58.放課後ヴァンパイア
「じゃあまたねークティラちゃん」
「うむ……ん? どうしたエイジ。そんな顔をして」
「別に……なんでもねえよ」
時は過ぎてあっという間に放課後。
部活に行く生徒、帰宅する生徒。それぞれが各々の事情を抱え、教室を出ていく。
僕は椅子に座りながら、隣に立つクティラを一瞥した後、ため息をついた。
コイツのせいで僕も質問攻めされて、本当に疲れた。せめて離れてくれればいいものの、一心同体だから共にいるとか言ってずっと隣にいたし。その発言が原因で余計注目浴びたし。最悪だ。
今の僕はクラスメイトから見てどんな印象なのだろう。大して目立たない無個性男子高校生から、同じクラスに嫁がいる変態男、にでも変わっているのかな。
「お、帰ってきたぞ。リシアお姉ちゃんが」
と、クティラが扉の方を指差して言う。
そこには確かに、リシアがいた。隣にはサラもいる。
「わ……本当にクティラちゃんいるじゃん。やばっ」
目を見開いてサラが呟く。隣にいるリシアは暗い顔をしている。
「サラも来たのか? 何故だ?」
「んー? リシアお姉ちゃんから話を聞いて、銀髪赤眼美少女ちゃんの制服姿見たいなーって思って」
ニコニコしながら、サラがクティラに近づいてくる。と同時に彼女は手を伸ばし、クティラの頭を撫で始めた。
「あはは、似合ってる似合ってる」
「そうか? ふふふ……似合っているか……ふふんッ」
満足げに笑みを浮かべながら、気持ち良さげに目を細めるクティラ。
僕はそれを見てため息をつく。そう言うのは家に帰ってからやってくれないかな。
「エイジ……大変だったでしょ」
と、いつの間にか隣に居たリシアが僕に尋ねてくる。
僕は何も言わずに頷き、その後、リシアに話しかける。
「リシアだって苦労しただろ……親戚って設定だから」
「うん……エイジとの関係とかも色々聞かれたよ」
ため息をつきながら話すリシア。ご愁傷様だ。
明日も質問攻めはあるのだろうか? それとも意外にみんなすぐに興味を無くしたりして。
後者であって欲しいものだ。ラノベとか漫画とかアニメで見る分には、こういうシチュエーションは好きだけどリアルで体験はしたくない。ああいう学園モノのお約束は二次元で尚且つ傍観者だからこそ楽しいんだ。と僕は考えている。
「なあエイジ……ちょっといいか」
「ん……?」
と、後ろから誰かが話しかけてきた。
振り返るとそこに居たのは、僕がクラスの中で──リシアを除いて──一番仲がいいと思っている友人だった。
彼は心配そうな顔をしながら、話を続ける。
「俺ってもしかして……これからエイジにヒントを与えたり、ヒロイン達の好感度を把握してエイジが確認できるようにしたり、困った時の相談役として活躍しないといけないのか?」
「お前は何を言っているんだ……?」
*
「全くバカだなエイジは。バカオブジイヤーだ」
「うるせえな……ていうかなんでついて来たんだよ。リシアとサラと一緒に待ってればいいだろ」
「私たちは一心同体だからな。忘れ物を取りに戻るのも当然一緒だ」
「そうかよ……」
人通りの少なくなった廊下。そこを、僕はクティラと駄弁りながら歩いていた。
理由は単純、僕が忘れ物をしたからだ。校門前で気づいてよかった。
リシアとサラには校門で待っていて貰っている。僕が悪いし、付き合わせる理由もないし。
バカ吸血鬼は何故かついてきたが。
「確かここだったな、私たちの教室は」
「一々確認しなくてもいいだろ……」
扉をスライドさせ開け、僕とクティラは教室に入る。
残っている生徒は一人もいない。意外と珍しい光景かも。
忘れ物を回収したらすぐに出るので、僕は扉を開けたまま教室に入る。
数多の机と椅子を避けながら、僕はまっすぐに自分の席へと向かう。
そこに着いたらテキトーに机の中に手を突っ込み、手探りで目当てのものを探す。
見つけたらそれを手に取って抜き出す。僕の手が掴んでいたものは国語の教科書、ビンゴだ。
背中にかけていた鞄を机の上に置き、開いて教科書を中に──
「……む?」
「……ん?」
教科書を入れようとしたその時、どこからかピシャッと、小さな音が鳴った。
スライド式の扉が閉められたかのような音。僕とクティラは思わず、教室の扉へと視線を向ける。
そこにいたのは、見覚えのない生徒。髪は茶色く短めで、制服は男子の制服。背丈は僕よりも低い、と思う。
一瞬クラスメイトの誰かかと思ったが、すぐに違うことがわかった。何故なら彼はとても綺麗な顔をしていたからだ。あんなイケメン、クラスにいたら知らないわけがない。
イケメンの彼は扉から手を離すと、何も言わずに、ゆっくりとこちらに向かってきた。
「どうやら私たちに何か用があるらしいぞ、エイジ」
クティラが少し身構えながら呟く。
真面目な雰囲気を出すクティラ。彼女はじっと、僕らに近づいてくる男子生徒を睨みつける。
(クティラのこの雰囲気……もしかして、ヴァンパイアハンターか?)
僕は拳を握り、いつでも動けるように臨戦態勢に入る。
とは言っても、女の子状態ではない今の僕は身体能力が普通の人間と何も変わらないので、仮に彼がヴァンパイアハンターだったとしても、抵抗なんて出来そうにないが。
「約束通り……会えたね、エイジくん」
と、イケメンの彼が小さな声で言う。
男とは思えないほどに可愛らしい声。目を瞑っていたら、女の子と誤解していたかもしれない。
そして僕は、この声に聞き覚えがあった。
思い出すのは、思い浮かぶのは、先日帰り道で出会った謎の女の子。
もしかして、彼はあの女の子なのか? いや違う、確かに整った顔をしていて女の子に見えなくもないが、制服は間違いなく男子生徒のものだし、身体つきもぱっと見は男そのものだ。
それでも思い浮かぶのはあの女の子。よく見たら、身体つきも似ている気がしてきた。
やばい、頭が悪くなってきている。あの声のせいで、うまく思考できない。見た目は全然違うのに、声が少女そのもので脳がバグりそうだ。
「むむぅ……少年、お前、半パイアだな」
ゆっくりと、彼を指差すクティラ。
すると彼はニコリと笑みを浮かべ、すぐ近くの机の上に座り、天井を見上げながら言った。
「うん、そうだよ。君たちと同じ……半パイアってやつだよ……」




