79.勝手に帰宅状況秘匿
「……え、やば。もうこんな時間じゃん」
と、スマホをいじっていたサラちゃんが呟く。
私も思わず、自分のスマホの画面上部を見て時間を確認。既に一時過ぎていた。
隣に座るアムルちゃんを見ると、彼女はスマホ片手に教室の時計を確認していた。
「結局お兄ちゃんとクティラちゃん帰ってこなかったけど……何してんだろあの二人」
スマホをポケットにしまいながら、不満そうに言いながらサラちゃんが立ち上がる。
「えっとじゃあ……安藤先輩、若井先輩。私戻りますね」
「あ、うん……また放課後ね、サラちゃん」
「あそっか……サラちゃん一年か。またね」
「失礼しまーすっ!」
と、笑みを浮かべながら手を振りながら、サラちゃんは弁当箱を手に持ち、駆け足気味に教室を出て行った。
「……愛作くんとクティラちゃん、何してるんだろうね」
首をほんの少し傾げながらアムルちゃんが言う。
私は思わず彼女に釣られ、首を傾げながら答えた。
「さぁ……?」
*
「ところでエイジくん、クティラちゃん。私たち以外に誰もいないのは何でなの?」
「うむ、それはだな……かくかくしかじかと言うわけだ」
「へぇ……なんかすごいね」
静かな廊下を、僕とクティラとケイは三人で歩いていた。
向かっているのは僕とクティラのクラス、それからケイのクラスの教室だ。
ツゴーイイナーは起動中なので周りには誰もいない。本当に都合がいい。
僕は何となく時間を確認しようと思い、おもむろに携帯を取り出した。
示す時刻は一時二分。授業は一時五分からだから全然余裕で間に合う。
「ところでエイジくん……気になってたんだけど」
と、ケイが僕の肩に軽く触れながら言う。
僕はそれに反応してケイの方を向く。すると彼は、申し訳なさそうに言った。
「その……女の子状態でクラスに戻るの?」
「……ハッ!?」
それを聞いて僕は、すぐに自分の胸元を見た。
普段は付いていないたわわな果実が実っている胸元。普段よりも細い腕。普段よりも軽い身体。
そうだ。僕は今、女の子の状態だった。暴走するケイに対応するために、クティラとキスをして完全一心同体状態と言うものになっていたんだった。
すっかり忘れていた。女の子の姿に慣れつつあるのもそうだが、ケイとの真面目な話に集中していて僕が女体化しているのを忘れていた。
「思えば私も今ミニクティラ状態だな……どうする、エイジ」
と、僕の肩の上に乗るクティラが首を傾げながら問う。
どうするって、どうするって言われても、答えは一つしかない。
「……よし、サボろう」
「だな……! バレたくないのであればそれしか無い。無断帰宅で評価を落とすしかなかろうな!」
何故かドヤ顔で言うクティラ。下手に動けば親に連絡とかされるから僕は嫌なんだが、何故だか彼女は嬉しそう。
「ごめんね……私のせいで」
と、ケイが申し訳なさそうに俯きながら、されど僕の目を見ながら謝ってくる。
「いや、別にケイのせいじゃ……」
僕は手を振りながら、彼の謝罪を否定する。
事実、ケイは特に悪い事はしていない。クティラがちゃんとツゴーイイナーにリシアを含めておけば、僕が女体化する必要なかったんだし。
結果、一番悪いのはクティラだ。強いて誰が悪いのかを決めるとするならば、の話だが。
誰も悪くはない。だからこそ、怒りをぶつけられなくて余計モヤモヤするけど。
「うーむ……だがこのまま私とエイジで家に帰ってもやる事なくて暇だな」
と、クティラが耳元で何やらぶつぶつ呟き始める。
すると、彼女はぴょんっと肩の上から飛び降り、空に浮かびながらケイの元へと向かう。
そして彼を、ビシッと人差し指で差した。
「よしケイ! お前もサボれ! そして三人で帰るぞ! 私たちの家に!」
「へ?」
「……は?」
*
現在時刻午後一時半。普段ならば教室で、机に頬杖付きながら授業を聞き流している時間。
そんな時間に僕は、クティラは、ケイは。愛作家に集まっていた。
僕は女の子状態。クティラはミニクティラ状態。ケイは制服から着替えて、可愛い女の子らしい服装になっている。
「エイジくんのお家……結構広いね」
と、僕の隣に座るケイが呟く。
