41.ゆうべは(一人で)お楽しみでしたね
「……ん? ん……んん……あふぅ」
目が覚めた。目が覚めたらしい。眠すぎて寝ぼけていて頭が上手く回らない。
とりあえず身体を伸ばす。すると右手が何か柔らかい物に触れた。
枕? 布団? クッション? とりあえず揉んでみる。
──柔らかい。
僕はそれから手を離し、そのまま目を擦り、あくびをしながら起き上がった。
もう一度大きくあくびをして、ベッドの上を見回す。
左隣には熊のぬいぐるみ。枕元には丸まったクティラ。右隣にはリシア。
いつもと変わらない。なんて事のない──
「……リシア……!?」
驚いて思わず叫びそうになる自分を瞬時に押さえ、声を荒げないよう気持ちを落ち着かせる。
深呼吸。深呼吸。もう一度、深呼吸。
目を閉じて、ほんの少し口を開いて、可愛らしい寝息を立てる彼女。ベッドに広がる美しい髪と、はだけた服から除く柔肌が、ほんの少しだけ劣情を掻き立てる。
特に胸元がはだけている。そして下腹部の辺りもズボンが少しズレており、腰が見えてしまっている。それに気づいた僕はすぐに彼女から目を逸らした。
「なんでここにリシアがいるんだよ……!」
いつから居た? 何で居る? 疑問が僕の頭を満たしていく。
──そして気づいてしまった。
僕が先ほど揉んでいた柔らかいもの、それは右手で揉んでいたはずだ。
つまり──
「……やば」
右手を結んで開いて、僕は先ほどの感触を思い出す。
もしかしてあれは、もしかしなくてもあれは──
リシアの、おっ──胸だったのでは?
(……起きてないし、黙ってよ)
不可抗力だ。仕方がなかった。リシアが隣で寝ているなんて知らなかったし、いやらしい気持ちなんて持っていなかったし。
そうだ、忘れよう。誰も見てないし誰にも見られていないのだから、僕が忘れれば無かったことになる。先ほどのセクハラ行為が。
(ごめんリシア……マジでごめん)
頭の中で、心の中で僕はリシアに謝罪する。手を合わせて、しっかりと頭を下げながら。
(……それはそれ、として)
僕は何故、リシアが僕の布団で寝ていたのかを考えることにした。
寝相が異常に悪い? 幼い頃はよく一緒に寝たし、先日泊まった時はこんな事無かったからそれはない。
誰かのイタズラ? だとしたらクティラかサラかラルカがやったのだろう。リシア以外の全員が候補だ。でもする理由がわからない。
「ん……んにゃああああん……っ」
と、クティラが猫みたいな鳴き声を発しながら身体を伸ばし、起き上がった。
「んむぅ……おはようエイジ。今何時だ?」
目を擦りながら、首を傾げながらクティラが僕に話しかけてくる。
僕は時計を一瞥し、彼女に時刻を伝える。
「七時半だよ」
「そっか……少し起きるのが遅かったな」
小さな身体を全力で伸ばしながら、クティラが不満げにカーテンを見る。
そして僕の方に振り返ると、驚いた顔をして、僕の後方を指差した。
「リシアお姉ちゃんがいるじゃないか……!? もしかしてエイジ! リシアお姉ちゃんと一夜を共にしたのか!? 卒業したのか!?」
「なっ!? ち、違う! 何もしてない! リシアとはそういう関係じゃないし! ていうか起きたらいたんだよ隣に!」
睨みつけてくるクティラに対し、僕は必死に両手を振って彼女の推測を否定する。
するとクティラは落ち着きを取り戻し、顎に人差し指を這わせ始めた。
「……ううむ。年頃の男女が同じベッドで一夜を過ごしたというのに何も無かった、というのは信じられないが……私とエイジが死んでいない事から察するに事実のようだな」
困惑した顔をしながら、クティラはベッドの上を歩き出し、リシアの元へと向かう。
彼女の周りをウロチョロと歩き、ゆっくりとリシアを観察し始める。
そして、テキトーに彼女の頬を二、三回ペチペチと叩いてから、僕を見上げてきた。
「キス……及び指での愛撫まで、と言ったところか」
「何もしてねえって言ってるだろ」
バカなことを言うクティラの頭を、僕はペチっと叩く。
「あぅっ」
痛そうに頭を押さえながら、クティラが僕を睨みつけてくる。
すると彼女はぴょんっとリシアの上に飛び乗った。
「ん……ん? 朝……?」
と、クティラが飛び乗ったと同時に、リシアが目を覚ましてしまった。
目を擦りながらゆっくりと起き上がるリシア。薄目で僕を見つめてくる。
パチクリと瞬きをして、もの凄い勢いで瞬きをして──
「あ……! あぅ……エ、エイジ……!」
顔を真っ赤に染めながら、もじもじしながら、リシアが俯き始める。
「えっとね……その……えっと! えっと! その……!」
「あー……その……リシア……何でいたの?」
「うぅ……! だよね……気になるよね……!
