37.お風呂上がり
「……女の子って、風呂長いな」
洗面所で一人、壁に背をもたれさせながら、僕はポツリと呟いた。
何分、何十分経っただろうか。正直、やることがなくて退屈で死にそうだ。
だからと言ってここから離れるわけにはいかない。リシアと約束してしまったから、守るって。
(まあ……ラルカが来る気配なんて全然しないけど)
最初の方は浴室から話しかけてくれたリシアは今、黙り込んでしまっている。時折お湯を流す音が聞こえるだけ。多分話題が尽きたんだろう。
僕は彼女に聞こえないように、静かにため息をついた。
「……ん?」
と、同時に扉を叩く音がした。叩かれたのは洗面所ではなく、浴室の扉。
「……エイジ」
僕を呼ぶ声がした。リシアだ。
「な、なんだ……?」
ぼやけてはいるが、ほんの少しだけリシアの身体が見えてしまっているので、僕は扉から顔を背けながら彼女に話しかける。
「えっとね……出るからその……」
「ああわかった、目を瞑れって言うんだろ?」
彼女が言うよりも先に、彼女の言いたいことを察し、僕はそれを言った。
「……うん」
リシアの小さな肯定する声が聞こえる。それと同時に僕は洗面所の扉に向き直し、浴室の扉に背を向けながら目を瞑り、両手で顔を覆った。
「瞑った……ぞ」
ぎゅっと目を瞑りながらリシアに報告する。と同時に、扉の開く音がした。
それと同時に、何故か一気に洗面所の気温が上がった。すごく暑い、温かい空気を感じる。
そして僕の鼻腔をくすぐるのは、嗅ぎ覚えのある甘い匂い。リシアの匂いではない、恐らくはサラの匂い。サラのシャンプーを使って髪を洗ったのだろうか?
ポタポタと、床に水滴が滴る音が聞こえる。ゆっくりと、床を歩く足音も。
そして次に聞こえてきたのは、タオルで身体を拭う音。小さく、ゆっくりと、その音が聞こえてくる。
しないように意識したのに、僕は思わず想像してしまった。全裸で己の身体を拭うリシアの姿を。
自分の唇を噛み締め、その妄想を掻き消そうと努力する。だけど脳裏に浮かび続ける、すぐ後ろにいるリシアの姿が。
「……ん……」
時折聞こえるリシアの吐息が、妙に艶やかでついドキっとしてしまう。ただの吐息なのに、変なふうに意識してしまう。
僕は今初めて、女の子の身体になっていて良かったと思えた。多分男の体だったら、反応してしまっていたと思う。それをリシアに見られたら一巻の終わりだ。
そう言う目で見る気は一切ないけれど、だけど今僕が体験しているこのシチュエーションは年頃の童貞坊やにはあまりにも刺激が強すぎるのだ。意識したくなくても、意識せざるを得ない。
そんな自分が嫌になってくる。押し寄せる自己嫌悪、胸がドキドキすると同時にズキズキもする。
と、その時だった──
「エイジ……エイジ……」
リシアが僕の名を呼びながら、ちょんちょんと肩を突いてきた。
「もういいのか……?」
「うん、いいよ」
リシアから了承を得てから、僕はゆっくりと目を開ける。
照明がチカチカと目を痛めつけてくる。目が若干ショボショボする。上手く開けられない。
「……エイジ?」
また、リシアが僕の名を呼んだ。恐らく、振り返ろうとしない僕に疑問を抱いているのだろう。
理由はよくわからないけど、上手く言葉にできないけれど、僕は何故だか振り返りたくなかった。
「エイジったら……」
ちょん、ちょん、と。リシアが背中を突いてくる。
僕は固唾を飲んで、ぎゅっと拳を握りしめ、意を決して振り返った。
「あはは……何その顔」
ニコッと笑うリシア。濡れた髪が艶やかで、熱った肌がふっくらとしていて綺麗で、かすかに全身から出ている湯気が、彼女をいつも以上に魅力的に見せてきた。
普段のポニーテールとは違い、結ばれていない髪がより彼女を美しく立てる。
「……どうしたのエイジ? じっと見て」
覗き込むように、上目遣いでリシアが僕を見てくる。
じっと、目を細めて、顔を近づけて見つめてくる。
香る甘い匂い。触れていないのに感じる彼女の体温。それに反応して、僕の心臓がドキンと高鳴った。
ゆっくりと顔を逸らして、視線だけは逸らさないで、僕は彼女に言った。
「えと……メガネかけてないの、久しぶりに見たなって」
嘘だ。本当は、彼女を性的な目で見てしまっているから、視線を逸らせなかった。
恥ずかしい。気持ち悪い。自分が嫌になる。だけど止められない。その視線を。
「……そう? あはは……そういえばエイジの前で外したの久しぶりかもね……よっと」
照れくさそうに笑いながら、いつの間にか手に持っていたメガネを掛けるリシア。
「……あはっ、これでいつも通り……?」
次の瞬間、首を傾げながら彼女は何故か、僕の手を取って、笑みを浮かべた。
「ほら、みんなのところ帰ろ? 一応ラルカ……との約束、守らないとだしね」
「あ、ああ……」
僕は俯きながら、小さな声で答える。
そのまま洗面所の扉を僕が開け、二人で一緒にその場を去った。




