77.一方その頃蚊帳の外
「……ねえねえ安藤先輩。お兄ちゃん遅くない?」
箸を咥えながら、サラちゃんがつまんなそうに呟いた。
それを聞いた私は思わず時計へと視線を向ける。
時計が示す時刻は十二時四十五分。昼休みが始まってから十五分くらい経っている。
まだ十五分しか経っていないんだ。時間の進みって遅かったり速かったりしてわけわかんない。
──じゃなくて、エイジの帰りが遅いって話だった。
私はもう一度時計を見る。けれど、それを見たところでエイジが何分前にお手洗いに行ったかなんてわかるわけがなくて。
「……確かに遅いかもね」
と、私はサラちゃんの呟きを肯定も否定もしない返事をした。
「クティラちゃんも結局お兄ちゃん追いかけて行っちゃうし……ハッ!? もしかして二人っきりでエッチなハプニング起こしてたりして!」
「うーん……どうかなぁ」
確かにあるかも、あるかもだけど。何となくそういう事は起きていないと思う。
だってクティラちゃん、私の恋を応援するって言ってくれたし、手伝ってくれるとも言っていた。
そんなクティラちゃんが私を差し置いてエイジとラブコメ的展開を引き起こすかな? 多分、しないと思う。
エイジもドジ踏んでラッキースケベ、なんてするキャラじゃないし。
私がクティラちゃんを信じすぎなのかもだけど、数日関わって悪い子じゃないって言うのはわかってるし、信じてもいいよね。
「ちょっといいかな? リシアちゃんと……愛作くんの妹さん?」
と、後ろから私たちに誰かが話しかけてきた。
振り返るとそこにいたのは、友達の若井アムルちゃんだった。
「アムルちゃん……? どうしたの?」
照れくさそうに笑いながら、指をいじっているアムルちゃん。
ほんの少し俯きながら、けれど私とサラちゃんの目をしっかりと見ながら彼女は口を開く。
「友達が委員会行っちゃって暇で……ちょっと暇つぶしに付き合ってくれないかなー……って」
恥ずかしそうに言うアムルちゃん。私はいいよと言いながら、力強く頷く。
するとアムルちゃんは嬉しそうに笑顔を咲かせながら、椅子を引っ張り「お邪魔しまーす」と言いながら座る。
「あのー……」
と、少し呆けた顔をしたサラちゃんが手を少し上げながら、アムルちゃんに話しかける。
「えっと……先輩はお兄ちゃんとはどういう関係なんですか?」
サラちゃんの問いを聞いた瞬間、アムルちゃんは一度全身をビクつかせる。
「あー……えっと、愛作くんとはただのクラスメイトだよ。二、三回話したことはあるかもだけど……仲がいいってわけじゃないかな」
頬を指で掻きながら申し訳なさそうに言うアムルちゃん。
アムルちゃんとエイジってラルカ騒動の時に友達になってなかったっけ? と思ったけど、あの時のエイジは女の子だったんだっけ?
「愛作くんが帰ってきたらすぐ帰るから。安心してね、リシアちゃん」
と、笑みを浮かべながらアムルちゃんが私に言う。
私はそれに苦笑いで返した。なんて答えればいいのかわかんないんだもん。
「はいはい質問質問! 先輩の名前なんて言うんですか!?」
サラちゃんが元気よく手を上げながら、アムルちゃんに問う。
すると何故か、アムルちゃんは少しだけ口角を上げながら答えた。
「私の名前は若井アムル……! アーちゃん以外ならどんな呼び方してもいいよ! よろしくね……えっと……」
「愛作サラです! よろしくお願いします若井先輩!」
と、二人は自己紹介を終えると、何故かガシッと力強くお互いの手を握った。
「あれ……? 若井先輩、名前アムルって言いました? ってことはラルカの妹さん!?」
「へ? サラちゃんお姉ちゃんのこと知ってるの?」
「お兄ちゃんと安藤先輩から話聞いて……え、じゃあもしかして」
サラちゃんは一瞬目を光らせると、瞬時に自分の口を手で押さえた。
その後、アムルちゃんの耳元に顔を近づけ、ギリギリ私にも聞こえる程度の声量で問う。
「若井先輩……本当に魔法少女なんですか?」
「そこまで知ってるんだ……えへへ、クラスのみんなには内緒だよ?」
「わ……魔法少女らしい台詞……! わかりました……! 内緒にします……!」
(……なんか、仲良くなるの早くない?)
仲良さげにコソコソ話をする二人に対して、私は少し嫉妬心を抱いてしまった。
なんか、なんて言うか、もう少し時間をかけて仲良くなるものじゃないのかな? 友達って。
あんなに早く仲良さげに話せるようになった友達なんて、私にはエイジとサラちゃんしかいない。
クティラちゃんともあまり上手く話せてないし、今だってアムルちゃんは私とお話しするために来てくれたのに、サラちゃん持ち前の陽オーラに当てられて彼女とばかり話してるし。
(いいなぁサラちゃん……可愛いし人懐っこいからすぐ友達出来るし……)
情けない。自分を姉と慕ってくれる妹キャラ的な子に嫉妬するなんて。
でもいいよね。ほんの少しくらい嫉妬しても。それくらい私にとってサラちゃんは魅力的な女の子ってことなんだから。
(エイジ……早く帰ってこないかな……クティラちゃんでもいいけど……)
イマイチ場に馴染めない私は、何となく天井を見上げながら、心の中で呟いた。
「……えと、安藤先輩聞いてる?」
「……ぴぇ?」
と、いつのまにかサラちゃんとアムルちゃんの二人が私をじっと見つめていた。
彼女たちは同じように首を傾げている。
え? 何? 私いつの間に会話に混ぜられていたの?
何を聞かれたんだろう。どうしよう。二人とも私の答えを待つかのようにじっと私を見つめてる。
考えよう。彼女たちがどんな話をしていたのか、さらちゃんの性格的に何を聞いてくるのか。持っている知識をフル活用して答えを推測するんだ、私。
「えっと……」
私が思わず呟くと、さらに目力を強めて彼女たちは私をじっと見つめてきた。
やばい。何も思いつかない。でもここで聞き返したら、真面目に話を聞いてくれてないんだとサラちゃんに思われてガッカリされちゃうかもしれない。
サラちゃんにガッカリされたくない。絶対に、絶対にだ。
私は意を決して、固唾を飲んで、ぎゅっと拳を握りしめて、彼女たちを見つめながら答えた。
「私は……いいと思うよ」
当たり障りのない答え。どんな質問にもある程度答えられる素敵な回答。やった、完璧、第三部完。
「へぇ……安藤先輩はありなんだ」
「リシアちゃん……そうなんだ」
「……ぴぇ?」
と、何故か二人は私から少しだけ視線をずらして、小さな声で呟く。
「うんまぁ……人それぞれだよね、安藤先輩」
「大丈夫、これくらいのことじゃ私、リシアちゃんの友達辞めたりしないよ?」
憐れむかのような目で、同情するかのような眼差しで、二人が私を見つめてくる。
(……え、私、何が良いと思うと答えちゃったの? 何を肯定しちゃったの? 私どんな人間だ思われてるの?)
聞きたいけど、聞きたいけど怖くて聞き出せない。
なんか、知らない方が幸せな気がしてきた。そうだよ、知らなければ良いことなんてこの世には山ほどある。これもそれの一つなんだ。
(うぅ……エイジ、クティラちゃん。早く帰って来てよぅ……)
私のせいで若干気まずくなった雰囲気の中、私は俯きながら指をいじりながら、エイジとクティラちゃんの帰りを願った。




