44.イチャイチャ
「ありがとーリシアちゃん! 大好き大好き大大大好き!」
「あはは……どういたしまして」
猫のぬいぐるみを片手に持ちながら、ラルカがリシアへとぎゅっと抱きついている。
それを僕とクティラは、少しだけ離れたところから見ていた。
「なあエイジ……最後の方、アームの力が急に強くなっていなかったか?」
「言うな」
「えっへへへ……これ大切にしよ! フヘヒャハハ……!」
興奮しすぎて気持ち悪い笑い方をラルカがする。それを聞いたリシアは困りつつも嬉しそうな顔をしながら、ラルカの頭を撫でていた。
「エイジ、私お腹空いた」
「お前なんかいつも腹減ってないか……? まあ、いいけど」
「よし! 何か食べに行くぞ!」
ガッツポーズをして、耳元でクティラが叫ぶ。
耳がキーンとして痛いからなるべく耳元で叫ぶなと、何回も言っているのに全然聞いてくれない。
僕は心の中だけでため息をつき、リシアとラルカに話しかけた。
「あのさ、クティラが腹減ったって言うんだけど……」
「へ……? そっか、もうお昼ご飯の時間かな?」
首を傾げながら問うリシアを見て僕は頷き、ポケットからスマホを取り出し時間を確認した。
画面に表示された時刻は十二時二十分。ちょうどいい時間だ。
「はいはーい! 私肉が食いたい! 肉食いてぇ!」
少年漫画の主人公のようなことを言うラルカ。
「私は……何でもいいかな……」
苦笑しながら、俯きながらリシアがそう呟く。
「とにかく美味いものだ!」
耳元でまた叫ぶクティラ。そのうち僕の耳、壊れるかも。
三人の意見をまとめると、とりあえず肉が食べられるところならどこでも良さそうだった。
「じゃあ……一階のフードコートにでも行くか?」
「うん……それでいいんじゃないかな……」
「フードコートって何じゃらほい?」
「美味いものがあればどこでも良しだ!」
首を傾げ、頭上にはてなマークを浮かべるラルカ。それを見て不思議そうな顔をするリシア。腕を組みながらドヤ顔をするクティラ。
三人を連れて、僕は一階へと向かい始めた。
*
一階。フードコート。その真ん中らへん。
そこに置かれた席に僕たちは座っていた。ラルカとリシアは椅子に、僕はソファーに一人で座っている。
クティラは座っているというか、机の上に立っていると言う感じだ。お情誼が悪い。
「……いただきます」
リシアが両手を合わせ、軽く頷きながらそう呟く。そんな彼女の目の前に置かれているのは野菜たっぷりのタンメン。
「ふふふ……ジュージュー言ってるよクティラちゃん! 美味そうだよこれは! 絶対に美味しいよ間違いなく!」
「うむ……! やはり肉だな……! ヴァンパイア的に血も悪くないが……肉だな!」
ラルカとリシアは仲良さげに、ステーキを目の前にして興奮していた。ラルカなんかはせっかくの美人が台無しになるほど、よだれを垂らしている。
ちなみに彼女たちの食費は僕が出した。僕はバイトをしていないから、親から貰ったお小遣いだけど。
「よし、僕も食べるか」
と、僕はそう意気込みながら目の前の袋に包まれたハンバーガーを手に取った。
包み紙を軽く剥がし、片手で持ちながらそれに齧り付く。バカみたいに濃い味わい、それがたまらない。
空いている手でセットのポテトを手に取り口に含む。塩がかかりすぎて若干しょっぱい、けどそれがいい。
もう一度ハンバーガーに齧り付き、次はドリンクを手に取り喉へ流し込む。炭酸のシュワシュワ感が喉を刺激しながら濃い味付けのソースを消し去っていく。素晴らしい。
なんだかんだ言ってこう言うのが一番美味しい。と、僕は思う。
「ねえねえ……エイジエイジ、ポテトひとつちょうだい……?」
と、リシアが申し訳なさそうにポテトを指差しながら言ってきた。
僕はハンバーガーを咀嚼しながら頷く。すると彼女は嬉しそうにポテトをひとつ取り、一口で食べた。
「あは……美味しい……」
ニコッと笑みを浮かべながら感想を述べるリシア。幸せそうで何よりだ。
「あー! そのデカい肉! 私が狙っていたと言うのに! ラルカ貴様!」
「そうだったの? ごめんごめん! じゃあこっちのデッケェのあげる!」
「許す!」
「……楽しそうに食うなコイツら」
叫びながら、吠えながら、本能の赴く儘肉を勢いよく食べるラルカとクティラを見て、僕は思わずそう呟いた。
意外と食事って、こうするのが一番正しいのかもしれない。二人とも楽しそうに、美味しそうに食べていて正直羨ましい。
ただ、公共の場で大声喚き散らすのはやめて欲しいが。
「クティラ、ラルカ。もう少し静かに食べろよ?」
一応僕は二人に注意喚起。すると彼女たちは申し訳なさそうに頷いてから、小さな声量で吠えながら食事を再開した。
「あはは……ラルカもクティラちゃんも子供みたい。それでエイジは……お父さんみたい」
いつの間にかタンメンを食べ終えていたリシアが、苦笑しながら僕に話しかけてくる。
「ねえエイジ……結婚して、子供ができたら……こんな感じなのかな?」
「どうだろうな。僕は両親も妹も一癖あるからこんな感じかも……リシアは大人しめな性格だし、子供ができても大人しかったりしてな」
「え……うん。……うん……はぁ」
(……ん!? 僕なんか変なこと言ったか!?)
