56.ハイスクール・ヴァンパイア
「よーよー久しぶりじゃねかよエイジよぉ!?」
「なんでそんなにハイテンション……?」
「心配してやってたんだぞ!? 安藤さんには連絡するくせに俺にはなんの連絡もしてこなかったからな!」
朝の教室。大多数の生徒が騒ぐ、騒がしい教室。
自分の席に座っている僕は、友達に厄介絡みをされていた。
そういえばコイツには休むって連絡入れてなかったんだっけ? 色々忙しくて存在を忘れていた。
と、その時。ホームルームの始まりを告げるチャイムが鳴った。
「やべ! また後でなエイジ!」
「おう」
忙しく去っていく友人に、僕はテキトーに手を振る。
なんだかこういうの久しぶりだ。あんまり深く考えずに、テキトーに友達と駄弁って時間を潰す朝の学校。もう何週間も体験していなかった気がする。
「えー今日は皆さんに、大事なお知らせがありまーす」
ドアを勢いよく開け、あくびをしながら入ってくる担任教師。彼の思わせぶりな告知に、教室が騒がしくなっていく。
「ふふふ……お前ら風の噂でも聞いたか? そうだ、転校生がうちのクラスに来たぞ!」
担任のやけにノリのいい反応に、更に教室が騒がしくなっていく。
(へぇ……小学生の頃はたまに見たけど、高校生になっても転校ってあるんだ。そりゃそっか)
正直に言うとあまり興味はない。転校生って途中で入って来るから、どう絡めばいいのかわからなくなる。すでに教室内のグループが確立されているってのもあって。
男かな? 男だったら、不良みたいな奴は嫌だな。女でも嫌だが。
女の子だったらどう接すればいいのか益々わからないから困る。多分、女子だったら僕はその子と一度も話さずに二年生を終えるだろう。
「入ってきていいぞー」
担任が扉の方を見ながら手招きをする。それと同時に、小さな足音が聞こえてきた。
スカートの先端がチラリと見えた。どうやら転校生は女子らしい。
長く美しい銀髪を揺らしながら、姿勢正しく美しく、転校生は教室に入ってくる。
(……あ? 銀髪?)
何か嫌な予感がした。ゾクリ、と背筋が凍る感覚。
と、視線を感じたので僕はその視線へと顔を向ける。そこにいたのはリシア、驚いた顔で僕を見ている。
リシアのあの反応。益々嫌な予感がする。僕は思わず俯き、なるべく転校生の顔を見ないようにする。
「あれ? もしかして……」
騒がしい教室で、何故か若井アムルの声がはっきりと聞こえた。
アムルの反応は、まるで知っている人を見た時かのよう。
ダメだ。頭の中に嫌な妄想と想像が浮かび上がってくる。
「じゃあ自己紹介、頼んだぞ」
「うむ、任せておけッ!」
その声、その喋り方、その「うむ」。
聞いたことがある。何度も何度も何度も耳元で聞きいた。
チョークが黒板を叩く音が聞こえる。それと同時に、教室内が更に騒がしくなっていく。
(……クソ!)
僕は意を決して顔を上げ、転校生の顔を見た。
そこにいたのは当然、うちに居候している銀髪赤眼美少女吸血鬼、クティラだった。
そして僕は気づく。何故か、クラス中の視線が僕に集まっていることに。
どうしてだ? 何故だ? その答えは、黒板に書かれた彼女の名前を見れば一目瞭然だった。
すうと息を吸い、クティラが叫ぶ。
「愛作クティラだ! よろしく頼む!」
「テメェ! このバカ吸血鬼がぁ!」
僕は思わず立ち上がり、教室内を走り黒板に向かい、勢いよくクティラを抱えた。
「な、何やってんだ愛作!? あ、エイジの方な。何をしているんだ愛作!」
「すみませんちょっとコイツ借ります!」
と、僕は担任の方を見ずに、クティラを持ち上げたまま勢いよく教室を出た。
「あ! ま、待ってエイジ!」
「え!? 安藤も行くの!? お前優等生なのに!?」
「ご、ごめんなさい先生ッ!」
*
誰もいない空き教室。そこで、僕とリシアはクティラをじっと見つめていた。
「あー……二人とも、怖いんだが?」
視線を逸らしながらそう呟くクティラを、僕はペチっと叩いた。
「あうっ」
「お前一体全体何を考えてやがる……! ていうかどうやった!?」
僕が怒りを込めながら問うと、クティラは冷や汗をかきつつも、自信満々な顔と声で言う。
「ふ……ふふふ! これはヴァンパイアの特殊能力が一つ、超絶催眠による効果だ。学校のお偉いさん全員を洗脳し生徒として入学することに成功したのだ!」
そんなクティラを、僕はもう一度ペチっと叩く。
「過程はどうでもいい……!」
「え!? どうやったって聞いたよなエイジ!?」
「いいから目的を言え目的を」
僕が強めの言葉で言うと、隣のリシアがうんうんと頷いた。
「……私はただ、寂しかったんだ」
「儚げに言えば許してもらえると思ってんのか」
「……なんか、今日のエイジ厳しくないか?」
困惑した顔で首を傾げるクティラ。確かに、強く言いすぎているかもしれない。
けれど、意識せずとも強くなってしまう。
僕はとりあえず、ため息をついて己を落ち着かせる。
「それで? なんで転校生として入ってきたんだ?」
「むぅ……だから言っているではないか、寂しかったのだと。サラもリシアもエイジもみーんな同じ学校に通ってズルい! 私も行けるには行けるが認識阻害を使いつつエイジとしか関われない! そんなのつまらんに決まっているだろう!」
胸に手を当てながら、本気の目で言うクティラ。
確かに、僕もクティラと同じ立場だったら孤独感を感じて寂しくなっていたかもしれない。そう考えると、少し同情できる。
「ねえエイジ……可哀想だし許してあげたら? 私もクティラちゃんがヴァンパイアだってバレないようフォローするし」
いつものように、優しさの溢れる顔でリシアが言う。
もし吸血鬼だとバレたら色々面倒くさそうだし、何よりヴァンパイアハンターが学校に侵入してクティラを倒しに来た、とかなったらマジで面倒くさい。
今すぐクティラに催眠を解かせるのがベストだと、僕は思うのだけれど──
「……じー」
「……じっ」
女子二人の、許しを乞うような目に、僕はつい折れてしまった。
「わかったよ……クティラ、ちゃんと正体バレないようにするんだぞ?」
「うむ! 元々そのつもりだ!」
クティラが嬉しそうに立ち上がり、ニヤッと自信満々に笑みを浮かべる。
嬉しそうで何よりだ。あとは、なるべく面倒ごとが起きないように祈るしかない。




