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59.少女少年

 天井を見上げながらも、目だけはこちらを向いている彼。

 じっと、じっと、何も言わずに、僕とクティラを見つめ続けている。

「それで少年、なんのようだ?」

 と、クティラが少し真面目なトーンで言う。

 それを聞いた少年はニヤリと少し口角を上げ、机から軽い動作でぴょんっと降りる。

 軽い足取りでこちらにやってくる少年。僕たちの目の前に着くと、彼は目を細め笑みを浮かべ、手を差し出してきた。

「友達になりたいな……って思ってね」

「よし! いいだろう!」

「おい……!?」

 まだ素性もわからない相手の差し出した手を、ガシッと勢いよくクティラが握る。

 僕は握れない。手を出せない。名前すらまだわからない人と友達になろうと握手だなんて、出来るわけがない。

「それにしても驚きだな……まさか半パイアが普通の生徒として暮らしているとはな」

「驚いたのはこっちもだよ……私だけだと思っていたからね、半パイアなんて存在」

 近くにあった椅子を引き寄せ、そこに偉そうに座るクティラ。姿勢良く座る少年。仲良さげに二人は会話を始める。

 僕もとりあえず近くの椅子を引き寄せ、そこに座って彼らの話を聞くことにした。

「でも気になるのが……エイジくん、君だよ」

 と、少年はこちらを見てきた。

 僕は思わずビクッとなってしまう。優しく可愛らしい声色、そこから発せられる少し恐ろしげな雰囲気。奇妙な感覚。

「君って……少し前まで普通の人間だったよね?」

 少し首を傾げながら問う少年。説明しようと思ったけどうまく言葉が出なくて、僕は思わずクティラを見てしまう。

 すると僕の心情を察してくれたのか、クティラはニヤリとドヤ顔を浮かべ、少し椅子を浮かせながら得意げに話を始めた。

「それについてはだな、かくかくしかじかというわけだ」

「なるほど……かくかくしかじかというわけなんだね」

(絶対にツッコまないからな僕は……)

 相変わらずかくかくしかじかで済ませるクティラ。そしてそれで全てを理解してしまう聞き手。

 便利だからいいけど、やっぱり腑に落ちない。

「……ん? 少年はもしかして違うのか?」

 と、クティラが首を傾げながら少年に問う。

 すると彼は苦笑いをしながら、恥ずかしげに視線を逸らし頬を指で掻く。

「あはは……そうだね。そういう契約魔法があるというのは初めて知ったかな。私は……生まれついての半パイアだからさ」

「なんと……!? つまり人間とヴァンパイアのハーフというわけか!? 行為自体は性器の構造自体が似ているから可能とはいえ……驚きだな」

「うん……珍しい存在みたいだね、私は」

「うむ……この私も、例を聞いたことはあるが実際に見るのは初めてだ。半パイア自体は昨日も女の子の半パイアを見かけたのだがな」

(全然話についていけねぇ……)

 少年とクティラと僕では、情報格差が激しすぎると思う。

 吸血鬼が故、知識が豊富なクティラ。

 人間と吸血鬼のハーフが故、その辺の事情は親に聞かされているのか詳しそうな少年。

 ぶっちゃっけ吸血鬼関連のことをほとんど知らない僕。

 ちょっとこの場にいるのが精神的にキツい。知らないアニメの話をしている二人と無理矢理一緒にいる感じで、メンタルが少しずつ削られていく。

「……今日、エイジくんとクティラちゃんに会えてよかったよ。昨日約束したのにクティラちゃんの人気が凄くて、中々話に行く機会が生まれなかったからさ」

 と、ニコニコ小さく笑みを浮かべながら言う少年。

 昨日の約束? 僕は彼と出会ったのは今日が初めてだ。話しかけられたのも、なんなら顔を見たのも初めてかもしれない。

 僕は思わず首を傾げる。色々とありすぎて、僕が忘れているだけなのか?

