45.あんなに一緒だったのに
「アーちゃん……だよね? だよね!? うわ……大きくなったねアーちゃん!」
目頭にほんの少し涙を浮かべ、感極まったように両手を絡ませぎゅっと握り、歓喜の声を上げるリシア。
それに対して、若井は少し不満そうな顔をしながらラルカを見ていた。
「ねえエイジ……あの二人、姉妹ってことなんだよね? 若井さんがラルカの探していたアーちゃん……ってことでいんだよね?」
耳元に顔を近づけ、手を添えて、リシアが小さく話しかけてくる。
僕は何も言わずに頷く。ラルカの反応から見て、その推測は間違いないだろう。
僕とリシアから匂いがしたと言うのも納得が出来た。関わったことがると言ってもただのクラスメイトだったわけだが。
ラルカの異常な嗅覚に少し恐怖を覚えたが、そこはどうでもいい。
気になるのは若井の反応だ。ラルカが数年ぶりに会ったが故とても喜んでいるのに、何故か彼女の方は不満げだ。
それから名前、と言うより苗字の違い。ラルカはあんなに長い名前なのに、若井の方は確か短かったはずだ。長かったら印象に残って多少覚えているだろうし。
「仲悪かったのかな……? でも、ラルカの話的にありえないよね……」
リシアがコソコソと話しかけてくる。僕はまた、何も言わずにただ頷いた。
「何だか面白いことになってるじゃないか……!」
と、いつの間にか僕の肩の上に戻っていたクティラが楽しげに言った。
いつ戻ってきたんだろう。と思ったが、恐らくラルカとほぼ同時、もしくは一緒に帰ってきたのだろう。
コイツのことは今、どうでもいい。
「……エイジ、今、私に対して何か失礼なことを考えなかったか?」
「……考えてないよ」
とりあえず嘘をついて、クティラは放置して僕はラルカ姉妹の方を見る。
今にも泣き出しそうなほどに目を潤わせているラルカ。それと反対に、少しいやそうな目で身を少しずつ引いている若井。
と、その時。若井が意を結したように顔を引き締め、ラルカの元へと向かっていった。
手を指でいじりながら、ほんの少し俯きながら、彼女はラルカへと近づいていく。
「……久しぶり、お姉ちゃん」
小さな声でそう呟く若井。次の瞬間、ラルカは満面の笑みを咲かせ、ぎゅっと若井に抱きついた。
「アーちゃんアーちゃんアーちゃん! 久しぶりだね本当に! 会いたかったよずっとずっとずっっっっと!」
思いっきり若井を抱きしめるラルカ。それが苦しいのか、若井の顔が徐々に苦しそうな顔へと変わっていく。
「い、痛いからお姉ちゃん……離して……!」
「あ、ごめんごめん! あっはは! 嬉しくてつい本能の儘抱きしめちゃったよえへへっへへへ!」
パッと若井を離すと、申し訳なさそうに、されどふざけた感じでラルカが謝罪する。
と、同時に若井はため息をつきながら僕たちの方を見た。
「……安藤さん、なんでお姉ちゃんと一緒なの?」
少し低めの声で、ほんの少し脅すかのように呟く若井。隣のリシアが全身をビクッとさせ、それに反応する。
「えっとね……うぅ……どう説明すればいいんだろう……!」
しどろもどろになりながら、両手をあたふた動かしながら、リシアが必死に次の言葉を探す。
そうなるのも当然だった。僕たちはラルカが若井の姉だと言うことを知らなかったし、正直に言うとラルカのこともあまりよくわかっていない。妹を探している変な魔女、くらいしか理解できていない。
そんな状態で、何故こうなったのか何故こうなっているのかを問われても答えられないのは当然。リシアが不憫に見える。
助け舟を出してあげたいが、僕が話すと余計面倒なことになりそうだし、仕方なく黙る。
「ふふふ……! リシアちゃんとエイジちゃんはね! アーちゃん探しを手伝ってくれたんだよ! 彼女たち二人からアーちゃんの匂いをほんの少し、とっても僅かだけど感じたの! だから手伝って貰ってたんだ!」
「……ふーん」
少し目を細めながら、睨みつけるような視線を若井が僕たちに向けてくる。
そしてため息をつくと、若井がゆっくりとこちらに向かってきた。
僕たちの目の前にやってくるとその場に立ち止まり、囁くように話しかけてくる。
「ごめんね……多分お姉ちゃんの奇行に巻き込まれたんだよね?」
「え……あ……うん……」
リシアが言葉を詰まらせながら頷く。すると若井はまたもため息をつき、頭を少し掻きながら僕たちに軽く頭を下げてきた。
「本当にごめん……面倒臭かったでしょ?」
「まあ……あはは……気にしないで若井さん。意外と楽しくもあった……し?」
露骨な愛想笑いをするリシア。僕も彼女に倣って、なんとなく笑っておく。
すると、若井はどこかホッとした顔をして、僕たちに背を向けラルカの方へ向き直った。
「よし! それじゃあアーちゃん! 私と一緒に帰ろ!」
ニコニコと笑みを浮かべて、ラルカがそっと若井に手を差し出す。
しかし彼女はそれを受け取らず、少しそっぽを向いた。
そして、左手で右腕を掴みながら、絞り出すように呟く。
「……やだ」
