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80.心キュンキュンします

 エイジ君のお家。そのリビングで、椅子に座りながら私はクティラちゃんとテーブルを囲っていた。

 今、エイジ君はお手洗いに行っている。それ故、私はクティラちゃんと二人きりなのだ。

「ふわぁ……ねむねむだ。完全一心同体状態になるのには中々体力を使うからな……疲れた」

「ごめんね私のせいで、無駄な体力使わせて」

「むぅ……そうやってすぐに自分のせいと謝るのはやめたほうがいいぞケイ」

 ビシッと、私を人差し指で差すクティラちゃん。

 今日何度目の指差しだろう。私は思わず苦笑してしまう。

「はーいっ」

 そうだね、そうだよね。クティラちゃんとエイジくんは優しいんだから、それに甘えてもいいよね。

 あんな酷いことをして、あんな怖い目に合わせても友達と言ってくれて。私の面倒くさいムーブも受け入れてくれて。

 二人には感謝しかない。してもしてもし足りないほどに。

 私はふと天井を見上げる。そして、思い返す。

 彼の優しい手、エイジくんが私を撫でてくれたあの感覚、感触。

 丁寧で、優しくて、なんだか気持ちがふわふわとした、あの感情と感覚。

 好きだな。もう一度撫でてもらいたいかも、でもそんな機会ないよね。と、私は心の中でだけため息をつく。

「それでだなケイ、私が思うに──」

 なんとなく自分の頭に自分の手を乗せてみる。うん、全然違う。エイジくんの撫で撫でとは全然違う。

「ケイ……?」

 あの時の彼の優しい眼差しが忘れられない。

「おーい、ケイー?」

 エイジくんの優しくて、暖かい気持ちになれる手のひらが恋しい。

「ケイケイケイケイケイケイ?」

 私の髪を軽く掬い、頭を優しく包み込むように、ほんの少し男の子らしい力強さを感じるあの触れ方。

「……なあケイ」

 思い出すだけで胸がほんの少しポカポカする。心臓がちょっとだけドキドキと高鳴る。心の奥の方がきゅぅっと締め付けられる。

「……むぅぅううう!」

「ひゃぁ!? え!? ちょクティラちゃん!?」

 と、突然ほっぺをかなりの力で突かれ、変な声で驚いてしまった。

 急いで机の上を見ると、頬をかなり大きく膨らませているクティラちゃんが、めちゃくちゃ不満そうに私を睨みつけていた。

「あ……えっと……なんで?」

 明らかに彼女は怒っている。ものすごく不満そうだし、破裂しそうなほどに頬を膨らませているし、何より未だに私のほっぺをツンツン突きまくってる。

「一人で妄想空想幻想想像理想の世界に入り込むなんて……! 私と話している途中だと言うのに……!」

「あー……ご、ごめんねクティラちゃん! ごめん!」

 と、私は両手を合わせてクティラちゃんにあやまる。

 何の話をしてたっけ。思い出せない。

 脳裏に浮かぶのはエイジくんの優しい顔だけ。それとクティラちゃんの怒っている顔。

「……む? もしかして、もしかしてだがケイ」

 と、クティラちゃんが少し目を見開いて、軽く首を傾げて私を見る。

「お前……エイジの事、好きなのか?」

「……うぇ!?」

 突然変な事を言われて、私は変な悲鳴をあげてしまった。

 耳元が、耳たぶが、ほっぺが、額が、顔全体が熱を帯びていくのを感じる。

 恥ずかしい。襲いくる羞恥心。どうしようもない照れ臭さ。

 私は自分の胸の高鳴りを止めるために胸元に手を添えて、空いている手の人差し指で顎をいじりながら──

(わ、私エイジくんの事……え? えぇ?)

 自己分析を始める。

 いや、好きだよ。好きなのは間違いない。エイジくんは優しいし、カッコいいし、私なんかと仲良くしてくれる懐の広さがあるし素敵だと思う。

 けどそれって、友達としての好意のはず。ラブじゃなくて、ライクのはず。少なくともエイジくんは私のことをそう思っているはず。

(え……エイジくんは、そう思っている? え? え?)

 私は、どうしてか、思うことが出来なかった。

 エイジくんはそう思っている。そう言い切れるのに──

 私もそう思っている。と、自信を持って言えなかった。

 なんか、胸の辺りが、きゅーっと冷たくなっていく。

 締め付けられている感じ。苦しい気持ち。だけど、嫌ではない感覚。

 何これ、本当に何これ。

 もしかして、もしかしてもしかしてもしかして──

 私は、本当にエイジくんのこと──

「……うぇえ?」

 私は思わず自分の頬を両手で押さえる。これ以上熱くならないで、赤くならないでと祈りながら押さえる。

 ダメだ。だって私、自分の嫌なところばかり考えるから、自己分析に慣れているもん。

 わかっちゃう。知れちゃう。理解できちゃう。

 ぎゅっと、ぎゅっとぎゅっとぎゅっと力を込めて両頬を軽く、パンパンと音を立てながら叩く。

 それでも熱は引かなくて、余計に胸がドキドキと五月蝿くなって、きゅううううううっと全身が締め付けられて──

(あ……ダメだ私……エイジくんの事好きだ……!?)

