7.どーだい?
「改めて名乗ろう! 私はドゥーダイ・ドーダイ! 皆が羨む究極至高で完全無欠なウルトラヴァンパイアハンターだ!」
右手を大きく上げ、謎のポーズをする男。
僕とクティラは同時に、ため息をついた。
「何だよあいつは……」
「自分から名乗ってるのだからヴァンパイアハンターなのだろう。よくわからん性格をしてそうだが……」
人の家に勝手に大穴開けて、土足のまま入り込んでくる男。いくら何でも常識がなさすぎる。
昨日の斧男の方が全然マシだ。人気の無いところで襲ってきたのだから。
それに対してこいつは白昼堂々と器物損害。警察呼ばれたらどうするんだろう。
「さてさてお目当てのヴァンパイアは……やはりあなたか!」
メガネを一度クイッと上げ、口角を裂けそうなほどに上げ、僕を指で差す男。
正直、イラっとした。
「本日はあなたに……私のとっておきの武器を見せてあげちゃおう! 見よ! これこそ我が相棒……バスをも切り裂く大太刀! ミラクルソードです!」
そう叫びながら、男はどこからともなく大きな剣を取り出して、見せつけてきた。
「……っ」
見た目や言動はふざけているけれど僕を、クティラを殺そうとしているのは確かみたいだ。
僕は立ち上がり、いつでも動けるよう姿勢を整える。
「やる気満々自信満々という感じだなぁ!? では……行かせていただこう!」
目を見開き、剣を構え、男が突撃してくる。
「来るぞエイジ!」
「わかってるよ!」
僕は拳を握り、足を少し動かし、相手の攻撃を避ける準備をする。
笑みを浮かべながら剣を振るう男。しかし次の瞬間、彼は驚いたような表情に変わった。
ゆっくりと上を見上げる男。僕も彼に続いて、天井を見上げる。
男の持っていた剣が大きすぎて、天井に突っ掛っていた。
「おっと……」
情けない声を出して、必死に剣を動かす男。ガリガリと音を立てながら、天井に傷が付いていく。
それに夢中な男の元に、僕はこっそりと近づいて、股間を蹴り上げた。
「ギョピィ!?」
醜い顔をしながら、悶絶しながら、股間を両手で押さえながら。男はゆっくりと地面に座り込む。
青白い顔をしながら、俯きながら男はプルプルと震える。
「いくら何でも酷くないかエイジ……」
「元男だからわかるんだよ。男は股間が一番の弱点だってな」
「いや……私でもそれはわかるが……」
とりあえず、これで一撃KOだろう。
僕はため息をつきながら、男の開けた穴を見つめた。
「これどうすんだよ……ったく」
「穴のことなら私に任せておけ。特殊能力を使えばどうとでもなる」
「へえ……」
クティラが大丈夫だと言うなら、彼女に任せても大丈夫だろう。多分。
あとはこのバカヴァンパイアハンターをどうするか、だけど。
「とりあえず警察に電話しよ……」
僕はポケットからスマホを取り出し、110番に電話をかける。
コール音が鳴り始めた。第一声はどうしようか、僕は考え始める。
「……あれ?」
と、二、三秒コール音が鳴ったところで、何故か電話は切れてしまった。
もう一度電話をかけてみる。だが、また二、三秒で電話は切れてしまう。
いや違う。電話が切れているんじゃない。電話をかけられていない。
「おかしいな……」
スマホの画面の左上を見てみる。するとそこには、圏外という表記。
「どうしたんだエイジ?」
クティラが僕の頬をキュッと握りながら、スマホの画面を覗き込んでくる。
スマホのことはよく知らないのか、彼女は首を傾げながら「何だこれ」と呟いた。
「ふふふ……ふふふ……ふっふっふ!」
その時、奇妙でキモい笑い声が足元から聞こえてきた。
笑っているのはヴァンパイアハンターの男。彼は股間を押さえながら、ゆっくりと立ち上がる。
「無駄だよ無駄……誰にも連絡できないし認識されないんだぜお前らは……!」
片手で股間を押さえながら、空いた方の手で男は僕とクティラを指で差す。
ニヤリと笑い、ポケットに手を突っ込むと、そこから見慣れない不思議な機械を取り出し、僕らに見せつけてきた。
「これは私が所属するヴァンパイアハンター協会が作り出した機械! 認識阻害装置! ツゴーイーイナーだ!」
変わらず片手で股間を押さえながら、よくわからないポーズを男は決める。
「これを使ったその瞬間! この機械より半径千メートルにパラレルワールドを作り出し、元の世界を上書きし! 元ある世界との繋がりを断つことができるのだ! より詳しく説明するならば、この機械から発せられる──」
「……何言ってるのか全然わからないんだけど」
僕は思わずクティラを見る。
すると驚いた顔をして、クティラはうんうん唸り始めた。
「……要するに、都合の良い結界を作り出すと言うことなんじゃないか? 漫画とかアニメでよくある……一般人をその場から退けて、結界を解いたら戦いの余波で破壊された部分が直ってるとか。そんな感じのがよくあるだろ? この本にも出てきたはずだ」
と言って、クティラはどこからともなく本を取り出した。
可愛らしい女の子が変身ポーズをしている表紙。多分ラノベだ。
「……とりあえず、不都合な点を補ってくれるすごい便利なもの、ってこと?」
「それでいいんじゃないか? 深く考える必要もないだろう……」
僕とクティラは同時にため息をつく。
チラッとヴァンパイアハンターの方を見ると、機械を指差しながら、自慢げに話を続けていた。
「……説明中に殴っていいかな?」
「かわいそうだから待ってあげろエイジ」