36.衣擦れ
「えっと……ごめんねリシアお姉ちゃん……」
「ううん……サラちゃんは悪くないよ……」
「ごめんね女子高生ちゃん……でもその……放っておいたらずっとあんな感じになってそうだったからつい」
「謝らないで……えっと……魔女。真剣勝負中に余所見した私が悪いから」
「魔女じゃなくてラルカって呼んでほしいなー」
「……じゃあ、ラルカ」
「なあエイジ。私お腹空いたんだが何か食べるものないか?」
「お前はもう少し空気読めよ」
ラルカとリシアの戦いが終わった後、僕たちはリビングに集まっていた。
僕以外全員が女の子で少し居心地が悪い。僕も体だけは女の子だが。
「お腹空いたんだが?」
僕の肩に乗っているクティラが頬をつねってくる。仕方なく僕はポケットを探り、中に入っていた飴を彼女に渡した。
「おお! ミニクティラ状態だと飴が大きくてお得だな!」
嬉しそうに包み紙を破り、中に入っていた飴玉を口に含むクティラ。
彼女が耳元にいるからか、飴を口内でコロコロと転がす音が聞こえてくる。
「さてと……んじゃあ女子高生ちゃん!」
「リシアです」
と、ラルカが立ち上がりながらリシアを指差した。
「女子高生ちゃん! 改めてリシアちゃん! それじゃあ……嗅がせてもらおうかその髪を!」
満面の笑みを浮かべながらそう叫ぶラルカ。その瞬間、リシアの顔が露骨に引き攣った。
キョロキョロと、サラと僕を交互に見て助けを求めてくるリシア。そんなリシアに手をワキワキさせながら、ラルカが徐々に近づいてくる。
「あぅ……お、お風呂入ってから! 汗だくだもん!」
次の瞬間、リシアがソファーの上で飛び上がり、瞬時にそこから降りて走り出した。
「あ、ちょ待ってよ!」
「ごめんエイジ来て!」
「へ!?」
リシアはこちらに近づいてきたと思うと、僕の手を取り引っ張ってきた。
僕は急なそれに抵抗できず、リシアに引っ張られていく。
「わあー!」
「あ、クティラ落ちた……」
あまりの勢いに姿勢が崩れ、僕の肩の上に乗っていたクティラが落ちてしまった。
「キャッチ!」
地面にぶつかる寸前、サラが瞬時に現れ、クティラを手のひらで受け止めた。
サラの手のひらの上にちょこんと座り、安堵のため息をつくクティラ。無事そうで何よりだ。
「ご、ごめんねクティラちゃん!」
クティラを一瞥せずに、リシアは彼女に謝罪した。
それと同時に、引っ張る力がより強くなった。僕はそれになるべくついて行こうと足を早める。
廊下を走り、コーナーを右に曲がり、洗面所へとリシアは飛び込んだ。無論、僕もそれに続く。
僕が洗面所に入ったことを確認すると、大きな音を立てながらリシアが扉を引き閉めた。と、同時に鍵も閉めた。
「……ふぅ。ごめんねエイジ、巻き込んじゃって」
息を乱れさせながら、額に汗を浮かべながら、上目遣いをしながらリシアが僕を見て言う。
僕はなんとなく彼女から、ほんの少しだけ目を逸らした。
「……えっと、なんで僕も連れてきたんだ?」
「だ、だって……ラルカって性格的にお風呂に侵入してきそう……でしょ……?」
手をいじりながら、俯きながら、小さな声でリシアは呟く。
「……まあ、確かに」
「だからね……エイジに守ってもらいたいなって……」
両手を合わせ、お願いのポーズをリシアがする。リシアの頼みを断る理由はない。僕は彼女の目を見てしっかりと頷いた。
と、同時に、何故かリシアは頬を赤く染めながら俯いた。
「そ……それでねエイジ……あの……」
震えるような声で言うリシア。僕は思わず首を傾げてしまった。
リシアは数秒ほど、何も言わずに手をいじり続けた。そして、ゆっくりと顔を上げ、僕を見つめてくる。
小さく口を開いて、彼女は小さな声で言った。
「服……脱ぐから……目を瞑っていて欲しいな……」
「え……」
それを聞いた僕は、僕の胸は大きく鳴り始めた。
早鐘が打たれる。ドキドキと、鼓動が全身に伝わっていく。
「……えっち。瞑ってよ……目」
「え、あ! ごめん!」
僕はリシアに指摘され、すぐに彼女に背を向け、顔を両手で覆いながら目を閉じた。
何も見えない。何も見えていない。何も見る気はない。
僕は目をさらに強く閉じる。ぎゅっと、ぎゅっと閉じる。
と、その時、リシアの小さな吐息が聞こえた。
普段だったら気にならないような、単純な息を吐く声。けれどそれが今はやけに、クリアに聞こえる。
静かな洗面所。やがてそこを、リシアの出す衣擦れが満たしていく。
目を瞑っているからなのか、五感の一つを失っているからなのか、普段の数倍自分の聴力が優れていることを感じる。
黒色のパーカーを脱ぐ音。脳裏に浮かぶのは、リシアの透き通るような肌をした綺麗な二の腕。
シュルシュルと、何かを脱ぐ音が聞こえてきた。下に下げたような感じ、スカートを脱いだのだろうか。
それと同時に聞こえるのは、深く遅く吐かれるリシアの吐息。
鼻腔をくすぐるのは、リシアの使っているシャンプーからするのか甘い香りと、少しキツい汗の匂い。
(バカ……考えるな意識するな妄想するな想像するな聞くな見るな感じるな!)