急にリシアが不満そうな顔をしながら、ため息をついた。
何か変なことを言ってしまっただろうか? それとも地雷を踏んだ? どこで?
もしかして、大人しいとリシアを評したところに不満を感じたのだろうか? そういえばテレビで見たことがある気がする。そういう、他人の性格をこんな感じだよねと相手に迂闊に伝えるのはセクハラやモラハラに該当する、みたいなことを。
もしかして僕は、無意識にリシアになにかしらのハラスメントをしてしまったのだろうか?
「ご、ごめんリシア! なんか僕……変なこと言っちゃったみたいで!」
僕はすぐにリシアに謝った。しのごの考えるよりも、すぐに謝罪するべきだと思ったからだ。僕の返答を聞いて、リシアが不満を抱いたのに間違いはないのだから。
「え……あ! 謝んないでエイジ……! 別にエイジは変なこと言わなかったよ?」
優しいリシアは僕を咎めることなく、寧ろフォローしようとしてくれている。
「いやでも……不満そうな顔……してたしさ」
けれど僕は甘えない。リシアの優しさに漬け込まない。こう言う時はちゃんと原因を探求して、それを理解して再発防止に努めなければならないと考えているからだ。
リシアは大切な幼馴染。とても大事な幼馴染。だからこそ、彼女に不快な思いはしてほしくない。
「ほ、本当に大丈夫だよ!? あ、じゃあ……ポテト、もう一つくれる? それで許す……? ってことで……」
優しい声色で、そう提案してくるリシア。
僕はそれを聞いて、意を決して、彼女の優しさに甘えることにした。
許す、と言ってくれているのだ。これ以上しつこく僕の非を無理に謝ろうとしたら、それこそ逆に彼女に不満を与えてしまうだろう。
僕は一息ついて、深呼吸して、小さく頷く。
「ありがとうリシア……じゃあ取っていいぞ、ポテト。一つと言わず好きなだけ」
と、言いながら僕はポテトの入った袋を彼女の方へと少し動かす。
すると何故かリシアは、もじもじとしながら、小さく俯きながら、顔をほんのり朱に染めながら僕を上目遣いで見てきた。
そして、彼女は甘えるような声で──
「エイジが……食べさせて……欲しいな……?」
と、自らの唇に人差し指を当てながら、そう言った。
それを聞いて、僕の心臓が思わず高鳴る。
僕の心が、思わず叫びだす。
リシアが可愛い、可愛すぎると──
「あざといな、リシアお姉ちゃん」
「あざといね、リシアちゃん」
「ぅ……こっち見ないでよ二人とも……」
とりあえず僕はポテトを一つ手に取る。そして、じっと見つめる。
いいのか? このポテトを、リシアに食べさせてあげていいのか?
僕の心は平常心を保てるのか? サラにカップラーメンを食べさせてあげた時とは状況が違う。あれは妹だし、家の中だったし、なんの問題もなかった。
けれど今は、今だけは。外出先であーんをするなんて、まるでカップルみたいじゃないか。
(いや……?)
