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番外編:甘いものは当然好き

 愛作家の広めなキッチン。私はそこに、リシアお姉ちゃんとラルカと一緒に居た。

「珍しいね、リシアお姉ちゃんが私に頼み事なんてッ」

「うん……いつもはお母さんに手伝ってもらっているんだけど、もう高校二年だし流石に一人で作ってみようかと……」

「へえ……!」

 照れくさそうに顔を赤くしながら、俯きながら小さな声で呟くリシアお姉ちゃん。めちゃくちゃ可愛い、今すぐ抱きしめたいくらい。

「ちょいちょい女子高生ズ、質問オーケー?」

 と、ラルカがエプロンを着ながら話しかけてくる。

 私とリシアお姉ちゃんは彼女の方を見て、何も言わずに頷く。

「何でバレンタインってチョコあげるの?」

 頭上にはてなマークを文字通り浮かべながら首を傾げるラルカ。

 それを知らないのに作りに来たんだ、とため息を吐きそうになる。

「えっとね、好きな人に大切な想いを告げるためとか、仲の良い友達にあげて馴れ合ったりするためだよっ」

 と、私はラルカに説明する。すると何故か彼女は更に首を傾げ、はてなマークを三つほど増やした。

「そうじゃなくて……何でチョコを渡すんだろうって。別に他のものでもよくない?」

「あー……っと……」

 そう言われて、言葉が詰まってしまった。

 そういえば何でチョコなんだろう。よくよく考えると理由を知らない。バレンタインにはチョコを渡す、それが常識すぎて疑問に思うことなんて一度も無かった。それ故、知ろうともしていないから全然わからない。

 私は思わずリシアお姉ちゃんを見る。すると、彼女は少しビクッとして、天井を見上げ、うんうん唸り始めた。

 多分リシアお姉ちゃんも知らないんだと思う。けど私が頼るような視線を送ってしまったから、今必死に考えているのかな。

 優しい。好き。お兄ちゃんと全然違う。

「……チョコ以外を渡すと、死ぬとか?」

「死ぬの!?」

(何言ってんのリシアお姉ちゃん!?)

 突然めちゃくちゃな事を言い始めたリシアお姉ちゃん。でもふざけている様子はない、真剣そのものだ。

「よしわかったリシアちゃん! ありがとッ! バレンタインとはつまり! 己の主義主張をぶつけ合う命をかけた戦争に等しいってわけね!」

「……ッ! うん、そうだよラルカ……! もし失敗したら死にたくなるもん……!」

(え? もしかしてこの場で一番まともなの私?)

 変なスイッチが入った二人に少しだけ引きつつ、私はチョコを作る準備をする。

 ボウルを取って、お湯を沸かして、市販の板チョコを包丁で細かく刻んでいく。

 刻んだチョコをポイっと適当にボウルに入れて、お湯が沸くまで暇なので、どの型を使うか決めることにした。

 星型、ハート型、リボン型。私が用意したものは普通。

 カブトムシ型。クワガタ型。セミ型。リシアお姉ちゃんが持って来たものは何故か全部虫。しかもやけに作り込まれていてリアルに作れそうで、正直ちょっと嫌。

 バールのような型。妄想を具現化させる存在自体が曖昧な神話に登場しそうな剣の型。ソロモンの扉が開けそうな杖の型。ラルカが持ってきたものは全部意味わかんない。

(ハート……でいっか、今年も)

 これが一番無難かな、とハートの型を手にとる。

「ねえねえリシアちゃんは何にするの?」

「……カブトムシかな。強そうだし、何よりかっこいい……」

「なるほど……!」

 カッコいいチョコを作ろうとしている二人に、私はつい呆れてしまう。

 ラルカは妹さんにあげるらしいからともかく、リシアお姉ちゃんはもう少し考えたほうがいいと思う。

 お兄ちゃんって意外とバカで鈍感で木偶の坊だから、ちゃんと見た目でわかるようにしないと気持ちは伝わらないんじゃないかな? 私が毎年ハートチョコをあげてもサンキューしか言わないしあの人。