そんなケイを僕は一瞥する。プライベートのケイはどこから見ても可愛い女の子で、ほんの少しだけだがドキドキと変な気分になってしまう。
なんて言うか、僕はケイと友達だとは言ったけれど、やっぱり友達になってからまだ二日しか経っていないわけで。胸張って友達だと言えるほどの仲ではないと、正直思ってしまってはいる。
それでいて、可愛い女の子の格好をして家に来られるとなんか。そこまで仲の深くない女の子を家に招待したみたいな気分になるというか。
変に緊張してしまうのだ。多分男の子の格好のケイでも緊張はしたと思うけど、美少女姿だから余計に緊張しているんだと思う。
リシアなら相手がどんな反応をしてどう言う動きをするかとか全部わかるから緊張しないのだけれど、やっぱり友達を家に呼ぶのは緊張する。
それとも僕が意識しすぎなのだろうか。多分そうなのだろう。普通の人はこんな風に一々考えずに、遊びに来たのなら文字通り家に来たらすぐに遊び始めると思う。
事実小学生の頃はそうだった。変に成長して他人の気持ちを少しでも考えるようになってしまったから、こんな風になってしまったのだろうか。
仲良くなろう仲良くなろうと意識して、変な行動をして微妙な雰囲気にならないよう、努力しなければ。
「えっと……お茶でも飲むか? ケイ」
「あ、うん……貰おうかな」
僕が問うと、それに笑顔で返してくれるケイ。
なんて言うか、数分前までとは別人に思える。意外にもリシアに似て大人しい子なんだなと認識する。
これが普段のケイなのかな。少し彼を知れた気がして、ちょっとだけ嬉しい。
「なあなあケイ。父親と母親、どちらがヴァンパイアなのだ?」
「お母さんがヴァンパイアだよ。なんか色々と雑な人でさ……」
と、クティラとケイが会話を始めたので、僕はそれを邪魔しないよう静かに立ち上がり、冷蔵庫へと向かう。
クティラも飲むのだろうか? 一応持って行くか。そう思い、僕はコップを三つ手に取り、それぞれにお茶を順に淹れる。
お盆に三つのコップを乗せて、溢さないよう心緒に歩きながら、僕は彼女たちの待つテーブルへと向かった。
「なるほど……それは確かに雑だな」
「でしょ……? だから私、ヴァンパイアの常識とか全然わからなくてさ……」
楽しげに会話をしている二人を見て、僕は少しクティラに嫉妬心を抱いた。
なんか、一瞬で仲良くなってないか? と、ズルく感じた。
これがコミュ力の差なのか性格の差なのかわからないが、僕ではこんなに早く仲良さげには話せないだろう。
でも僕だってケイとは仲良くなりたいんだ。仲良くなって、彼に二度とあんな思いをさせないように、心の拠り所になってあげたい。
そしてもし、僕がケイのように暴走してしまった時は、ケイに僕の拠り所になってもらいたい。
同じ半パイアとしての悩みと苦しみを分かち合えるように、ちゃんと胸張って友達だと思えるように、彼と仲良くなりたい。
僕は持っていたお盆をゆっくりとテーブルの上に置き、空いている席へと座る。
「しかしケイ……その服、本当に似合っているな」
「え? えっへへ……♡ ありがとうクティラちゃん。頑張って探したんだ、この服。私に似合う可愛い服、お気に入りなんだよ?」
「服のセンスはリシアお姉ちゃん以上サラと同格と言ったところか……今度一緒に買い物に行かないか? 私に似合う服を選んで欲しい」
「お……! うんうんいいよ! クティラちゃん可愛いし……可愛い私が、この世界で一番あなたに似合う服を見つけて、あなたをもっと可愛くさせてあげる♡」
「ふふふ……! 今から行くのが楽しみだ! 何なら今から行ってしまうか?」
「それもいいかもだね! あははっ」
(……会話に入る隙がねえ)
なんて言うか、仲良し女子二人の会話って感じで、なんて言うか、どうしようもない。
心なしか、ケイも僕と会話している時の数倍は楽しそうだし。
今ここで無理矢理話に入っても、空気ぶち壊しの嫌な男にしかならないだろう。身体だけは今女の子だけど。
僕は彼女たちの会話に入ることを諦めて、何となーく天井を見上げ──
(……あ、一応リシアに連絡しておかないと)
思い出したかのように僕はスマホをポケットから取り出し、メッセージアプリを開いた。