「え……!? アーちゃん!?」
ラルカの誘いを断る若井。それを聞いたラルカは目を見開き、大ショックという感じでふらつき、倒れそうになる。
慌ててリシアが立ち上がり、目にも止まらぬスピードでラルカの元へ駆け寄り、彼女を優しく支えた。
「だ、大丈夫……? ラルカ……?」
「う、うん……あははっ、聞き間違えちゃったみたい」
先程までの心からの笑顔と打って変わり、誰が見ても明らかに無理矢理微笑んでいるとわかる笑みで、ラルカは姿勢を正す。
そして改めて若井に手を差し出し、彼女は言った。
「アーちゃん……私、アーちゃんのお姉ちゃんだよ? 一緒に帰ろうよ、また一緒に暮らそ?」
しかし、若井はラルカの手を取ることはなく、申し訳なさそうな顔をしながら、俯きながら彼女は呟いた。
「……私、もうお姉ちゃんより好きな人いるもん」
「……はぁ!?」
口を目を大きく開き、再び倒れそうになるラルカ。顔が青ざめ、血の気が引いて、目を不自然にキョロキョロとさせている。
「私……その人と同棲してるから」
「えぇ!?」
「それに……えっちも、したし。相思相愛みたいなもんだし」
「はいぃ!?」
「一応お父さんとお母さんの許可貰ってるし……」
「あ……!? あ!?」
「だからウチには帰らないし、お姉ちゃんとは暮らさない!」
「アー……ちゃん……!」
次々と繰り出される若井の発言に、ラルカのメンタルは限界を迎えていそうだった。
プルプルと全身を震わせ、ガチガチと歯を鳴らし、うるうると目を潤わせている。
「え……なにこれ……数年ぶりに出会った大切な妹がいつの間にかどっかの馬の骨と出来上がってるんだけど……は……そんなのあり……? 意味わかんないんだけど……嘘でしょ……でもアーちゃんが私に嘘なんてついたことないし……はぁ……? はぁ……? あんなに大切なアーちゃんが……あんなに私と一緒だったのに……! おえ……! 吐きそう……! うぅ……!」
口を押さえながら倒れそうになるラルカを、リシアが背中をさすりながら落ち着かせる。
そんなラルカを若井は申し訳なさそうな顔をして見ていた。
「N、T、R。というやつだな、エイジ」
「……僕もリシアに同じこと言われたらああなるかも」
少しラルカに同情した。仲の良かった同居人と数年ぶりに会ったらその人に好きな人ができていて、経験済みかつ相思相愛、だから一緒に暮らせない。なんて言われたら誰だってショックを受けるだろう。
ラルカは結構本気で妹のことを愛していたらしいし、ショックも相当大きそうだ。
「……認めない! こんなの認めないから!」
と、突然ラルカが大声で叫び、天に向かって手を伸ばし指を鳴らした。
直後、彼女から強風にも似た衝撃が放たれる。それの影響でリシアが飛ばされそうになったので、僕はすぐに立ち上がり彼女の元へ向かった。
「わわっ! あ、ありがとエイジ……」
リシアが壁にぶつかる寸前、なんとか彼女を助けることに成功した。怪我がなさそうで何よりだ。
「お姉ちゃんまさか……!」
そして次の瞬間、ラルカの服装は変わり、初めて会った時同様魔女の格好へと変わっていた。
「こうなったら……! アーちゃん! 勝負といこう! 私が勝ったら一緒に帰ってもらうから!」
どこからか取り出した箒をくるくると回し、地面に突き立てるラルカ。
その目は、その顔は、覚悟を決めた者の顔だった。
「マズいな。一応持ってきておいて正解だった! 発動するぞエイジ! ツゴーイーイナー発動!」
僕の肩の上で勝手に盛り上がっているクティラが、例の便利装置を起動させる。
これでとりあえず、周囲にラルカの暴走は認識されないはずだ。あとは彼女を落ち着かせるだけ。
と、その時だった。
若井が何かをぶつぶつと呟きながら、ポケットから指輪を取り出し、それを指に嵌めた。
すると、先ほど嵌めた指輪から現れた真っ黒な光に彼女は包まれていく。その光が弾け飛ぶと若井の見た目が大きく変わった。
長く美しい黒い髪は幼さを感じさせるツインテに纏められ、付け根に小さな黒色のリボンが付いている。衣服はまるで魔法少女を思わせるフリフリの、これまた黒色のドレス。白と黒の縞縞模様のニーハイソックスに、何故かここだけ赤色の小さな靴。
そして、血まみれの刀を持っている。
なんなんだその姿、一体全体何が起きたんだ彼女に。
「ふーん……! まだ魔法少女なんだアーちゃん!」
ラルカがニヤリと笑いながら、若井を箒で指しながら言う。
魔法少女? 今、魔法少女と言ったか?
「吸血鬼、ヴァンパイアハンター、魔女ときて次は魔法少女かよ……!」
もうなんかめちゃくちゃだ。ぐちゃぐちゃだ。て言うか僕のクラスどうなっているんだ。魔法少女とヴァンパイアハンターが在籍しているとか意味がわからない。
他にもまだ居たりするんだろうか。なんか、学校に行くのが怖くなってきた。
「さあ行くよアーちゃん! 今のアーちゃんの力、見せてみなさい!」
「……私だって強くなってるからね」




