51.変化は突然に
「ただいまー……」
「ふふふ……サラよ! 私は帰ってきた!」
僕が扉を開けながら、玄関に足を踏み入れると同時に、クティラが耳元で叫ぶ。
そろそろガチで注意した方がいいかもしれない。そのうち僕の耳が壊れそうだ。
「む? 返事がないぞ?」
「ん? ああ……多分アレだよ」
「アレ?」
クティラと会話をしながら、靴を脱いで廊下に上がり、そこを歩き僕は真っ直ぐにリビングへと向かう。
リビングに着くと、スマホ片手にニヤニヤしているサラが一人でソファーに座っているのが見えた。
僕たちに気づいたのか、一瞬顔を上げてこちらを見るサラ。ゆっくりと、髪を掻き上げるような仕草をしながら、己の耳に付けているイヤホンを慣れた手つきで取り除いた。
「おかえりお兄ちゃん、クティラちゃん。結構遅かったね」
イヤホンをケースに戻しながら、こちらを見ずに言うサラ。
僕の肩の上に乗っているクティラは首を傾げながら、何故か頬を突いてきた。
「なあエイジ。結局アレってなんだ?」
「え? ああ……サラは家に一人でいる時は基本イヤホン付けてるからな。帰宅を告げても聞こえていないだろうってこと」
「ふーん……」
少し不満そうに、納得したような声を出すクティラ。
すると彼女はちょこんっとその場に座り、あくびをした。手で口元を隠しながら。
「とりあえずお腹が空いたな……」
「眠いってわけじゃないのか……」
「用意してあるよー? どれがいい?」
と、僕たちの会話を聞いていたのか、サラがその場で立ち上がり、ソファーのすぐ近くに置かれていたレジ袋のようなものを漁り始めた。
そこからテンポ良く、リズム良く、カップ麺を取り出すサラ。机にトントンと置かれていくのが見ていて何となく楽しい。
「あれ? そう言えばリシアお姉ちゃんとラルカは?」
僕たちを見てそう言った後、キョロキョロと首を動かし彼女たちの姿を探すサラ。
見当たらない事に疑問を覚えてたのか、サラはその場で少し首を傾げた。
「みんな帰ったよ。ラルカは妹に会えたから。リシアはシンプルに今日は泊まらないってだけ」
「え!? 妹さんに会えたんだ……! どんな子だった? ねえねえお兄ちゃんどんな子だった!?」
興味津々そうに目を輝かせ、じっと僕を見つめサラが問いかけてくる。
僕はなんとなく彼女から顔を逸らして、ボソッと呟いた。
「……クラスメイトの魔法少女だった」
「は? 何言ってんのお兄ちゃん」
目を細め、睨みつけるように鋭い視線を寄越してくるサラ。
確実に僕を信じていない疑いの目。そんな目をされても、しょうがないじゃないか。僕が言ったことは事実なのだから。
「本当だぞサラ。魔女の妹は魔法少女だったのだ」
「へえ……そう言えばラルカって魔女だったね」
クティラの説明を聞いて納得したようにサラは頷く。なんでクティラの言うことはすぐに信じるんだろう。
クティラ自体、本来イレギュラーな存在だからだろうか? それ故説得力があるのだろうか?
「じゃあこのカップ麺どうしようかな……一応全員分買ってきたんだけどなぁ」
と、サラがカップ麺を見ながら困ったように眉を顰めた。
「取っておけばいいだろ、カップ麺なんだから」
「それもそっか。じゃあお兄ちゃん、クティラちゃん。好きなの取ってどーぞ」
ジャン、っと言った感じで両手を広げ、机に置かれたカップ麺を強調するサラ。
名称し難きパスター、いつもニコニコラーメン、ユゴスよりのジャージャー、コーンミ=ゴバターラーメン、グレート・オールド・メン。その五種が用意されていた。
全部意味のわからない商品名だった。おつとめ品五十円のシールが付いているし、やばそうな雰囲気しか感じない。
「じゃあ私はこのグレート・オールド・メンにするぞ! 親近感が湧くからな!」
「……僕はニコニコラーメンで」
とりあえず一番まともそうなラーメンを選んでおいた。制服の少年が触手に襲われそうになっている嫌なパッケージだが、他の正気度が下がりそうな混沌としたパッケージよりはマシだ。
「ん、じゃあお湯沸かすねー」
*
「はぁ……お風呂は気持ちのいいものだなエイジ……」
「……そうだなぁ」
浴槽に身を浸からせながら、僕は天井を見ながらそう呟いた。
夜ご飯を食べ終えた僕とクティラは、特にやることがなかったのでお風呂に入っていた。
なるべく自分の身体を見ないように、僕は天井を見上げていると言うわけだ。
なんとなく、浮き輪を使ってお湯に浮くクティラを見る。「すくみず」と書かれた白い名札が付いているスク水のような服を着ている。
彼女と暮らし始めてから、出会ってからずっと疑問なのだが、いくら一心同体とはいえお風呂まで一緒に入る必要はあるのだろうか?