「ねえ、リシアお姉ちゃん」

 カブトムシの型を手に取り、目を輝かせている二人に私は話しかける。

「そんなんじゃ、お兄ちゃんに好きって気持ち、伝わらないよ?」

 ビシッと指差しながらそう指摘すると、リシアお姉ちゃんは手に持っていたカブトムシを力なさげに落とし、徐々に顔を赤くしていく。

 茹でタコのように真っ赤になったら、それと同時に慌てて手を振り始めた。

「すすすすす好きって! エイジは好きだけど! 好きだけど幼馴染としてというか! そういう男女の関係じゃないっていうか!」

(……わかりやすっ)

 私は思わず笑ってしまった。その後、リシアお姉ちゃんを落ち着かせるために、彼女の頭を優しく撫でてあげた。

「はいはいもぅ……幼馴染として、ね。わかってる、わかってるよリシアお姉ちゃん」

「絶対わかってないじゃんサラちゃん……!」

(いやわかってるって……誰にでもわかるって……)

 普段は優しくて、すごく真面目で、とても頼りになるお姉ちゃんなのに、何でお兄ちゃんが絡むとものすごっいポンコツになってしまうんだろう。

 恋ってそんなに人をダメにするのかな? 私も恋はしているけど、リシアお姉ちゃんほどキャラ崩壊はしていないと思う。

 でも、本気で恋愛を楽しんでいる感じがして少し羨ましい。私にはできない事だから。

「じゃあ二人とも! アーちゃんのためにチョコ! 作ろうかッ!」

 と、何故かラルカが仕切り始めた。しかも私たち全員が妹さんのために作るような事を言っている。

 私とリシアお姉ちゃんはお兄ちゃんのために作るんだけどなぁ。と心の中でため息をついたと同時に、お湯が沸く音がした。

「あ、リシアお姉ちゃん湯煎しといて」

「え!? あ、うん! 任せて……!」

 無駄話をしてしまったので準備が途中で終わってしまっている。私は二人にある程度の指示を出しながら、冷蔵庫へと向かう。

 バッと扉を開けて、中から事前に買っておいたデコレーションを取りだす。いっぱいあるから多分三人で使っても余裕で足りるはず。

 冷蔵庫を閉めて、振り返るとそこには──

「いい匂いしてきた……あは……」

 と、嬉しそうな顔をしながら、チョコの入ったボウルにお湯をかけているリシアお姉ちゃんがいた。

(ひょえええ……!)

 まるで、漫画に登場するポンコツキャラのような間違いをするリシアお姉ちゃん。

 この人、今までどうやってお兄ちゃんにあげるチョコを作ってきたんだろう。全部お母さんに任せていたんじゃないかと疑いたくなる。

「ねえねえサラちゃん、ちょっといーい?」

「ん?」

 と、ラルカが私を呼びながら肩をちょんちょんっと突いてきた。

 私はそれに応じて振り返る。するとそこには──

「チョココココココココココォォォ……」

「わぁー!?」

 ラルカと共に、見たことのない恐ろしい化け物がいた。

 一言で表すならば、チョコレートの化物。全身が茶色で、ところどころ溶けていて、チョコのような水滴が垂れている。

「チョコを自在に操る魔法を出そうと思ったら、チョコを自在に操る魔王を出しちゃった。てへっ」

「チョコを自在に操る魔王!? 何それ!?」

「チョコココココココォォォ……!」

 チョコ魔王が唸る。それと同時に、家全体が恐怖を感じているかのように震えた。

「どうしようかなコイツ……」

 ラルカが魔王を見上げながら呟く。それと同時に、彼女は勢いよく魔王にぶん殴られた。

「ちょ……!? ラルカ大丈夫!?」

 魔王の溶けかけの拳を、モロに顔面で受け止めるラルカ。溶けかけが故に柔らかかったのか、魔王の拳はパイを投げつけたかのようにラルカの顔にめり込んでいる。

「甘い……」

(甘いんだ……)

 ラルカは大丈夫そうなので、私はそれ以上彼女を心配はせずに、作業の続きに戻ることにした。

 手に取ったデコレーションの入ったパックを机の上に置き、溶かしたチョコを──

「サラちゃん……私間違えたかも……!」

(あ……そうだった……! リシアお姉ちゃんがチョコにお湯をぶっかけたんだった!)

