78.迷い迷われされど突き進め
「……あ……っと……私は……」
「あ、起きたか」
頭に手を添えながら、寝ぼけた目をしながら、ケイがゆっくりと起き上がる。
彼は僕とクティラの視線に気づくと、一度全身をビクっとさせ、俯きながらひや汗をかきながら、僕たちから逃げるようにそっぽを向いた。
「……ごめんエイジくん……クティラちゃんも……迷惑かけて……」
今にも消えてしまいそうなほどにか細い声、弱々しい声。そんな声でケイは僕たちに謝る。
どうしよう。こう言う時、何を何と言ってどう対応すればいいのかわからない。
正直に言うと、僕はそんなに気にしていない。ケイが僕の血を吸おうとしたことは。
気持ちは同じ半パイアとしてよくわかるし、結果被害は出ていないし。無問題。
僕は気にしていないよ、だからケイも気にするな。そう言ってあげたいけど、何故だか言葉に、声に出来ない。
「……本当にごめん」
僕たちの沈黙に耐えかねたのか、もう一度謝罪するケイ。
そんなケイの言葉を聞いて、僕は思わずクティラを見てしまう。
どう答えればいいのかわからないからだ。かけてあげたい言葉、伝えたい気持ちは決まっているのに、声に出すことだけが出来ない。
「……ん? 私を見ても仕方がないだろう? エイジ」
と、僕の視線に気づいたクティラは、首を傾げながら少し厳しめな声で僕に指摘する。
わかってる。わかってはいるけれど──
僕はもう一度ケイを見る。彼は力なさげに項垂れながら、地面をじっと見つめている。
そんな彼を見ながら、僕は拳を握って離して、固唾を飲んで少し唇を噛んでから、一歩前へと出る。
僕の足の動きに気づいたのか、ケイがゆっくりと顔を上げて、僕を見つめてきた。
弱々しい表情。僕に対する申し訳なさと、自分のしたことの罪悪感に襲われて、今にも大声で泣き出してしまいそうな、幼い少女のような表情。
僕は彼と視線を合わせるために、その場にしゃがみ込んだ。じっと、じっと、僕は彼の目を見る、見つめる。
「その……上手く言えないんだけど……」
少し吃りながら、聞こえているのか不安になるほど小さな声で、情けなさ全開で僕は声を出す。
「僕は気にしてないからさ……ケイもその……あまり気にするなよ」
心からの本音を、僕はしっかりと伝える。
そして、自然と伸びてしまった手で、彼の頭を撫でてしまった。
まるで、幼い子供を慰めるかのように。
「……優しいんだね……エイジくんは……」
と、少し口角を上げ、ほんの少しケイは微笑んだ。
が、その表情はすぐに曇り、俯きながら僕の手を祓うように彼は立ち上がった。
乱れた制服を直しながら、小さくため息をつきながら、一瞬だけ鼻水を吸うような音を出して、服の裾を目に当てて何かを拭い、彼は少し赤く腫れた目で僕とクティラを見てきた。
「……気にするなって言ってくれて嬉しかったけど、ごめんエイジくん……私には無理だよ……」
右の腕を左手で摩りながら、ほんの少し震えながら、ケイは話を続ける。
「私……本当に、本当にエイジくんと仲良くなりたかったんだ……同じ半パイアとして仲良くなれるかなって……今でもしたいと思ってる……けど、けどね。ヴァンパイアの私が言うんだ、その童貞の血を吸えって……」
声が徐々に掠れていく。時折混じる嗚咽にも似たノイズが、彼の語りを邪魔する。
「まだエイジくんと仲良くなりたい私と、酷いことをしたと罪悪感を抱いているが故にもう関わるべきじゃないと騙る私と、童貞と処女が入り混じったご馳走を逃すなと囁く私が……ぐちゃぐちゃに混ざっててさ……なんかもう……苦しいんだ。嬉しいと悲しいと食べたいが何度も何度も入れ替わるの。エイジくんのくれた優しい言葉さえ、私の心を傷つけるんだよ……最低最悪な心境なの……今の私……」
胸元辺りに手を添えて、両目から小さく薄い涙を一筋ずつ垂らして、ケイは言う。
「ごめんね本当に……友達になろうって言ったの。あれ、やっぱり無しにしてくれないかな……」
苦手だ。こう言うのは、本当に苦手だ。
僕はコミュニケーションが上手い人間ではない。だからこういう時、自分がどう動いて相手に何を伝えるべきなのか、全くわからない。
漫画やアニメの主人公なんかじゃないから、彼の心を軽くするような救いとなる言葉を思いつけないし、きっと言えない。
でもきっと、彼が何かしらの救いの言葉を僕に求めているのだけはわかる。だからこそ、余計にキツい。
とりあえず今言うべきことは、言わないといけない事は──
「友達を辞めると言いたいのか? 何故だ、意味がわからないぞ?」
