6.忘れてたよ
朝ごはんを食べ終え、昼ごはんも食べ終えた僕は、リビングのソファーに座りながらスマホをいじっていた。
女の子から男に戻る方法を探すためだ。今僕にできることと言ったら、頑張って検索することだけ。
「……まあ、やっぱり出ないよな」
はあ、とため息。
スマホをテキトーに投げ捨て、何となく天井を見上げる。
最悪、明後日までに何とかできればいい。今日急いでやる必要はない。いや、あるけど。
ダメだ。何もヒントがなくて推理する気も起きない。何もわからない状態でどう動けばいいと言うんだ。
「……クティラなら知ってるかも」
僕は立ち上がる。
すっかり忘れていた。クティラなら知っているはずだ。契約を持ちかけてきた本人だし、色々説明したがるし、知識もあるはず。
僕はキョロキョロと辺りを見回した。誰もいない。クティラも、サラも。
とりあえずリビングから出る。すると、洗面所から楽しげな声が聞こえてきた。
ゆっくりとそこへ向かい足を動かす。
洗面所への扉は何故か閉められていた。中からは楽しげな女子の会話。
「……何してるんだ?」
僕は扉に手をかける。その瞬間──
「クティラちゃん……綺麗だね」
「そうか? サラとそんなに変わらないと思うが……」
「うーん……自信ないけどなぁ」
「どれ? 見せてみろ」
「ひゃっ!? きゅ、急に触らないでよ……」
「恥ずかしがるな。女子同士なんだから」
「う、うん……あはっ、ちょっとくすぐったい」
僕は、ゆっくりと扉から手を離した。
一体全体何をやっているんだあの二人は。一体全体何をしようとしているんだあの二人は。
「……クティラちゃん上手だね」
「ふふん! 任せておけ……そしてここを……」
「あっ……すごい……んっ……ちょっと痛いかも……」
「すまない。少し激しすぎたな。優しくしよう……」
僕は、ゆっくりと洗面所から離れていった。
なるべく足音を立てずに、二人の会話を聞いていたことがバレないように、リビングへと向かう。
ソファーに座ったら、何となく顔を手で覆った。
「はあ……ったく」
そして、深いため息。
よくない妄想が頭の中に広がる。思い浮かぶ。
クティラのセリフと、サラのセリフを脳内で再生。より激しく、妄想が捗る。
そんなわけがない。ありえない。そう理解しているのに、わかっているのに、何故か止まらない。
僕の頭の中で、一輪の花が咲いた。
白い、とても綺麗な、百合の花。
「見て見てお兄ちゃん! どう!?」
「へっ!?」
急に話しかけられ、変な声を出してしまった。
顔を上げると、サラがドヤ顔をしながら、髪を僕に見せつけていた。
いつものポニーテールじゃない。名前がわからない、可愛らしい髪型。
三つ編み、いや四つ編み、いや五つ編みされた髪。それを片手でいじりながら、見て見てとサラはアピールしてくる。
「……えと、何?」
髪を見せてくるだけで何も言わないサラ。しびれを切らして問うと、不満そうに頬を膨らませてから、彼女はため息をついた。
「何その反応……つまんなー。せっかくクティラちゃんが編んでくれたのに」
呆れた顔をしながら僕を見つめてくるサラ。
髪を褒めて欲しいなら言えばいいのに。自慢げに見せつけられても、何か言ってくれなきゃわかんないよ。
「だから童貞なんだぞエイジ……」
「いつ現れた……!?」
気づいたら僕の膝の上に乗っていたクティラが、サラよろしく呆れた顔で僕を見上げていた。
二人の女子から突き刺される視線。呆れ、不満、不快、不機嫌。それら全てが込められたネガティブな視線。
「……ごめんなさい」
何となく僕が謝らないとダメな雰囲気を感じたので、僕は頭を下げて謝った。
クティラとサラからの返事はない。許してもらえていないのか、それとも聞こえてないのか。