と、ここで僕は思い出した。そういえば僕、今は女の子なんじゃないか、と。
それなら周りに見られても仲の良い友達同士にしか見えないし、最悪知人に見られても僕とリシア関係で変な噂が流れることはない。
今日の朝、リシアが僕の布団に入っていた理由を聞いたのを思い出す。リシアは意外と甘えん坊なのだと。
だからこれもきっと、気まぐれな甘えなのだ。僕が男じゃなくて女だから、甘えたがりなリシアが甘えやすくなっているだけ。
他意なんてない。リシアはなんとなく僕に甘えているだけだ。
それじゃあ甘えさせてあげようじゃないか。それが今の僕がリシアにできる唯一の善行だ。
「ほらリシア……あーん……」
手に持ったポテトの先端をリシアに向け、僕はゆっくりと差し出す。
するとリシアは何も言わず、声を発さず、静かに口を開けて、ゆっくりとそれを咥えた。
彼女の薄ピンク色の唇が目の前に差し出され、僕は少しドキッとしたが、すぐにその鼓動を抑えた。
「……美味しい」
「そっか……」
「もう一本……欲しいな……」
リシアの催促に僕は頷き、ポテトを再び手に取りリシアに差し出す。
それをパクりと口に含むリシア。美味しそうに目を細め、幸せそうに咀嚼する。
「あは……ご馳走様。ありがと、エイジ」
「えと……ああ、うん」
ニコリと笑みを浮かべ、両手を合わせながら僕にお礼を言うリシア。
なんだかその姿がとても愛おしく感じて、そんな事を思っている自分が恥ずかしくなってきて、僕はポテトを袋ごと手に取り、そっぽを向きながらそれらを一気に口に含んだ。
「ほれラルカ、あーんだ」
「あーんっ」
「……どうだ?」
「……美味しいけど、あの二人みたいな甘々な雰囲気出ないね」
「ああ……たかがあーんで大袈裟にクソデカ感情を爆発させるあの二人には敵わん……」
「じゃあ私からあげてみよっか、あーんして?」
「あむっ」
「……どう?」
「……美味い」
「知ってる」
*
「ふぅ……流石に疲れたな」
「ね……クティラちゃんとラルカはまだまだ元気そうだけど」
昼飯を食べ終えた僕らは、ショッピングモールを一通り回って遊び歩いていた。
今はその休憩中。ラルカとクティラがお手洗いに行っていて、僕とリシアはソファーに座って身体を休めている。
スマホを開く。現在時刻午後五時半。意外と長くいるな、と心の中で呟く。
「……あれ? おーい! 安藤さーん!」
と、少し離れたところからリシアの苗字を呼ぶ声が聞こえた。
僕とリシアはほとんど同時に、声のした方へ視線を向ける。
そこに居たのは女の子。僕たちと同じ学校の制服を着ていて、綺麗な黒髪はツインテールにまとめられている。
あの子、どこかで見たような?
「えっと……若井さん……?」
と、リシアが彼女の名前をつぶやく。そうだ、確かに、うちのクラスに若井という生徒がいたはずだ。
あまり関わったことがないからすぐに名前を思い出せなかった。とは言っても、思い出せたのは苗字だけなのだが。
しかし、クラスメイトなのは断言できる。何度か教室や授業中に見覚えがあるから。
「こんなところで会うなんて偶然! て言うか今日学校休みじゃなかった……?」
「えっと……あはは……サボっちゃった」
「へえ……安藤さんって意外と不良なんだね」
「うぅ……それ言われるの今日三度目……」
仲良さげに話すリシアと若井。二人は友達だったりするのだろうか。あまり一緒にいるところを見た記憶はないが。
「……わ、可愛い女の子! 外国人? 安藤さん、この子誰?」
と、若井は僕を見て驚いた顔をしながら、リシアに問う。
リシアが困ったような顔をしながら僕を一瞥する。
リシアが不安に思うのも当然だ。どう説明すればいいのかわからないのだろう。まさかこの女の子がクラスメイトの愛作エイジ、などと言うわけにはいかないし。
僕は必死に脳を回転させ、テキトーな嘘をつくことにした。
「えっと……私、リシアちゃんの親戚なんです。遠い国から来たので、案内してもらってました」
「へぇ……! その割には日本語ペラペラだね」
興味津々に僕を見る若井。頼むからもう早く帰ってくれ。僕はそう願った。多分リシアもそう願っている。
「お待たせーエイジちゃんリシアちゃん! いやー! 意外と混んでいてさ! 遅くなっちゃった!」
と、最悪のタイミングでラルカが帰ってきた。後方から楽しげに僕たちの名前を呼ぶ声が聞こえる。
最悪だ。これじゃあラルカの説明もしなければならないじゃないか。どうする、どうするべきなんだ。
「え……? 嘘」
と、僕が必死に頭を動かしていると、若井が突然、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「……へ!?」
ラルカも驚いたような声を出す。僕がそれに反応し振り返りラルカを見ると、彼女も若井と似たような表情の顔をしていた。
お互いを見つめ合う若井とラルカ。もしかして、知り合いなのか?
その時、僕は察した──
「お姉……ちゃん?」
「アー……ちゃん……?」
若井が、クラスメイトの若井が、ラルカの探すアーちゃんだったのだ。




