゃんまで問うてくる。
(クティラちゃんは知ってるじゃん……!)
この子、自分の作った甘い設定をこれ以上追及されないように私に矛先を変えたな、と察した。
マズい。アムルちゃんの目の輝きがどんどん増していってる。それから逃れられる気がしない。
ぎゅっと、ぎゅうううううううっと。アムルちゃんの私の手を握る力が強くなっていく。
私は覚悟を決めて、固唾を飲んで、彼女を見ながら仕方なく、答える事にした。
「いる……よ? 内緒だけど……」
「わー! やっぱり!? えー! 誰だろう誰だろう!?」
さらに握る力を増すアムルちゃん。そのまま握ったまま、私の手を軽く上下に振る。
「ヒントちょうだいヒント! ウチの学校!? まさかのクラスメイト!? はたまた教師との禁断の恋!?」
「……絶対内緒」
「えー……でもうん! 内緒だからこそ良いというのもあるよね! 私応援するよリシアちゃんの恋!」
「あはは……ありがとう」
何も知らないのにどうやって応援するんだろう、とは思ったけど、とても嬉しい言葉をくれた。
なんて言うか、さっきまで自己嫌悪していたせいで、私を応援してくれる言葉を聞けただけで凄い心が救われる感じがした。
私、チョロいなあ。そう思って、思わず苦笑してしまう。
「そういえば……アーちゃんは恋人とはどうなんだ?」
「私?」
と、クティラちゃんが助け舟を出してくれたのか、単純に気になったからなのか。アムルちゃんに疑問を投げかけ、私に夢中な彼女に待ったをかけてくれた。
アムルちゃんはクティラちゃんの方を見て、けれど私の手は握ったまま。天井を軽く見上げ、小さく唸る。
そしてゆっくりと私の手から自らの手を離し、背もたれに寄りかかるように背を預け、はぁと小さくため息をついた。
「それがね……最近はていうか、最初の一回を終えてからずっとセックスレスだし、キスもあまりしてくれないの。たまに一緒に寝てくれるだけかな……邪魔者もいるしね……特にお姉ちゃんが」
「セッ……って」
当たり前のようにその単語を使うアムルちゃんに少し驚く。そして、アムルちゃんってやっぱり、その人とエッチをした事があるんだと改めて認識する。
そして想像してしまう。かっこいい男性と、アムルちゃんが裸で抱き合っている姿を。
それを私は、首を横に振ってすぐに掻き消した。友達のそういう姿を妄想とは言え想像するなんて、失礼だし。
「でもずっと好きだし……あの人もきっとちゃんとしっかりと、私のこと好きなんだよね。多分恥ずかしがっているだけなんだろうな……って。あの人、愛を提示するの凄い下手くそだしっ。あははっ」
と、頬を染めながらラブラブな感じを出しながら。若干早口で語るアムルちゃん。
ラブラブなんだなぁと、話を聞いているだけでわかる。ちょっと羨ましいかも。
好きな人と、ちゃんと好きだと言い合える仲。
私もいつかエイジと、そういう関係になれるのかな?
「む? もしかして、まだラルカはアーちゃんの家にお邪魔しているのか?」
「ん? そだよー? もうほんと毎日うるさくて……あの人たちにもちょっと迷惑かけてるし、早く帰ってくれないかな、って正直思ってる」
「えー!? アーちゃん酷いよ!」
「え?」
「ぴぇ?」
「ふぇ?」
と、聞き覚えのある声が突然一つ増えて、私とクティラちゃんとアムルちゃんは同時に首を傾げてしまった。
そして、三人仲良く同時に、声のした方を見る。
そこには、ほんの少し涙目になっているラルカが立っていた。




