40.就寝
「それじゃあ寝よっか。リシアお姉ちゃん、ラルカ」
ベッドの上で座りながら、サラちゃんが人差し指を立てながら宣言する。
「おっけー! 布団にゴー!」
ビシッと敬礼のようなポーズをしてから、ラルカが魔法で作り出した布団に入り込んだ。
私はそんな彼女の隣に敷かれた布団の上で立ち上がり、照明スイッチに手を添える。
「それじゃあ消すよ……?」
「いーよー!」
サラちゃんが元気よく返事をすると同時に、私はボタンをポチッと押した。
明るかった部屋が一瞬で暗くなる。目が少しチカチカしたまま、私はゆっくりと座り込み、布団に入り込んでため息をついた。
(この前泊まった時も思ったけど……なんでクティラちゃんだけエイジと寝るの? 寝られるの?)
羨ましい。ズルい。
私はそんな不満を募らせながら、ゆっくりと目を閉じた。
*
「すー! すー!」
「ぐー! ぐー!」
「すー! すー!」
「ぐー! ぐー!」
「すー! すー!」
「ぐー! ぐー!」
「……地獄?」
騒音に満たされるサラちゃんの部屋で、私は一人呟いた。
「すー! すー!」
ラルカが大きく寝息を立てる。
「ぐー! ぐー!」
普段は静かなサラちゃんも何故か、今日はイビキが大きい。
寝られらない。全然眠れない。ちょっとうるさすぎる。
特にラルカ。隣で寝ているからか、大きな寝息が私の耳にダイレクトに届く。それ故、耳がキンキンと痛んでいる。
「……無理無理」
私は布団を丸めて持ち、彼女たちを起こさないよう静かに扉を開け、廊下に出た。
当然廊下も真っ暗。私は一度ため息をついてから、そこを歩き出す。
(今何時だろう……)
あくびをしながら、時折目を擦りながら、私は廊下を歩き続ける。
そして、やがてたどり着いたエイジの部屋の前で立ち止まった。
「……しょうがないよね。廊下で寝るわけにはいかないし、エイジとは幼馴染だし無問題無問題……」
そっとドアノブに手をかけ、音を立てないようゆっくり静かに捻り、冷静に丁寧に扉を開ける。
「すー……すー……」
静かな寝息が聞こえる。エイジとクティラちゃん、どちらの寝息だろうか?
そっと一歩踏み出す。大丈夫、床は軋まない。私はそのまま忍び足で部屋に入り、先程同様静かに扉を閉めた。
抜き足差し足忍び足。足の踏み場がある場所に持ってきた布団を静かに敷き、私は小さくため息をつく。
ここから静かだ。安心だ。寝られる、きっと眠れる。
「……エイジ」
ふと、私はエイジの寝顔が気になったので覗いてみることにした。
先刻同様忍び足。そっと立ち上がり、エイジの顔を見る。
彼──彼女、と言うべきだろうか──は目を閉じて、ほんの少し口を開けて、胸を上下させながら安らかに眠っていた。
そんな彼の枕元にはクティラちゃんが丸まって寝ている。猫か何かなのだろうか、このヴァンパイアは。
「……あはは。可愛い」
普段の男の姿ではない、美少女姿のエイジ。
ハッキリと言って私やサラちゃん、ラルカの数倍は可愛い。クティラちゃんと同じくらいだ。彼女の姿を借りている状態らしいので、当然と言えば当然だけど。
「……っ」
視線に入るのは、目に入るのは少しぷっくりとした柔らかそうな薄ピンクの唇。ほんの少し、艶やかに濡れている。
もしも、もしも私が勝っていたら、この唇とキスをしていたのだろうか。
エイジとキスが、出来ていたのだろうか。
「……起きないよね」
そっと、人差し指で彼の唇に触れて見る。
存外しっとりとしていて、それでいて生暖かい。
私は自分の人差し指を戻し、それを目の前に持ってきた。
エイジの唇に触れた人差し指。
そんな人差し指に私は、軽く口づけをしてみた。
(……間接キス、なんて)
なにも感じない。当たり前だ。自分の指に唇を付けたところでなにも感じないのは。
子供じゃないんだし、間接キスといえど一々興奮したりはしない。
けれど、けれどほんの少しだけ。ドキドキしたりして──
「……んっ」
と、エイジが寝返りを打ち、私に顔を向けてきた。
思わずドキッとしてしまう。美少女になったエイジの寝顔、その破壊力は存外凄まじい。
「……おやすみ、エイジ」
私は彼の髪をすくうように頭を撫でてから、そっと彼から離れた。
敷いた布団に入り込み、そっと目を閉じる。
彼の、男の子の姿の彼を思い浮かべながら、そっと─