幸い、クティラはミニクティラ状態だとただのマスコットキャラにしか見えないから僕的には助かっているのだが。変に意識することないし。
「それにしてもエイジ……あの女の子、何者だったんだろうな?」
と、クティラが足をパチャパチャと動かしながら、泳ぎながら話しかけてくる。
「さあな……全然わからん」
クティラに言われて、数時間前に出会った少女の姿を思い出す。
パッと見は小学生の女の子。服も、背丈も。
僕を男だと、エイジだと見抜いていた彼女は一体何者なのだろうか。
突然話しかけてきて、すぐに居なくなったのでわからない事だらけだ。それっぽい雰囲気だけ出して去っていくとか迷惑すぎる。
「む……エイジ、ちょっと私を持ち上げてくれ」
と、僕が考え事をしているとクティラが胸の辺りをツンツンと突きながらそう言ってきた。
「え? なんで?」
僕は思わず首を傾げる。するとクティラは不満そうに頬を膨らませながら、さらに激しく突いてきた。
「いいから早くしろ」
「わかったよ……ほいっ」
両手で、僕はクティラを優しく抱き上げる。
「そしたら……そうだな、あの椅子の上に置いてくれ」
「はいはい……っと」
少し立ち上がり、浴槽からほんのちょっと乗り出して、僕はクティラを椅子の上に置く。
すると、クティラは満足げにむふーっと息を吐いた。全然意味わからん。
はあ、と僕はため息をつきながら再び浴槽に浸──
「ッ!? なん……だ!?」
その瞬間、一瞬全身がビクッと痙攣し、目の前が真っ白になった。
眩しい、と言うよりは強制的に目を閉じさせられた感覚。ので、僕はすぐに目を開ける。
心霊現象? 新手のヴァンパイアハンターの謎攻撃? 一体全体何が起きたんだ?
そうだ、クティラは大丈夫だろうか? と重い僕はすぐに椅子の置いてある方へと視線を向ける。
そこにいたのは──
「ふぅ……危なかったなエイジ。私が風呂に浸かりっぱなしだったら危うく狭い浴槽で揉みくちゃになっていたぞ」
初めて出会った時と同じ頭身の、生まれたままの姿のクティラだった。
(え……てことは僕、男に戻っているのか……!?)
そして僕は見てしまった、見えてしまった。小さなおへそ、スベスベとしていて綺麗なな柔肌、そして胸元の小さな──
「バッッッカお前ッ!」
僕はすぐに彼女から視線を逸らし、叫ぶ。
「戻るなら戻るって言えよバカッ! ウルトラバカッ! 見ちゃったじゃないかバカッ!」
「な!? バカバカ言い過ぎだろエイジ! コラッ! こっち向けバカエイジ!」
「だー触るな触るな触るなッ!」
まずい。このままだと、反応してしまう。
僕はロリコンではないが、それでもシチュエーションそのものがその、ラブコメ漫画にありがちなハプニングでほんの少しだけ、劣情を抱いてしまう。
僕は、勃ち上がる前に立ち上がり、急いで浴槽を出て浴室を出た。
「ん? エイジもう出るのか? 私はもう少し入っていたいのだが?」
「す、好きにしろ!」
勢いよく浴室のドアを閉じ、僕はその場にへたり込んでため息をつく。
まさか、まさかこんな急に男に戻るとは思わなかった。クティラの謎行動で気づくべきだった。
「……ったく、あのバカ吸血鬼……ッ!」
僕は立ち上がりながらため息をつく。クティラはもう少し、自分が──見た目は──可愛い女の子だということを意識して欲しい。そして僕が、そう言う年頃だと言うことも。
と、その時。脱衣所の扉が何故か、勢いよく開かれた。
「お兄ちゃーん? なんかドタバタうるさいけど……あっ……」
「サ……ラ……?」
「えっと……ごめんねお兄ちゃん」
僕の下腹部をじっと見た後、サラは照れ臭そうに扉を閉めた。
「……最悪だ」
僕は深く、深く深く深くため息をついた。




