74.銀髪赤眼美少女お兄ちゃん
「何故キスを拒むかエイジ! 説明しただろうしっかりと!」
振り向きながら、器用に後ろ歩きをしながら、クティラが僕の胸元を掴んでくる。
「学校が終わった後ならいいけどさ! 今昼休み中なんだぞ! ここで女の子になったら色々と面倒くさいだろ!」
僕とクティラがキスをする。それ即ち、完全一心同体状態になり、僕が女の子になると言うことだ。
学校が終わった後なら明日休めば、直るまで休めばそれでいい。最悪、放課後ならば急いで帰ればどうとでもなる。
でも今このタイミングはダメだ。最悪のタイミングだ。ここで女の子になったら、午後の授業はどうすればいい?
早退する、早退したことにするにしても、本人がそれを教師に告げず無断で帰るなぞ大問題すぎる行為だ。しかも女の子状態が続くのは数日。それも、いつ終わるのか正確に把握できない不安定な状態。翌日すぐ男に戻って全力謝罪、なんてことはできない。
それ故、今ここで女の子になったら物凄く面倒くさいことになるのだ。
「だがなぁ……このまま逃げ続けるのは難しいぞ?」
と、クティラが僕の背後を指差す。
振り返ると、よだれを口からたくさん垂らして、瞳孔をぐるぐると渦巻き状にしたケイがゆっくりと、されど勢いよくこちらに向かってきていた。
「私はともかく……エイジ、お前の体力は持つのか?」
首を傾げながらクティラが問う。僕は図星を突かれたかのように、返す言葉を失ってしまう。
まだ大丈夫、まだ体力は残っている。けれどクティラの言う通り、このまま延々と逃げ続けられるほど持つとは思えない。
最悪僕が動けなくなってもクティラに抱えて貰えば、とか想像したが、それはいくらなんでも恥ずかしすぎる。
ダメだ。いい案が思いつかない。
ケイの魔の手から逃れるには、彼を落ち着かせるためには、もうクティラとキスをするしか選択肢がない。のかもしれない。
「覚悟は決めたか? エイジ」
じっと僕を見つめながらクティラが言う。
後ろから聞こえてくる足音。クティラの吐く吐息の音。僕の定まらない呼吸。
それらを聞きながら、僕はギュッと拳を握り、クティラの目を見て言った。
「……してくれ、僕にキスを」
「ふふふ! 無駄に時間をかけさせおって! 行くぞエイジ!」
いつも通りドヤ顔をして、力強くも優しく、僕の両頬を両手で包むクティラ。
じっと僕の目を見つめ、彼女は呟き始める。
「ルグルウナフ……イラクラルク……メルケハルタ……ツヌニメフル……チネホムメカ……」
何一つ理解できない単語の羅列。それを聞くと同時に僕は、ギュッと目を閉じた。
直後、唇に訪れるのはとても柔らかい感触。クティラの唇。
「……ッ!?」
触れたと同時に、なぜか彼女は少しだけ唇を開いた。そこから這い出てくるのは小さな舌。
閉じている僕の唇をそれは無理矢理開け、僕の舌に絡みついてくる。
その瞬間、僕の目の前は真っ白になった。目を閉じたままだが、それとは似ているようで違う視界遮り方。
開けようとしても目を開けられないいつもの感覚。全身がぐにゃぐにゃと変形していく感覚。
数秒後。僕の両目は意思に関係なくぱっちりと開いた。
目の前には、ミニクティラ状態となったクティラがふわふわ浮かんでいる。いつも通り、自信満々そうにドヤ顔をしている。
「成功だなエイジ! まあ? この私が? 失敗などするはずがないのだがな!」
両手を目の前に持ってきて、いつもと違う手のひらを見て僕はため息をつく。
なってしまった。また成ってしまった。女の子になってしまった。
銀髪で、赤眼で、胸がそこそこ大きくて、スタイル抜群の美少女に。
(自分で自分の容姿褒めてるみたいで恥ずかしいけど……実際そうだしなぁ)
「エイジくん……!? どうやって一瞬で女の子の姿に……!?」
直後、目の前に現れたケイが手を伸ばしながら、目を見開きながら、驚愕の声を上げながら僕に襲いかかってくる。
見える。動ける。さっきまでと違い、今の僕は彼の動きにちゃんと反応できる。
勢いよくやってくるケイの手を僕は軽く避け、そのまま彼の背後へと回る。
あまり力を入れないように、僕はケイ目掛け蹴りを放った。
それに気づいたケイは瞬時に反応し、僕の蹴りを避け距離を取ってきた。
「さて……とりあえず大人しくさせるか。会話しようにも、今のケイには何も届かないだろうからな」
僕の肩の上にゆっくりと、呟きながら降りてくるクティラ。
彼女を見つめながら、僕は力強く頷いた。