自分を戒めようと、頭の中で自分に説教をする。
けれど抑えられるわけがなかった。いくら幼馴染といえど、年頃の女の子が自分のすぐ後ろで服を脱いでいると思うと、興奮を抑えることはできなかった。
どうしても考えてしまう。意識してしまう。想像してしまう。
リシアのことを、リシアの着ていた服を、下着を、そして裸体を──
(クソが……! リシアは僕のことを信頼してくれているのに……! それ故こんな大胆なことをしてるのに……!)
肌と布が擦れる音が僕の耳に入り込んでくる。耳を塞ぎたくなるけれど、そうすると顔を覆っている両手が離れてしまう。
僕のすぐ近くで、服を畳む音が聞こえてきた。床を歩く足音も。
「……いいよエイジ。目、開けても」
と、リシアが僕の耳元でそう囁いてきた。
それと同時に浴室のドアが閉められる音が聞こえてきた。僕は深くため息をついてから、ゆっくりと目を開けた。
キョロキョロと辺りを見回す。最初に視界に入ってきたのは数秒前までリシアが着ていたパーカー。丁寧に畳まれている。
それから視界を外し、僕は改めて洗面所を見回す。
リシアの姿はどこにもなかった。僕は思わず、安堵のため息をついた。
「ねえ……エイジ」
と、その時、リシアの声が浴室から聞こえてきた。浴室にいるからか、声が響いている。
チャプチャプと、水が弾かれる音も聞こえてくる。どうやらお風呂に浸かりながら僕に話しかけてきているらしい。
「ど……どうした?」
浴室にいる彼女に扉越しでも聞こえるように、僕は普段よりも少し大きな声を出して彼女に話しかける。
「ありがとね……私応援しようとして、キスするなんて言ったんでしょ……?」
(僕が言ったわけじゃないんだが……)
嬉しそうな様子で言うリシアに、僕は本当のことを言えず黙り込んでしまった。
ちゃぷちゃぷと、水の弾ける音。そして、リシアの吐息。
「……えへへ。結果負けちゃったけど、エイジの気持ちは嬉しかったな……」
と、湯船から上がる音が聞こえてきた。
水滴が落ちる音。少し溢れるお湯の音。水音が僕の耳に木霊し続ける。
「ねえエイジ……もしもさ、もしもだけどさ」
心臓の跳ねる音が僕の全身を包んでいく。リシアの次の言葉を推測できない。何を言われるかわからない。
変に彼女を女の子として意識しすぎて、妙にドキドキしてしまう。
「エイジさえ良ければ……その……」
と、その時だった──
「お兄ちゃーん! 開けてぇー! リシアお姉ちゃんの着替え持ってきたよーコラァー! バカお兄ちゃーん! まさか中でエッチな事してないよねぇー!?」
「サ、サラ!?」
扉をドンドンと叩きながら、サラが僕に向かって吠えてきた。
僕は思わず膝から倒れそうになり、ため息をつく。タイミングが良いんだか悪いんだか、全くわからない。
「ごめんリシア。サラがうるさいから行ってくる」
リシアに少し離れることを伝える。彼女からの返事はなく、僕はそれを待たずに扉の方へと向かっていった。
鍵を開け、扉をスライドし開ける。すると目の前には当然、サラが立っていた。
「はいこれ! じゃあ二人ともごゆっくりー!」
ポン、とお着替えセットを僕に手渡すと、サラはニコニコしながら手を振り、扉を閉めていった。
「……一応、な」
僕はラルカが突撃してこないよう、念の為鍵を閉めた。




