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72.二人っきりの教室

 そっと、ケイの手が僕の腹に触れる。

 そのままゆっくりと、ゆっくりと上へ登っていき、それはやがて僕の首元へ──

「……ッ!」

 僕は思わず後退。右足から動き、左足を動かし、彼から距離を取っていく。

 乞うような目。微動だにせずに、ケイは僕を見つめ続ける。

 静かな教室。響くのは僕とケイ二人の吐息。小さく、はぁはぁとケイの興奮を表す荒い息が、僕の耳元に直接聞こえるかのような感覚。

「あぁ……やばい……ごめんエイジくん……私もうダメだ……ッ!」

 と、ケイは小さく叫んだ瞬間。瞬きをした直後に僕の目の前に現れた。

 僕はすぐに彼から距離を取る。しかし、一向に距離は伸びない離れない全く取れない。

 口を小さく、いや、大きく開けて。犬歯のようなものを見せつけてくる。

 目は若干血走っていて、大きく見開いて、獲物を目の前によだれを一筋垂らしている。

 僕もこんな感じだったのだろうか? あの日あの時、サラを目の前に食欲を沸かせていた僕も。

 ゆっくりと、ゆっくりとゆっくりとゆっくりと。開いた口を近づけるケイ。

 いや、本当はゆっくりではないのかもしれない。僕が怖くて、恐ろしくて、そう感じているだけなのかもしれない。

 それほどに彼の動きは遅くノロく、スローモーションだった。

避けようと思えば避けられる速さ。だが身体は動かない。すでに左へと動かした感覚はあるのに、初動のまま止まっている感じ。

「エイジくん……」

 ケイが僕の名を呼ぶ。それと同時に、ゾクリと背中に悪寒が走る。

 吸われる──

「なんだこんな所で密会か? 友達である私を差し置いて二人っきりとは……中々意地悪ではないか、エイジとケイは」

 と、その時。教室の扉が勢いよく大きな音を立てながら開かれた。

 それに反応し、僕とケイはほぼ同時にそちらへ視線を向ける。

 そこに立っていたのは、やけにカッコつけたポーズをしているクティラだった。

 普段と変わらず自信満々なドヤ顔で、腕を組みながら僕たちを嘲るように言う。

「やめておいた方がいいぞケイ。半パイアが半パイアの血を吸ったら身体がおかしくなるやもしれんからな」

 と、忠告しながら教室の床を軽く蹴るクティラ。

 次の瞬間、彼女は僕たちの目の前に現れて、ケイの頬を人差し指で親指で軽く挟んだ。

「クティラちゃん……私の邪魔……するの……?」

「……む、貴様、最近血を吸っていないな? それ故の暴走状態か、これはまずいな」

 と、険しそうな顔をしながら言うクティラ。

 彼女はパッとケイの頬から手を離し、彼を見たまま後退。僕の隣にやってくると、何故か右手をぎゅっと掴んできた。

「逃げるぞエイジ……準備はいいか?」

「え……?」

 僕が答えるよりも先に、クティラは僕を引っ張りながら勢いよく教室を出た。

 流されるまま、置いていかれないよう僕は必死に足を動かし、クティラについていく。

 廊下を歩く生徒達が僕たちを不思議そうに見てくる。たくさんの視線が僕たちを捉える。

「ちょ……クティラ……!」

「端的に言うぞ。今のケイは軽い暴走状態だ。半パイアが半パイアの血を吸うのは色々と身体に悪いからそれは避けたい、あやつの為にもな。それ故私たちは逃げる、必死に。わかったな?」

「それはわかったけど……説得するとかじゃダメなのか!?」

「うむ……聞かないだろうな。リシアお姉ちゃんの時と似たような感じだ」

 どこを目指しているのかもわからないまま、僕とクティラは走り続ける。

 わかる。振り向いてはいないがケイが追いかけてきているのがわかる。無関係の生徒達の驚く声と、激しい足音が聞こえてくるからだ。

「このままでは目立ちすぎるな……ここで登場ツゴーイイナーだ!」

 と、クティラが余裕そうに笑みを浮かべながら、ブレザーの内側から例の便利装置を取り出した。

「ポチッとな!」

「ポチッとなって……」

 ドヤ顔をしながら、無駄に勢いよくツゴーイイナーを起動するクティラ。

 次の瞬間、周りにいた生徒達が一斉に消え、廊下にいるのは僕とクティラとケイだけになった。

「あ……失敗したな……」

 と、クティラがツゴーイイナーをしまいながら、少し冷や汗をかきながら、そう呟いた。

「失敗したって……なんだよ?」

 クティラの呟きをしっかりと耳で捉えた僕は、彼女の呟きに対しての疑問を問う。

 するとクティラは申し訳なさそうな顔をしながら、僕を見て口を開いた。

「リシアお姉ちゃんを対象にするのを忘れていた……彼女に無理矢理止めてもらおうと思っていたのだが……」

「クティラじゃ無理なのか……?」

 確かに、リシアが一番強いからリシアに止めてもらうのが一番だとは僕も思う。

 だけど、それならクティラにも出来るんじゃないかと疑問に思った。先程も、人間離れした動きで僕とケイの目の前に現れたし。

「貴様エイジ忘れているな……私はまだ成長途中のヴァンパイア。ヴァンパイアハンターに出会ったら割とあっさり負けるほどの実力しか持ち合わせていないのだぞ?」

「なんかそんな設定あったな……」

 そういえば、一番最初の頃はそんな事言っていたような気もする。

 最近ヴァンパイアハンターに出会わないから忘れていた。ていうかリシアを除いたら初日とその翌日しか襲ってきてなくないか? ヴァンパイアハンター。

「私が貴様と契約したのは一時的に成人ヴァンパイア同様の力を得るための契約。それ故お前と私は合体し半パイアとなり力を得ることができるのだ」

「あー……確かにそんな設定だった」

 確かに、言われてみればそんな感じで僕はクティラと契約をした気がする。

 なんか、女の子になるのと吸血鬼になるっていう印象が強すぎて忘れていた。僕とクティラが合体すれば強くなるという設定、確かにあった。

「半パイアは成人ヴァンパイアと勝るとも劣らない実力を持つ……それすなわち、成長途中のヴァンパイアである私と、半パイアであるケイ。どちらが強いのかは明白だろう?」

「……なるほどな」

 珍しくクティラの説明に納得できた。

 要するに、クティラよりもケイの方が強いってことだ。

 それ故勝てないと、逃げるしかないと。そう言うわけだ。

 だから彼女はリシアに頼ろうとした。しかしそれは手違いで失敗。彼女の力は借りれないらしい。

「……え!? じゃあ僕たちどうするんだよ! このまま逃げ続けるのか!?」

「バカめ! 安心しろエイジ! さっきの説明をよく聞かなかったのか!?」

 と、クティラが叫びながら何故か、僕の顎に人差し指を添える。

「私とお前が合体すれば完全一心同体状態……つまり半パイア状態になれる。それ即ちケイと戦える……わかるな?」

 クティラがじっと、じっと僕を見つめ言う。

「さあ、キスをするぞエイジ」

「……やだ」

「……嘘だろエイジ」

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