「じゃあ私今から友達と遊びに行くから。お兄ちゃん留守番よろしくね」
と、サラが僕の方を見ずにそう言いながら、リビングを出ていった。
少し不満が入り混じった声だった。変わった髪型を褒めなかっただけで、何でそんなに不機嫌になるんだろう。
「エイジ……今どきそんなに鈍感な男、中々アレだぞ」
「アレって何だよ……」
呆れ、というよりは憐れみの視線で僕を見つめながら呟くクティラ。
何となくそれがムカついたので、僕は彼女を両手で抱っこして膝の上から下ろした。
「あ、そうだ」
すっかり忘れていた。クティラに聞きたいことがあったんだ。
「聞きたいことって何だ?」
いつの間にかまた、僕の膝の上に座っていたクティラが聞いてくる。
だから心を読むなってのに。
僕は一度ため息をついてから、彼女を見つめながら口を開く。
「契約を切るってのは……できないのか?」
そう問うと、クティラの顔が曇った。
「何だ……? 私との契約が気に入らないのか?」
「気に入らないっていうか……その……」
うまく言葉にできない。
正直、契約自体は嫌じゃないというか、何というか。
女の子の姿でいるのが嫌なだけで、それ以外は別に許容範囲というか。
とにかく男に戻りたいというか。
クティラと別れたいとは思っていないけど、男に戻りたいと言うか。そのためには契約を切る必要があるんじゃないか、というか。
やっぱり上手く言葉にできない。クティラをガッカリさせたくない気持ちと、元の姿に戻りたい気持ちが喧嘩している。
(まあでも……クティラは心を読めるから、何となく察してくれるか)
結局上手くまとめられる気がないので、彼女の傾聴力に頼ることにした。
「……言ってくれないとわからないぞエイジ」
「心読めよ」
何でいつも勝手に読むくせして、こういう肝心な時に読んでくれないんだコイツは。
わざとやっているのか? 僕をバカにするためにわざとやってるのか?
「エイジがさっき心読むなと言ったのにか……!?」
驚いた顔をするクティラ。確かに言ったけどさ。心の中でだけど。
「……あーもーいいや。とりあえず、僕はこの姿から戻りたいんだよクティラ」
深く悩まずに、僕は率直に自身の望みを彼女に伝えた。
すると、クティラはきょとんとした顔になり──
「何だそんな事か。言っていなかったか? 戻るには──」
クティラが話をしようとしたその瞬間、近くから大きな音が聞こえてきた。
何かを破壊するような音。硬いものに硬いものが当たったような音。砕け散るかのような音。
「何だ!?」
音がした方をクティラが睨みつける。僕も遅れてそっちに視線を向ける。
そこにあったのは大きな穴。リビングの左に、一瞬前までなかった大きな穴ができていた。
「え……ちょ……は!?」
僕は思わず立ち上がる。
それと同時にクティラは浮かび上がり、僕の肩に降りてきた。
「誰かいるな……!」
クティラが小さくも力強い声で呟く。
それを聞いて僕は、じっと穴の奥を見た。
確かに、誰かが立っている。気がする。
「ふふふ……ふぁんふぁーん! 見つけたぞヴァンパイア! 殺しに来たぞ私が!」
やけに甲高いく大きな声で叫ぶ男。足音をわざとらしく大きく立てながら、家の中に入ってくる。
「私の名前は……ドゥーダイ・ドーダイ! アンビリィバァボッ! な! みんなが憧れているヴァンパイアハンターだ!」
顔にかかるほどに長い前髪、ボサボサの白髪。着崩しすぎな白衣に、片方だけ割れているメガネ。
わけのわからない男が、僕とクティラを指差しながらそう叫んだ。
僕は思わず、クティラの方を見て、呟いた。
「そういえばクティラ……ヴァンパイアハンターに襲われてるって設定だったな」
「うむ、私も忘れていた」