「……あ」
「ん? どうしたエイジ」
「いや……別に……」
僕が言おうとした事と、似たようなことを先にクティラに言われてしまった。
どうしよう。僕も言うべきなのだろうか。ケイと友達を辞める気は無いって。クティラと似たようなことを、彼女の後に。
なんかそれ、ちょっと恥ずかしい。
「……もしかしてエイジも言おうとしたのか? ケイと友達やめない宣言」
「……えと」
「む……これは私のミスだな。ケイはエイジに語りかけていたと言うのに、私が答えてしまった」
「もういい……変な雰囲気になるからお前はもう喋るな、喋らないでくれ」
「何故だ……!?」
真面目な雰囲気だったのに、クティラの意味わからん配慮のせいでなんかおかしくなった。
マズイ。ケイもキョトンとした顔で僕たちを見ている。しょうもないやり取りをしている僕たちを、不思議そうな目で見ている。
「ぐ……と、とりあえずケイ!」
僕はもう、全部勢いに任せる事にした。
一度その場でくるりと一回転してから、僕は人差し指でビシっとケイを指差す。
「ひぇ!? ひゃ、ひゃい!」
突然、指で差されたケイは、全身をビクッとさせる。
未だ涙目のケイを、僕はじっと見つめ、固唾を飲んでから叫ぶ。
「僕たちはこれからもずっと、友達だ! 本当に気にして無いから僕は! ケイが血を吸おうとしたことは!」
「エイジ……微妙にバッドエンドっぽい台詞だぞ。友達エンドは切なく悲しい終わり方なのだ」
クティラの意味わからん指摘は無視する。無視した。
「……でもやっぱり僕は」
と、ケイが俯きながら、僕の言葉を否定しようとする。
その瞬間、ぴょんっと僕の肩の上からクティラが飛び降り、何故かケイの肩の上に降り立った。
「クティラちゃん……小さいね」
小さな声で呟くケイ。そんな彼を、クティラはじっと睨みつける。
「中途半端だな……ケイ」
「え……!?」
ケイの頬をツンツン突きながら言うクティラ。ケイは目を見開き驚いたような表情で、彼女を見る。
「ぐだぐだうだうだ理由を付けて自分を否定して傷つけて悲劇のヒロインぶるのはやめろ。私とエイジはお前の暴走に何の問題も感じていない。お前だけなのだ、先の行動を悔やみ憎しみ恨み卑屈になっているのは」
「でもさ……やっぱり、友達にあんな酷いことをしておいて私は……」
「自分で言っていたでは無いか、友達で居たい自分が居ると。心からの本音なのだろう? なのに何故それを拒む、それを否定する。血を吸いたい衝動とてヴァンパイアの血が流れているのならば至極当然の事、恥じる必要もなければ抑える必要もない。それをわかってくれる人、即ち私たちにちゃんと相談して自分の欲求を上手く満たせるよう努力すれば良いではないか」
「だけど……けど……私はエイジくんを襲おうとして……!」
「むむぅ……! 強情な奴め……! えいっ!」
「うひゃぁ!?」
と、クティラは頬を膨らませながらケイの両頬を掴み、グイッと顔を動かして、僕を見つめさせた。
「見ろ! その両目でしかと見よ! エイジはお前を怖がってなどいないし憎んでもいない、恨んでもいなければ恐れてもいない! 何故ならばただの友達だからだ! 諦めろケイ! お前がどんなに今の自分を否定しようが私たちはそれを受け入れ受け止め、友達で居続けてやる!」
「……クティラちゃん」
目をウルウルとさせながらクティラに目をやり、彼女の名を呟くケイ。
次に、今度は自分で顔を動かして、ケイは僕を見つめてくる。
「エイジ……くん……」
彼の僕の名を呼ぶ声に、僕は声は出さずに、ただただ力強く頷いて返事をする。
「……ありがとっ」
笑みを浮かべ、口角を上げ、涙を拭って──
ケイは、笑顔でそう言った。
「とりあえず一件落着はしそうだな……ふふふ」
と、クティラがふよふよ浮きながらこちらに戻って来た。
そして、ちょこんと僕の肩の上に座ると、彼女はじっと僕を見つめて来た。
「エイジが私みたいな動きをできたら、バッチリ決まってカッコよかったのにな」
「……そう言う事、あまり言うなよ」
「だがこれからが大変だとは思うぞ……今はとりあえず勢いで誤魔化して、何とかケイのメンタルを応急処置できたにすぎない。きっと今回の件を引きずって、いずれまた落ち込み曇り病む時が来るだろう。その時はエイジ、お前がちゃんとケイを救ってやるんだ。アイツが一番頼りたいのエイジ、お前なのだからな」
「……わかってるよ」
僕は拳を少し握りながら、クティラを見つめながら小さく頷いた。