「……気づいてないか、エイジくんは」

 すると、彼はおもむろに自分のカバンを膝に乗せ、中を漁り始めた。

「エイジくんが気になっているようだから……もう答え合わせしちゃおうかな」

 こちらを見ながら、ニコニコと笑みを浮かべながら、少年はカバンの中身から何かを取り出した。

 パッと見はハンカチ。タオルに見える。

 いや違う。服だ。白い服。

 少年はカバンを一度床に置くと、手に持ったままの白い服を広げて見せてくる。

 それは、その白いシャツには、キラキラとしたピンク色で英語が書かれていた。

 それを見た瞬間、僕の心臓がドキンっと高鳴る。

 見たことがある。見覚えがある。つい先日の出来事だから、はっきりと記憶に残っている。

 それは、その白いシャツは、あの女の子が着ていたものだ。意味深な雰囲気を纏いながら現れた、あの女の子のもの。

 あらゆる可能性が脳裏に浮かぶ。たまたま同じ服を持っていた、妹の服を持ってきた、彼があの時着ていた服を持っている。

 少年はニコリと笑みを浮かべると、その場でゆっくりと立ち上がり、制服を脱ぎ始める。

 そして、手に持っていた白いシャツを慣れた様子で着る。

 次々とカバンの中から服を取り出し、制服を脱ぎ、それに着替えていく少年。

「なんと……!」

 クティラが驚いたように目を見開きながら、驚いたように声を上げる。

 僕も出しそうになった。出そうになった。

 着替え終えた少年の姿は、あの時出会った少女、女の子と全く同じだったのだから。

 少年は最後に、ピンク髪のウィッグを身につけて、可愛らしく口元に人差し指を当てながら、ウィンクをした。

「ふふふ……そう、あの時出会った女の子は私なんだよ……!」

「このクティラ不覚ッ! よもやあの女の子が男の子だったとは気づかなんだ……!」

「マジかよ……!」

 くるりとその場で一回転する彼、いや、彼女?

 ともかく、彼はその場で一回転し、可愛らしく女の子らしく椅子にちょこんっと座る。

「……んんっ。改めまして、広末敬一です! ケイって呼んでね♡」

 急に喋る雰囲気を変え、若干のぶりっ子が入った可愛らしい声色で言う広末敬一。

 ケイ、と呼ぶべきだろうか。彼が──彼女が?──そう呼んで、と言っているのだから。

「まさかこれが男の娘というやつなのかエイジ……! 存在自体がこう……なんかこう! エッチだなッ!」

「お前は何を言ってるんだよ」

「あうっ……頭叩くなよぅ……」

 それにしても驚いた。まさか、あの少年が、あの時の女の子が、男の娘だったなんて予想できなかった。

 しかも半パイア。属性を盛りすぎだと思う。男で女で人間で吸血鬼。もう意味がわからない。

 と、ケイが突然立ち上がり、僕に手を差し出してきた。

「改めて……私とお友達になってくれるかな? エイジくん」

 差し出される手。その手はよく見ると、女の子の手ではなく男の子の手だとわかる。

 そんな手を、差し出された手を、僕はゆっくり撮取った。

「えっと……よろしく、ケイ」

「うんっ! よろしくエイジくん」

 一度強くぎゅっと握ると、ケイはすぐに手を離し、その場で足を軸にくるりと一回転。

 と同時に、来ていた白いシャツを脱ぎ始めた。

「うわッ!?」

 僕は思わず目を逸らしてしまう。と同時に、何をしているんだ僕はと呆れてしまう。

 いくら可愛いからって、女の子にしか見えないからって、ケイは男だ。歴とした男の子だ。

 何を恥じらう必要がある。見てもいいだろう、別に。

 いや、見たいというわけではなくて──

「なんだエイジ? 男色の気があったのかお前には? 別にいいが……もしやそれ故童貞だったのか?」

「うるせえバカッ!」

「あいたぁー!? なんでだぁ!?」

「変なこと言うからだ! バカ吸血鬼ッ!」

 バカなことを言って揶揄ってくるクティラ、いつもより少し強めにペチっと叩く。

 するとその仕返しと言わんばかりに、彼女は僕の腕をつねってきた。痛い。

「ふぅ……あはは、仲良しなんだね二人とも」

 と、いつのまにか着替え終えていたケイが、僕たちを見てニコニコしながらそう言った。

 そして彼は地面に置かれたカバンを手に持つと、僕らに顔は向けたまま背を向け、ニコッと笑みを浮かべた。

「それじゃあ私は帰るね……また明日、エイジくん」

 と、言いながら。彼は手を振りながら教室を後にした。

「ふふんっ。また新しい友達が出来てしまったな……私はコミュ強だな、それに加えてスクールカースト上位候補。素晴らしい……さすが私だ……」

「……はぁ」

 バカなことを言っているクティラに呆れたようにため息をつき、僕は立ち上がる。

 軽くクティラの頭をペチっと叩き、カバンを手に取りながら僕は言う。

「ほら、リシアとサラ待たせてるし、僕たちも帰るぞ」

「む、そうだな……」

 クティラはゆっくりと立ち上がり、笑みを浮かべながら椅子を元の場所に戻す。

 会話もなく僕たちは歩き始めて、真っ直ぐに教室の出入り口へと向かう。

(ケイ……か)

 不思議な子だな、と思った。

 友達になったとはいえ、未だ不透明なことが彼には多い。

 あの時何故現れたのか、本当に友達になりたいがためだけに僕たちに接触したのか、どうして女の子の格好をしているのか。上げればキリがないほどに。

「どうしたエイジ? 不満そうな顔をして」

「いや、別に……」

 これからケイ絡みで面倒くさいことが起きませんように。僕はそう、祈るしかなかった。

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