 頭の方、頭上の方、多分額の方。そこが沸騰するかのように、煙が出ているかのように、ものすごく熱くなる。

 わかっちゃった。わかってしまった。じゃあもう誤魔化せない。自分に嘘をつくのは得意なはずなのに、エイジくんとクティラちゃんが優しい言葉でそれを苦手にしてしまったから、いつもみたいに誤魔化せない。

 私、エイジくんの事、結構本気で好きだ。

「……うぅ」

 自分のチョロさに嫌になる。友達に対してそう言う行為を抱く自分に嫌悪感を抱く。

 けどけどけど、けどけどけど、けどけどけど。

 無理だよ。私、本能に抗うの苦手なんだもん。

「ケイ、顔真っ赤だが大丈夫か? 残酷なる無幻の悪夢猿の尻のように真っ赤だぞ?」

「うぇぇ……言わないでぇ……! ていうか何その猿!?」

 イタズラっぽく笑うクティラちゃん。そんなクティラちゃんにちょっとだけムカっとして、私は彼女の柔らかい頬をぷにぷにと突く。

「あうぅ……やめれー! ケイやめれー!」

「クティラちゃんの意地悪クティラちゃんの意地悪クティラちゃんの意地悪!」

「やめれー!」

「楽しそうだな……」

「うぇ!? エ、エエエエイジくん!?」

 後ろから彼の声が聞こえて、私はまたしても変な悲鳴をあげながら、変に吃りながら彼の名を呼ぶ。

 不思議そうな顔で、私とクティラちゃんを見るエイジくん。私たちの様子が仲睦まじく見えたのか、少し微笑んでいる気がする。

 何その笑顔、かわいい、好き──

(ってえええ!? 好き、じゃなくてえええ!)

「ケイ……顔真っ赤だけど、クティラに変なことでも言われたか?」

「ひぇ!? それはね! それはね!」

 図星を突かれそうになって、私は急いで両手を振りながら彼の問いを否定する。

「それがなエイジ、なんとケイは──」

「わあああああああああ!? バカァァァアアア!!!」

「うぴぃ!?」

 私は変なこと余計なことを言おうとしたクティラちゃんを急いで掴んで、そのまま立ち上がって、エイジくんに背を向けながらしゃがみ込んで、クティラちゃんを睨みつける。

 そして小さな声で、だけど強く激しい声で、私は言う。

「ぜっっっっっっったいッ! 言わないでよクティラちゃんッ! 絶対の絶対の絶対だからねッ!」

「潰れるー! 潰れるー!」

「はい、と言ってクティラちゃん! イエス、と言ってクティラちゃん!」

「ウ……ウィ……」

「なんでフランス!?」

 と、驚きつつも了承を得られたので、私はクティラちゃんを離す。

「ふぅ……死ぬかと思ったぞ」

「あ、ご、ごめんねクティラちゃん!」

 安堵してため息をつくクティラちゃん。私は謝罪の意も込めて、彼女の頭を優しく撫でる。

 すると、彼女は小さな体で一所懸命に背伸びをして、私の耳元に顔を近づけてきた。

「……もしかして、本当に好きになったのか? エイジのこと」

「う……うん、そうみたい」

「なんで自分のことなのにイマイチ自信がないんだ……」

 と、呆れるようにため息をつくクティラちゃん。

 だって、誰かを好きだと自信満々に言えるほど私のメンタル、強くないもん。

「まあ……ケイが嫌なら言わないでおこうではないか。だが申し訳ないがケイ、私には先約がいるのでお前の恋を応援することはできん」

「べ……別にいいよそれは」

 エイジくんの事は好き。本当に好き。だけどこの想いを伝える気は私、一切無いし。

 ラブとしての好きな気持ちは持っているけど、やっぱり私、それ以上にエイジくんとは友達として仲良くなりたいもん。

 だからこの気持ちは、私だけの秘密にしておきたい。

「ただいまー!」

 と、その時。誰かが帰宅を告げる声が玄関の辺りから聞こえてきた。

「む、サラとリシアが帰ってきたか」

「妹さん……? そっか、もうそんな時間か」

 と、私はクティラちゃんを抱えながら立ち上がり、振り向いてエイジくん見る。

 ゆっくりと、一歩一歩踏みしめながら彼に向かって歩き出す。

 じっと彼の目を見つめて、クティラちゃんを差し出して、私は言った。

「今日はありがとう……エイジくん」

「……おう」

 少し呆けた顔で頷くエイジくん。そんな姿も、少し可愛い。

 私は椅子の下に置いといた自分の荷物を手に持ち、エイジくんに言う。

「それじゃあそろそろ帰るね、また……来週」

「ああ……またな、ケイ」

(……えへへっ。バイバイじゃなくて、またねだって)

 手を振りながら私はリビングを出て行く。その際に出会った女の子二人に頭を下げながら挨拶をして、真っ直ぐに玄関へ。

「……えへへ」

 ニヤケが止まらない。軽く小さく笑みをこぼしながら、私は玄関の扉を開けた。

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