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性(欲マシマシに)なる(?)夜

「……」

「はあぁ……風呂はいいなあエイジ。温かくてふにゃーって出来て、最高だあ」

「……」

「おっとエイジ。お湯はなるべく揺らすなよ? ヴァンパイアは流水がダメなんだからな」

「……」

「さっきから目を閉じてどうしたエイジ。寝てるのか? 死ぬぞ? お前が死んだら私も死ぬんだからちゃんと起きろ〜」

 クティラの声が響く浴室。僕は、じっと目を閉じていた。

 目が痛いとか、眠いとか、そういう理由じゃない。目を開けたくない、何も見たくないんだ。

 着替える時も大変だった。服、下着、肌。その全てが目に悪い。

 僕は数十分前まで男だったんだ。それも、女性の裸なぞ漫画やアニメでしか見たことがない男。

 いくら自分の身体だからって、マジマジと見ることなんて出来ない。見たらダメだ、自分の身体なのにそうやって抑制している。

「正確には私の身体みたいなものだがな。私が成長したら今のエイジみたいになるぞ」

「……マジかぁ」

 余計見れなくなった。

 僕は薄目を開け、ゆっくりと湯船から出る。

 すると、浮き輪を使ってお湯に浮いているクティラが僕を見上げてきた。

 僕は彼女をじっと見る。露出度の低い水着を着ているから、彼女は遠慮なく見れる。

「なあクティラ……僕の身体洗ってくれないか?」

「面倒くさいからやだ」

「……頼むよ」

「面倒くさいから……やだ!」

 何故かドヤ顔をしながら叫ぶクティラ。

 僕は大きくため息をついて、浴槽から出た。

「なるべく見ないようにしよ……」

 薄目で視界を開きながら、僕は椅子に座る。

 手桶を手に取り、お湯を掬い、僕の頭にザバーっと──

「ぎやー!」

「あいたっ」

 何かが頭の上に落ちてきた。絶妙に重い、少し大きめの何かが。

「コラエイジ! 私は金魚じゃないぞ! ふざけるなエイジ!」

 頭がペチペチと叩かれる。中途半端に痛い。

 どうやら僕はお湯に浮いていたクティラを掬ってしまったらしい。それを頭にかけた、と。

「ご、ごめん……」

 とりあえず謝り、彼女を両手で丁寧に持ち、浴槽へと戻す。

 今度はちゃんと目を開けて、お湯を掬い、それを頭にかけた。

「えっと……シャンプーは……」

 僕はシャンプーのあるところに視線を──

「……ッ!?」

 すぐに目を閉じた。一瞬見えてしまった。曇っていたけれど、ぼやけていたけれど、全身が見えてしまった。

 生まれたままの姿のクティラ、もとい僕の姿が。

「別に見ても良くないか……気にしすぎだぞエイジ」

「お前が気にしなさすぎなんだよ……」

 ため息をつきながら薄目を開け、僕はシャンプーを手のひらに出す。

 そしてわしゃわしゃと、いつものように泡立てる。

「……長いな」

 いつもの倍、いやそれ以上に長い髪につい戸惑う。

 どう洗えばいいんだろう。いつも通り普通にぐしゃぐしゃすればいいのだろうか。

 まあ、髪はいいや。髪はいいんだ、髪は。

 問題は身体。特に、胸の辺りと下腹部。ていうより全身。

 触っていいのかな、触るべきなのだろうか。触らないと洗えないから触るべきなんだろうけど。

「男子は大変だな……身体洗うのに一々そんな事考えてるのか」

「男子なのに女子の身体してるから悩んでんだよ……」

 とりあえずあのバカは放っておいて──

「またバカって言ったな!?」

 放っておいて。本当にどうしよう。

 冷静に考えれば、この女体は僕の体なんだ。だから、触れる権利はある。ていうか触れるという行為自体至極当然。触れるか否か悩むのがおかしい。

 それでも触れるのに躊躇するのは、やはり僕が元男だからで──

「面倒くさいぞエイジ……本当に」

「……静かにしててくれ。真剣なんだ」

「むっ……ヴァンパイア奥義が一つ!」

