61.食後
「ご馳走様でした」
「ご馳走様ー!」
「美味かったぞリシアお姉ちゃん! ご馳走様だ!」
「あはは……好評で何よりだよ……えへへ」
夜、僕とリシアとサラとクティラはテーブルを共にしていた。
今日の晩御飯がリシア特製カルボナーラ。めちゃくちゃ美味しかった。あと、家でカルボナーラを作れるのを僕は今日初めて知った。
サラが、クティラが、リシアが次々に立ち上がり食器を片付けていく。僕もそれに続きお皿片手に立ち上がった。
サラと仲良さげに話すクティラを避け、真っ直ぐに流し台へと向かう。
「ん?」
たどり着いたそこには何故か、リシアが立っていた。
僕に気づくと、彼女はニコッと笑い、手を差し出してきた。
「ありがとエイジ、あとは私がやるよっ」
お皿ちょうだい、と手を差し出すリシア。恐らく、食器の後片付けをしようと思っているのだろう。いくらなんでも良い子すぎる。クティラとサラを見ていると余計にそう思う。
僕はそんな彼女にお皿は渡さず、そのまま隣に立った。
「いいよリシア、僕が洗うからさ」
「へ……? でも……」
「大丈夫だって。いつも僕が洗ってるし……」
僕はサラを一瞥してそう言う。本当は交代でやれたら楽なのだけど、サラは皿洗いが苦手なので、仕方なく僕が毎日やっているのだ。サラが、皿洗い。面白い。
苦手、というか食器洗いという概念に嫌われている気がする。お皿は百発百中で割るし、箸は全部綺麗に半分に折れ、スプーンとフォークは全て曲がる。一度プラスチックの食器も洗わせてみたが、よくわからないけど全部変形していた。
なんでなんで、と涙目になりながら洗っていた彼女の姿を思い出し、僕は思わず笑ってしまった。
「エイジ……?」
「ん? ああいやごめん……サラの事を思い出してつい」
「ああ……サラちゃんまだ苦手なんだね」
苦笑いをするリシア。彼女もサラが皿洗いが苦手なのを知っている。
小学生の頃だっただろうか? クリスマスケーキを作った時、リシアとサラで後片付けをした時の事だ。リシアと一緒に母さんにドン引かれていたのを思い出す。
サラはこの世の終わりを見たかのような顔で絶望していて、リシアは涙目でオロオロしていた。懐かしい思い出だ。
「……っと、今日はたくさんあるからな」
思い出に浸るのをやめ、僕は手に持っていた皿を一旦置いて、ゴム手袋をつけた。
「私も手伝うよエイジ。二人でやったら早く終わるもんね……!」
ぎゅっと拳を握り、頑張るぞーのポーズをするリシア。
リシアの言葉につい、嬉しい気持ちになる。サラは手伝わなくても良いけど、クティラは全然手伝ってくれないから、余計に。親父も母さんも僕一人にやらせる事の方が多かったし。
僕は下の引き出しを開け、そこから未開封のゴム手袋を取り出し、リシアに渡す。
リシアはそれを嬉しそうに受け取ると、目にも止まらぬスピードで開封しいつの間にか身につけていた。
(恐ろしく速い装着……僕じゃ見逃しちゃうね)
自分の動体視力の無さに呆れながら、心の中でそう呟く。
はあ、と心の中だけでため息をついて、僕はスポンジを手に取った。
水に軽く濡らして、洗剤を少し付けて、準備完了。
「フライパンとかは私がやるよ、私が使ったんだしっ」
「そうか? じゃあ僕は皿とフォークで」
片手で大きなフライパンを軽々と持つリシアを横目に、僕はまずフォークを手に取った。
「あー! クティラちゃんクティラちゃん! またお兄ちゃんとリシアお姉ちゃんがイチャついてるよッ!」
「むむッ! またかコイツらはッ!」
「うるせえよバカ二人」
「……ふふっ」
遊び盛りのバカ二人の冷やかしに、僕は思わずため息をつく。
しかし、そんな僕とは正反対に、リシアはニコニコしながら笑っていた。
「どうしたんだリシア……?」
僕は思わず彼女に聞いてしまう。そんなに面白いこと、今起きただろうか?
「ん? えっとね……サラちゃんとクティラちゃん元気だなぁって」
二本指でフライパンを持ちながら、それを力強く洗いながら、こちらを見てリシアが言う。
「子供ができたらこんな感じなのかなって思ったの。家事をしている私たちのことをあまり気にせず思うがまま遊び喜び楽しむ子供たち……そんな家族、持てたら毎日楽しいかもって」
「そうか……? 僕は大変そうで少し嫌だけど……」
「それはまあ……一人でやるとしたら大変かもだけど、子供がいるってことは夫もいるってことで、彼と一緒に協力して家事子育て……それなら、辛いことよりも楽しい事の方が多いかもって思わない?」
少し頬を染めながら、小さく俯きながら、リシアが話を続ける。
「今の……私たちみたいに……なんて……っ」
「……まあ、言われてみればそうかもな」
確かに、リシアの言う通りかもしれない。
仲の良い夫婦で、今の僕たちみたいに──
(……バカ、何考えてんだ)
変なことを一瞬考えてしまった。リシアが今の私たちみたいに、なんて言うからだ。
意識するな。絶対に考えるな。リシアは優しいし、僕に好意を持ってくれているとは思うけど、それは幼馴染、友達だからだ。
友愛だ。どこまで行っても僕がリシアに、リシアが僕に抱く好意は友愛に過ぎない。
僕だけが変に意識して、リシアに嫌な思いをさせるわけにはいかない。彼女に嫌われたくないし、彼女に不満を抱かせたくない。
だから、そういう風に意識しないようにしなくては。なるべく、いや、絶対に。
「どうしたのエイジ……? なんか顔、険しいけど」
「ん? あ、いや……ちょっと考え事」
「か、考え事って……?」
「リシアのこと……かな」
「ぴえ……ッ!?」




