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53.サラの独り言

「はあ……ってね」

 水蒸気で満たされた浴室、無数の水滴が張り付いている天井。それを見上げながら、私は小さなため息をついた。

 温かいお湯が全身の疲れを取り除いてくれるかのような感覚。今日も一日お疲れ様でした、と自分で自分を褒めちゃう。

 空いていて暇そうにしている手をお湯につけて、パチャパチャと鳴らしてみる。すぐに飽きて、お湯から手を離して邪魔な前髪を払ってから、またお湯に両手をつけた。

 そしてため息。お風呂は好きだけど、何もやることがないのは少し退屈だ。

 スマホを持ってきた方が良かったかな? でももし水没とかしたら怖いし、絶対にお母さんに怒られるから持ってこないのが正解だと思う。

 やる事がない。けれどお湯には浸かっていたい。だから考えてしまう。

 普段しない自己分析、意識しない潜在意識、実感のない本音と建前。

 私は、お兄ちゃんの顔を思い出していた。女の子の、金髪赤眼美少女の方じゃなくて普段のお兄ちゃんを。

 見慣れた顔。見飽きた顔。けれど安心する顔。改めて思う、やっぱりお兄ちゃんはお兄ちゃんが一番だなって。

 そして、次に思い出すのは久しぶりに見た、見てしまったお兄ちゃんのお──

「……あははっ」

 心の中とは言え、その名詞を言うのが恥ずかしくなって、途中で辞めてしまった。

 けれど、声には出さず、名前も思い浮かべないけど、それでも脳裏に焼き付いてしまっているから浮かび上がってしまう。

 大きくなっていたな。昔見ていた頃とは形が違っていたな。BL漫画とかで見るのと全然違くてちょっとびっくりした。結構キモい形していた。

「……バカみたい」

 自分を嘲るように、私は小さくそう呟く。

 実のお兄ちゃんの下腹部、股間部分に生えているアレを思い出しているなんて、ほんとバカみたい。ていうかキモい。

 それでも思い出しちゃうのは、思い浮かべちゃうのは何故だろう。

 わかっている。疑問に思っているふりをして、疑問を抱いているふりをして自分を誤魔化そうとしているけれど、自分自身のことだからちゃんとわかっている。

 けれど言葉にはしない。絶対にしない。何が何でもしない。したくない。

 胸がキュッとするけど、心がヒヤッとするけれど、変に苦しくてメンタルがやられるけれど、それでも私は絶対に言わない。

 私、愛作サラと、愛作エイジは兄妹なのだから。何が起きても何が起ころうとも、兄妹という事実だけは変わらないから。

 私もそれを変えたくない。絶対に変えたくない。お兄ちゃんはどう思っているか正直わからないけれど、私はお兄ちゃんのことを妹として大好きだから。

 そう、妹として。少し生意気で、年下故に甘えたがりな一面を見せて、血の繋がった兄妹だからこそ出来る他愛ないコミュニケーションを取れる関係。

 それでいい。それだけでいい。それ以外は、求めたくない。何年もかけて積み上げてきたお城を崩す必要なんてない。

「リシアお姉ちゃんもいるしね……」

 そういえば今日、リシアお姉ちゃんとお兄ちゃんはデートに行ったんだっけ?

 どうだったんだろう。少しは進展したかな? いつ私は、リシアお姉ちゃんのことをちゃんとリシアお義姉ちゃんと言えるんだろう。

 ていうかあの二人結構バカだよね。側から見ても──私だけかもだけど──いつもイチャついてるのに、全然ラブラブにならない。

 二人とも、一番大事な一歩をずっと踏み出せずにいる。気がする。

(それは私も……かっ)