 泣きそうな顔になりながら、水のように溶けたチョコの入ったボウルを手に持つリシアお姉ちゃん。

 私はそんな彼女をとりあえず慰めようと頭を撫でてから、彼女の持つボウルを手に取った。

「だ、大丈夫大丈夫! まだチョコ余ってるし!」

 こんな時のためにたくさん買っておいてよかった。リシアお姉ちゃんが失敗するとは思っていなかったけど。

 とりあえず、どう使えばいいのかわからないチョコ水はその辺に置いといて、冷蔵庫の扉を開け未開封の板チョコを取り出す。

 それを私は瞬時に開け、それと同時に包丁を手に取り、自分史上最速の動きでチョコを刻んでいく。

 刻み終えたら空いているボウルへ入れ、新しいボウルを手に取りそこにお湯を入れる。

 お湯の入ったボウルの上にチョコの入ったボウルを置き、それと同時にベラを手に取りテキトーに──

「チョコオオオオオオオ!」

「はあ!?」

 突如襲ってきたチョコ魔王の拳が、チョコの入っていたボウルをひっくり返してしまった。

 空を舞うボウル。そこから解き放たれた溶けかけのチョコもまた空を舞い──

「ぴゃうっ!?」

 リシアお姉ちゃんにかかった。ぶっかかってしまった。

「うぅ……甘い……ほろ苦ビター……」

(どっち……?)

 唇についたチョコを舐め取りながら、リシアお姉ちゃんは泣きそうな声で言う。

 私はすぐに振り返り、チョコ魔王とラルカを睨み──

「ちょっとラルカァ!?」

 私が振り返ると、そこにいたのは全身チョコレートでコーティングされたラルカがいた。

 口の部分だけはチョコに覆われておらず、パクパクと金魚のように動いている。

「助けて……助けて……」

「チョーココココココ!」

 助けを乞うラルカ。その横で高らかに笑う魔王。

 もうどうすればいいのか全然わからない。私、何すればいいんだろう。

 と、その時。後ろから鈍い金属音が聞こえてきた。

 振り返ると、そこには力無さげに立っているリシアお姉ちゃんがいた。両手に剣を携え、それらを何度も重ね合わせキンキンっと鳴らしている。

「サラちゃん……チョコはまず刻むんでしょ……やったげる……」

「リシアお姉ちゃん……えっと……」

 ゆらりとリシアお姉ちゃんが動き出す。次の瞬間、彼女は目にも止まらぬ速さで動き出した。

 気づいて時にはすでにチョコ魔王の眼前。彼──彼なのかな?──は驚きつつも、瞬時に拳を握り締め、リシアお姉ちゃん目掛け振るう。

 それをリシアお姉ちゃんは空に浮きながらも軽く避け、全身をぐるぐると回転させながら剣を構え──

 瞬きをした次の瞬間に、彼女はチョコ魔王を粉々に切り刻んでいた。

「えいっ!」

 力強く言いながら、リシアお姉ちゃんが相手がいないにも関わらず剣を振るう。それと同時に起こるのは強風。

 それに動かされ、切り刻まれたチョコ魔王の体は、全て空のボウルの中へと入っていった。

「ふう……お待たせサラちゃん」

 にこり、とリシアお姉ちゃんが笑みを浮かべる。

 なんかもう、すごいとしか言いようがなかった。

「あはは……めちゃくちゃ」

 私は、辺りを見渡しながらそう呟く。

 チョコ魔王の返り血、もとい返り血ョコでキッチンがぐっちゃぐちゃだ。

 あと、コーティングされたままのラルカはどうしよう。ドライヤーでもかけようかな。

 お兄ちゃんが大好きでポンコツ化しているリシアお姉ちゃん。余計なことばかりしそうな予感がするラルカ。そして作り終えた後の片付け。

 これから先の事を思うと、私はため息をつかざるを得なかった。



「あははっはは! いいねこのチョコ! アーちゃん喜びそう!」

 袋に入った、星型のチョコを掲げながら嬉しそうにラルカが叫ぶ。

「ハート型なんて……うぅ……ちょっと恥ずかしい……」

 チョコの入った箱を両手で抱えながら、恥ずかしげに俯くリシアお姉ちゃん。

 とりあえず、私たちはなんとかチョコを完成させることができた。

 途中チョコ魔王が突然復活したり、リシアお姉ちゃんが恥ずかしさのあまり暴走して何故か全裸になったり、ラルカが訳のわからない魔法を使って刻まれたチョコたちの怨念が集まって反逆してきたりしたけど、終わりよければ全てよしだ。

