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55.来ちゃった……

(来ちゃった……! 来ちゃった来ちゃった来ちゃった来ちゃった……!)

 朝の七時半。私は、エイジの家の玄関の前に立っていた。

 肩にかけた鞄の持ち手をぎゅっと握りながら、私はじっと玄関を見つめる。

(エイジ……男の子に戻ったって言うから来ちゃったよ……! どうしよう今更すごく物凄く恥ずかしい……! 攻めすぎたかな私……! でもでもでも……!)

 落ち着かない。気持ちが、体が。

 その場で小さく足踏みをしてしまう。耳が真っ赤になっているのか、とても熱く感じる。

(もし一緒に登校してるところ見られたらカレカノと思われて話題になったりして……! いや……私たちみたいな目立たない存在がそんな話題になるわけないか……いや目立たないからこそあの二人がみたいな……それはそれで恥ずかしいけど嬉しい気持ちも……なんて……なんて……)

 エイジと一緒に学校に行くなんて何年振りだろう。小学生以来だから、えっと、忘れちゃった。

 ダメだ、ドキドキする。止まらない。心臓が、地味に痛い。

(それにしてもエイジ……男の子に戻ったなら私にも教えてくれればいいのにっっ。サラちゃんが教えてくれなかったらわかんなかったよ……)

 と、エイジへの不満を吐露しながらも、私は胸を高鳴らせながら彼を待つ。

 一緒に行こう、学校まで行こう。それを言うだけなのにめちゃくちゃ緊張する。もし断られたらどうしようとか、既にエイジは登校済みで私一人遅刻なんて事になったらどうしようとか、嫌な想像ばかり脳裏に浮かぶ。

(……あ)

 その時だった。玄関の扉がゆっくりと開かれた。

 そこから出て来たのはもちろん、エイ──

「あれ? リシアお姉ちゃん?」

「……サラちゃんか」

 忘れていた。エイジのことばかり考えていて、サラちゃんも学校に行く時間だと言うのを忘れていた。

 もしかして、兄妹仲良く登校していたりするのかな。じゃあ、エイジと二人で登校はできないのかな。

 私は思わず、ため息をついてしまった。

「え? 何で私がっかりされてるの? どゆこと?」

 首を傾げながら、頭上にはてなマークを浮かべるサラちゃん。どうやってやってるんだろう。

 じゃなくて、ちゃんと言わなきゃ。サラちゃんを傷つけるわけにはいかない。

「あ、えっとねサラちゃん……その……エイジと一緒に学校行こうかなって……色々心配だから……」

「んー? あー……へぇ……!」

 と、色々と察したのか、察せられたのか。サラちゃんがニヤニヤと笑みを浮かべながら後ろへと振り返った。

「お兄ちゃーん! 私今日先行くからー!」

 サラちゃんはそう叫ぶと、すぐに玄関から外に出てきて、勢いよく扉を閉めた。

 そしてゆっくりとこちらに近づき、上目遣いで、私を覗き込むように見てきた。

「リシアお姉ちゃんったら大胆になってもう……!」

 笑みを浮かべながら、これ以上ないくらい口角を上げながら、私をイジってくるサラちゃん。

 私は何もかも見透かされている気がして、それがとても恥ずかしくて、思わず彼女から顔を逸らす。

「べ、別にその……クティラちゃん関係でエイジが心配なだけで……!」

 必死に弁明、もとい言い訳をするが、やはりサラちゃんにはお見通しのようで、彼女のニヤつきは収まらない。

「はいはいわかってるよー? あははっ! 今日はお兄ちゃん譲ってあげるッ! じゃあ私は先に行くねリシアお姉ちゃんッ!」

 と、ニコニコしながらサラちゃんは軽く私の頭をペチっと叩いてから、手を振りながら行ってしまった。

「……うぅ」

 恥ずかしい。恥ずかしすぎて立っていられない、前を向いていられない、俯かざるを得ない。

 頬が、耳が、顔全体が熱い。ついでに言えば、頭が少しクラクラとする。

 生意気モードのサラちゃん、ちょっと嫌になったかも。私が露骨すぎるのが悪いんだろうけど。

「よっと……あれ? リシア?」

「ぴょえッ!?」

「ぴょえって……驚くのはどっちかというと僕の方だろ」

 突然、目の前に現れたエイジに私はつい驚きの声を上げてしまった。

 いつ玄関から外に出てきたんだろう。まだドアノブの手を掛けているから、ほんの一瞬前かな。全然気づかなかった。

「何でいるんだ? 珍しいな」

「あ! ええと! サラちゃんからエイジが男の子に戻ったって聞いて……! それでその学校久しぶりかなって思って……! 一緒に私……えっと! その! 一緒に行こうかなって!」

 うまく言葉が纏まらない。慌ててしまっている。全然頭が動かない。

 思考しないまま、何も考えぬまま、本能に任せて話を続ける。

「それでその! エイジ心配だから……! 私心配でエイジのこと! それで一緒に……学校行こうかなって……!」

「えと……じゃあ行こうか、リシア」

 と、エイジは少し首を傾げながらも、通学路を指差してそう言った。

 それを聞いて、私はとても嬉しくなって、思わず胸がきゅうううううっとしてしまった。

「うん……! 一緒に行こッ! エイジッ!」

 嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて──

「あの……リシア……!?」

「んえ……? ……ハッ!?」

 私はいつの間にか、エイジの腕に抱きついて、己の体を彼に密着させていた。

 まるで、恋人がするかのように、ピッタリと抱きついて──

「あ、あぁ! えっとごめんねエイジ! 私嬉しくてつい……!」

「いや……別にいいよ……けど恥ずかしいからその……」

 顔を真っ赤にしながら、エイジは私から顔を逸らす。

「う、うん! 離す離す離す……ッ!」

 私も急いでエイジから顔を背け、彼の腕と体から離れた。

 やばい。すごい。心臓のドキドキが、すごい。

(わ、私ってちょっとエイジに抱きついたくらいでこんなにわーっ! ってなっちゃうんだ……!)

 自分のデレ加減にビックリしてしまう。触れただけで? 抱きついただけで? じゃあそれ以上に進んだら一体全体どうなってしまうんだろう。

 ふと、私は顔を上げて、隣を歩くエイジを一瞥する。

 そこで、私はある違和感を覚えた。

「あれ……? クティラちゃんは?」

 いつも肩の上に乗っているクティラちゃんがいなかったのだ。クティラちゃんの性格上、学校には絶対についてくると思っていたのに。正直言っちゃうと、存在忘れてたけど。

「ああ……なんか先に行っててくれって言われてさ」

「あ、学校には来るんだ……」

 そんな感じで、私はエイジと他愛のない話をしながら、通学路を歩き続ける。

 大好きな人と、横並びに。心臓を高鳴らせながら、心をキュンキュンと乱れさせながら。

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