 はあ、とため息をついてから、私はゆっくりと立ち上がった。

 片手で持てる風呂桶を手に、私はゆっくりと浴槽から出て、椅子に座った。

 浴槽からお湯を掬って、それを頭にかけて、事前に付けておいたリンスを流す。

 それからシャンプーを片手にプッシュ。甘い香りのするシャンプー。お兄ちゃんが以前いい匂いがするな、と言ってくれてからはずっとこのシャンプーだ。

 まあお兄ちゃんは私の髪から漂う香りだとは気づかずに、お菓子の匂いだと思っていたみたいだけど。

 風呂桶を一旦床に置いて、私は優しく丁寧に確実に的確に丁重に髪を洗っていく。

 充分洗えたら、風呂桶を手に持って、それでお湯を掬って頭からかける。

 泡ひとつ残らないように、フケが髪に付かないように、丁寧に流していく。

 髪を洗い終えたら次は身体だ。ふわふわの泡が立つボール状のスポンジを手に取り、そこにミルクの香りがするボディソープを付けてわしゃわしゃ。

 充分泡だったら、肌を傷つけないよう丁寧にそれで全身を綺麗にしていく。

 全身隈無く洗い終えたら、髪同様付いた泡をお湯で流して終了。

 ふぅ、と一息付いてから私は立ち上がり、浴室を後にした。

 脱衣所に着いたと同時に、事前に用意しておいたタオルを手に取り、全身に付いた水滴を拭う。

 髪の毛は柔らかいタオルで少し叩くように、軽く拭う。

 それを終えたら今度は下着を手に取って、いつも通り着用。

(この前お兄ちゃんがホック付けられなくて手伝ってあげたなぁ……今度フロントのやつ買ってきてあげようかな? サイズもちゃんと合わせなきゃだし……次、いつ女の子になるのかわからないけど)

 と、下着を着け終えたと同時に私は、思わず吹き出してしまった。

 何でお兄ちゃんの下着事情を私が真剣に考えているんだろう、と。

「……よっと」

 最後に、パジャマを着て完成、終了。

 ふう、と一息ついてからドアに手を掛け横にスライド。と、同時に私は脱衣所兼洗面所を出ていく。

 そして、真っ直ぐにリビングへと向かっていく。そこにいたのは、当然お兄ちゃんとクティラちゃん。

 二人で仲良くソファーに座っている。側から見ていると、あの二人が兄妹みたいだ。全然似てないけど。

(……そだっ)

 私はリビングに入ると同時に、抜き足差し足忍足で移動。

 ゆっくりと、静かに、バレないようにソファーの裏へと這うように向かう。

 お兄ちゃんの後ろ姿をロックオン。と、同時に私は立ち上がり、お兄ちゃんに抱きついた。

「おー兄ちゃんッ! お風呂出たよー!」

「ぐえええッ!?」

(あ、やば……ちょっと勢い強すぎた?)

 情けない悲鳴をあげるお兄ちゃん。私はつい、声に出して笑ってしまう。

「あははっ! ごめんごめんお兄ちゃん」

「バカ……! 死ぬかと思ったじゃないか……!」

 静かに怒鳴り、私を睨みつけてくるお兄ちゃん。

 私はそんな彼の頭を優しく撫でて、機嫌を取ろうとする。

「あーもうごめんってば!」

「……ったく」

 と、お兄ちゃんは私を睨みつけながらも、仕方ないなと言いたげに呆れた表情をして、ため息をついた。

 妹が抱きついたんだから、少しは喜んでくれてもいいのになぁ。強くやりすぎたのが失敗だったかも。

「サラ、私も撫で撫でしてくれ」

「ん? いいよークティラちゃん」

 と、なでなでを催促しながら頭を差し出してくるクティラちゃん。

 私はお兄ちゃんの頭から手を離し、代わりにクティラちゃんを撫でてあげた。

「うむ! リシアお姉ちゃんの方が上手いな!」

「えぇ……お兄ちゃんはどっちの方が上手いと思う?」

「リシアかな……」

「……むぅ。お兄ちゃんのバカ……ッ」

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