気まずい空気。とりあえず僕は彼女に疑問をぶつけた。
するとリシアは更に顔を真っ赤にし、指をいじりながら深く俯きながら口を開いた。
「その……! サラちゃんとラルカのイビキがすごくて眠れなくて……その……それで避難して……!」
「あ、そうなのか……」
何となく納得できた。リシアは今日も学校があるから早く眠りたかったのだろう。それで静かな僕の部屋で寝ることにした、と言うわけか。
ラルカは聞いたことないから知らないが、サラのイビキは静かなはずだけど。という疑問は残るが。
「だがリシアお姉ちゃん、自分の布団をちゃんと持ってきていたのにエイジのベッドに潜り込んだのは何故だ?」
と、クティラが床の方をビシッと指差しながら言う。
僕はクティラが指差した方へ視線を向ける。するとそこには確かに、彼女の言う通りに布団が敷かれていた。
思わず僕は首を傾げてしまう。確かに、何でだろう、と。
「ええええっと! それはそのその! あのね! えっとね! えっとえっとええと! ええとなの! えと! えーと!」
露骨に慌て初めて「えっと」ばかり連呼し始めるリシア。
そんな彼女を見てニヤつきながらクティラが空に浮かび、彼女の肩に降りた。
そして耳元に口を近づけ、クティラは何かをリシアに囁いた。
「……のだろう?」
「ぴ……ゃ……!? 何で気づ……!?」
「……し……匂いがな……」
「ぴゅ……!?」
上手く聞き取れなかったが、何かとんでもないことを言われたらしい。
リシアの全身がプルプルと震え始め、顔がまるで茹でダコのように真っ赤に染まっている。
「コラバカ吸血鬼。リシアに何を言った?」
「んー? 聞きたいか? エイジ」
腕を組みながらニヤつくクティラ。するとリシアは更に顔を真っ赤にさせ、ベッドに顔から倒れ込んだ。倒れ込んだ!?
「うわちょ!? リシア!?」
「お願いクティラちゃん……言わないで……」
囁くように、縋るように、振り絞った声を出すリシア。
そんな彼女の頭をクティラは、何故か優しく撫でた。
「昔を思い出してつい一緒に寝てしまったらしいぞ、リシアお姉ちゃんは」
クティラが腕を組みながら自信満々に言う。
それを聞いて、僕は何となく納得した。
リシアは意外と甘えん坊なのかもしれない。だからと言って、僕の理性が持たないからこういう大胆な行動は控えてほしいけど。
「まあ……昔はよく一緒に寝たしな。僕は気にしてないよリシア」
「……うぅ、ごめんなさいエイジ」
何故か謝るリシア。こちらが申し訳ない気分になってくる。
さっき、無意識の不可抗力とはいえ触ってしまったわけだし──
「ごめんリシア……」
「え? なんでエイジまで謝るの……?」
とりあえず僕は謝っておいた。なにをして、なにに詫びているのかは怖くて言えないけど。
「とりあえずエイジ、リシアお姉ちゃん。リビングに行こうではないか。恐らくラルカとサラも起きているはずだ」
「そ、そだね……あはは」
クティラに言われ、リシアがぴょんっと立ち上がりベッドを降りる。
僕もそれに倣いベッドを降りた。と、同時にクティラが僕の肩に乗ってくる。
僕とリシアとクティラは三人同時にあくびをし、三人同時に目を擦りながら、部屋の中を歩き扉の方へと向かう。
僕が代表してドアノブを捻り、ゆっくりと扉を開け、僕たちは廊下へと出た。
と、その時──
「ぐー! ぐー!」
「すー! すー!」
廊下まで鳴り響く、とてつもなくうるさいイビキが聞こえてきた。
「これか……」
「これだよ……」
「うむ……避難するのも無理はない」
僕たち三人は、ほぼ同時にため息をついた。




