50.帰路
「うん……急でごめんなさい……それでお姉ちゃんが……」
「アーちゃん♡ アーちゃん♡」
「お姉ちゃんちょっと静かにしてて……それでですね……」
「じゃあリシアちゃんに構ってもらおッ! リシアちゃあああんッ!」
「うひゃあぁ!?」
多くの人が歩むショッピングモールの廊下。
そこの端に設けられた大きめのソファー。そこに僕たちは腰を下ろしていた。
アムルは電話中。ラルカを家に泊める了承を得るためにしているらしい。
ラルカはリシアに抱きつきながら胸に顔を埋め、リシアは顔を真っ赤にしながらこちらに助けを求めるように見つめてくる。
ごめんだけど、今の僕にリシアを助けることはできない。ので、両手を合わせて頭を下げて謝っておいた。
「……ですか……カ……さん……! ありがとうございます!」
少し声を大きくして、嬉しそうに礼を告げるアムル。
どうやら了承を得られたらしい。よかったよかった。
「……ふぅ。ってあー! またリシアちゃんに迷惑かけてる!」
スマホをポケットに閉まってから、ラルカを一瞥したアムルが指で彼女をビシッと差し叫ぶ。
それに驚いたラルカは一度全身をビクッとさせてから、そろりとゆっくりと、顔をアムルへと向けた。
冷や汗をかきながら、微笑を浮かべながら、ラルカはアムルを見る。
「お姉ちゃん?」
「ごめんなさい……」
アムルがやけに低い声でラルカを呼ぶと、ラルカはすぐにリシアから離れてその場で土下座をする。
それと同時に、アムルは腰に手を当てながらため息をついた。
「とりあえず今日は泊まれることになったから……感謝してよねお姉ちゃん」
「ほんと!? あははよかったぁ! これでアーちゃんを寝取りやがったこの世のクズをこの目で見て殴って八つ裂きにして粉々のぐっちゃぐちゃにできるよ……ッ!」
目のハイライトを無くしながら、ゆっくりと立ち上がりながらラルカはそう言う。
すると、アムルが彼女の頭をペチっと叩いた。
「そんな事したら絶縁するからね」
「……ごめんなさい」
再び土下座をするラルカ。それを見て変な姉妹だなぁ、と僕は思った。
「さてと……クティラちゃん、リシアちゃん。私たちは帰るね。お姉ちゃんが迷惑かけました」
と、アムルがこちらに振り向き、僕とリシアに向かって頭を下げてきた。
なんとなく僕たちも頭を下げる。よく出来た妹だなアムルは、と思いながら。
「ほら、帰るよお姉ちゃん」
「え……あ、うんッ! んじゃまたねー! エイジちゃん! リシアちゃん! クティラちゃん!」
ラルカは立ち上がると、こちらに笑顔を向けながら大きく手を振りながら、アムルと手を繋いで歩き始めた。
「え……エイジちゃん? 誰それ……なんか聞いたことある名前のような……」
「ん? 私がお世話になったうちの一人だよ?」
「そういえば匂いが何たら言ってたね……」
楽しそうに談笑しながら、僕たちに背を向ける魔法姉妹。
それ以後、一度もこちらに振り返る事なく、彼女たちは人混みの中に消えていった。
「若井さ……アムルちゃん、これから大変そうだね」
「そうだな……彼氏をラルカから守らないといけないし」
僕とリシアは顔を合わせる事なく、苦笑しながらアムルの心配をする。
あとついでに、彼女の彼氏も。どんな人かは全然知らないが、ラルカには苦労させられるだろう。
「……それじゃあ、私たちも帰ろっか、エイジ」
と、リシアが笑みを浮かべながら僕を見て言う。
僕も彼女に倣い笑みを浮かべ、ゆっくりと頷いた。
「ああ……帰るか」
「……そう言えばクティラちゃん静かじゃない?」
「クティラなら僕の肩の上で寝てるよ。ほらっ」
「ほんとだ……」
*
「じゃあ私はここで。また明日ね、エイジ」
「うん……じゃあな」
「……そう言えば明日は学校来るの?」
「男に戻れていたら行くよ」
「そっ。わかった……バイバイッ」
「ああ……」
手を振りながら、ゆっくりとこちらに背を向けるリシア。
彼女が完全に背を向けるまで手を振りながら、僕はその場に佇む。
「……ふにゃぁ。よく寝た……」
「クティラ? 起きたのか」
耳元で猫の声にも似たあくびが聞こえたと同時に、クティラが全身を伸ばしながら立ち上がった。
「……あれ? リシアお姉ちゃんも帰ってしまうのか?」
「そりゃ……リシアにだって帰る家があるし」
「そうか……少し寂しくなるな。今日は私とサラとエイジの三人かぁ」
ふわぁ、とあくびをしながら目に一滴涙を浮かべるクティラ。
彼女はそれを目で拭うと、いつも通り自信満々の顔へと変わっていった。
「さっ! 早く帰るぞエイジ! サラも待っているだろうからな!」
「ん、そうだな」
クティラに言われ、僕は歩き出す。
いつもの帰路、いつもの道、いつもの帰り道を。
空はオレンジ色の夕焼け。道行く人々は学生会社員主婦猫ハトと多種多様。
なんだか少し、ノスタルジックな雰囲気になる。
もうすぐ今日が終わる。家に着いたら明日がすぐにやってくる。そう思うとなんとなく、寂しい感じになる。
「……ねえ、そこのキミ」
と、後ろから可愛らしい声が聞こえてきた。
まるでアニメのキャラクターのように可愛らしい声。声優が出す萌え声のような声。
「……キミ、エイジくん、だよね」
「……な……ッ!?」
その声は僕の名前を呼んだ。女の子の僕を、エイジと確かに呼んだ。
僕はすぐに振り返る。するとそこにいたのは、僕よりも少し小さな女の子。
そこそこ大きな薄黄色のリボンを後頭部に付けていて、長く綺麗なストレートヘアーは鮮やかに輝くピンク色。ピンク色のキラキラとした英語がプリントされている、小学生の女の子が着ていそうな白いシャツを着ており、暗い色で彩られているギンガムチェックのスカートを履いている。
誰だ? この女の子は一体、誰だ?
俯いているのか逆光のせいなのか、顔がよく見えない。
「うん……やっぱりエイジくんだ」
彼女は腰に手を当てながら、ゆっくと口を開く。
「明日、また会おうね……エイジくん」
それだけ言うと、それ以上は何も言わずに、彼女はゆっくりと僕に背を向け歩き出してしまった。
「……一体全体何だったんだ?」
僕はクティラを見ながらそう呟く。
するとクティラは深刻そうな顔で僕を見つめながら、呟いた。
「あの女の子……私たちと同じ、半パイアだぞ」
「……え?」