「じゃあ私帰るねー。ありがと二人とも! 待ってろアーちゃんッ! 最速で最短で真っ直ぐに一直線に行くからねー!」

 と、ラルカは元気よく叫びながら、手を大きく振りながら走っていった。

「ぎゃぷッ!?」

 あ、転んだ。

「ねえサラちゃん……エイジ、いつ帰ってくるのかな」

 と、リシアお姉ちゃんが乙女全開な顔で恥ずかしそうに、私に問いかけてくる。

 いいな、青春しているみたいで。ちょっと羨ましいかも。そう思うながら、私はリシアお姉ちゃんの頭を撫でる。

「もうすぐだと思うよ、多分」



「ただいまー」

「帰ったぞーサラー!」

 外から帰ってきた僕とクティラは、ほぼ同時に玄関へと上がった。

 クティラが我先にと、僕を押し除けながら靴を脱ぐ。そんなに早く靴脱ぎたいか?

「あ、お兄ちゃんおかえりー」

「おかえり……エイジ」

 クティラと共にリビングへと向かうと、ソファーにサラとリシアが座っていた。

 何故か二人ともチョコまみれになっている。チョコを作るとは言っていたが、何がどうしてそうなった?

「あの……エイジ……これ……」

 と、リシアが立ち上がり、手に持っていた箱を差し出してきた。

 僕はそれをすぐに受け取る。中に入っているのは当然チョコレートだろう。毎年貰っているからわかっている。

「ありがと、後で大切に食べるよ」

 毎年毎年、よく僕なんかにくれるならと嬉しくなる。サラを除いたらリシアしかくれないし。本当に嬉しい。

「なんだそれ?」

 クティラがぎゅっと抱きつきながら、覗き込むように箱を見る。

「チョコだよ。リシアは優しいからさ、毎年くれるんだ」

「えへへ……」

「私にはくれないのか? リシアお姉ちゃん」

 と、クティラが首を傾げそう呟く。

「うん……ごめんね。私、エイジにしかあげたくないの……」

「むぅぅ……意地悪だなリシアお姉ちゃんは」

 頬を膨らませながら、クティラが何故か僕の背中をベシベシ叩く。

「お兄ちゃん、ついでに私のも今あげるっ」

 と、サラも立ち上がり、僕の袋を差し出してきた。

 僕はそれを受け取り、中身を確認。星型のチョコレートが入っていた。キラキラとした丸いものがたくさん付いている、幼い女の子が作った感出しまくりの手作りチョコだ。

「……あれ? サラ、今年はハート型じゃないんだな」

 思わず首を傾げ、僕はサラに聞いてしまう。

 すると、サラは一瞬全身をビクッとさせ、何故か照れ臭そうに俯きながら言った。

「あはは……たまにはいいかなって……リシアお姉ちゃんもいるしさ……」

「リシアが?」

 僕はまた、首を傾げてしまった。全然意味がわからない。

 でもまあ、いいか。と、サラから貰ったチョコを手に取り、僕は一口で食べた。

「相変わらず美味いなサラのチョコは……」

「そう? 本命じゃないからテキトーに作ってるんだけどなー」

 と、ニヤニヤ笑いながら僕を突いてくるサラ。

 そういえば、いつもそれを言っているなと、ふと気になった。

 もしかして、サラには好きな人がいるのだろうか。それとも、僕の知らないところで彼氏が出来ていたりするのだろうか。

 なんかそれ、ちょっと嫌だな。そいつが僕以上にサラのことをわかっているとは思えないし。

 いや、そんなことを考える兄貴の方がサラにとっては嫌か。自分の気持ち悪さに、思わず自己嫌悪。

「……ふたりとも、毎年ありがとうな」

 僕は二人を見ながらお礼をする。すると彼女たちは、にっこりと笑い頷いてくれた。

「……は? なんで私エイジのハーレム見せられているんだ? なんで私だけチョコ貰えてないんだ? 番外編だからか? ヴァンパイアは蚊帳の外、略してヴァン外編なのか?」

「お前は何を言っているんだバカ吸血鬼」

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