 すると、急にクティラが叫びながらお湯から飛び上がった。

 瞬時に僕の目の前に現れ、いつのまにか両手にボディーソープを染み込ませた丸くてふわふわのアレを持っている。

 それを凄い勢いでもみもみするクティラ。あっという間に泡が立つ。

「お前の繊細な心の声を聞くのは面倒くさい……私が洗ってやろう! そっちの方が楽だろ!」

「だからさっきそう頼んだあああああ!?」

 僕が喋った瞬間、ものすごい勢いでクティラが僕の全身を徘徊し始める。

 全身がこそばゆい。まるで足のたくさん生えている虫に這われているような、そんな感じ。

「ちょ……クティラ!」

 僕の全身を這う少女の名を叫んだ瞬間、僕の全身に水が浴びせられる。

 頭上からだけじゃない。何故か右からも左からも、なんなら真下からも水が襲いかかってくる。

「本来ならば流水は苦手だが……私も今は半パイアらしい! 割といけるぞ!」

 魔法が何かを使っているのだろうか? ずっと、ものすごい勢いで水が襲ってくる。

 息がしづらい。若干苦しい。

「よし! こんなもんだろう!」

「……ありがと、クティラ」

 視界が開けると、目の前にはドヤ顔のクティラがいた。

 そんな彼女に僕は、小さな声でお礼を言った。



 夜。真っ暗な夜。深夜。

 僕は、自分のベッドにクティラと居た。

 一緒に隣で寝転んでいるわけじゃない。クティラは僕の枕の上の方でゴロゴロしている。

 あの後、お風呂から出て気づいたら遅い時間になっていた。サラがもう眠いから今日は寝る、と言ったので僕たちも寝ることにしたのだ。

 幸い今日は金曜日、故に明日は土曜日。だから女体化の件は明日色々考えればいい。ということで僕たちも寝ることにした。

 真っ暗な部屋。いつもと同じ部屋なのに、不思議と違う部屋に感じる。

「……すー……すー……」

 クティラの可愛らしい寝息が聞こえてくる。彼女はもう寝てしまったらしい、部屋を暗くしてから五分しか経っていないのに。寝つきが良くて羨ましい。

 僕は、目を閉じているけれど眠れずにいた。

「……はあ」

 ため息をつきながら、僕はゆっくりと目を開く。

 眠れない。眠れるわけがない。

 なんていうか、よくわからないけれど、僕がベッドに寝ているのに僕じゃない誰かが僕のベッドに寝ている感じがするんだ。

 吐息が甘い。甘い匂いのする息。僕の口からは、こんなに優しく甘い息は出せない。

 布団で感じる己の身体の柔らかさ。普段感じない胸の重み。太ももの柔らかさと滑らかさ。

 目を閉じないのは、目を閉じてしまうとそれらをより深く感じてしまうからだ。

 ただの呼吸なのに、やけに艶やかに聞こえる。

 呼吸するたびに微かに動く柔らかい胸を意識してしまい、頬にほんの少し熱が帯びる。

 寝返りを打とうと動かした足の肌の繊細さに、ドキッとしてしまう。

「……バカか僕は」

 ボソッとそう呟く。自分の身体に欲情してどうするんだ本当に。

 でも、この身体は確かに僕の身体だけど、クティラの身体でもあって──

「……ッ!」

 変なことを考えてしまい、僕は思わずうつ伏せになって足をジタバタさせる。

 バカだ。バカ丸出しだ。大馬鹿アホの介だ。

「クソ……余計なこと言いやがってクティラ……」

 何も考えず、呑気にスースー寝息を立てているクティラを睨みつける。

 目を閉じて、ほんの少しだけ口を開いて寝ている彼女。正直、可愛いと思ってしまった。

「……ったく、こんな事に巻き込んで」

 はあ、と僕はため息をつき、仰向けになる。

 天井にゆっくりと手を伸ばしながら、僕は呟いた。

「……どうなるんだろ、これから」

 今日だけで何度思ったかわからない、そんな言葉を呟きながら、僕はゆっくりと目を閉じた。

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