35.しょーもない決着
「うーん……どっちにしようかな」
「私は大穴狙いでラルカに百ペリカだな」
「ペリカ? 円じゃなくて?」
「む? そうだな、ここは日本だったか。それじゃあ百円だ」
「じゃあ私リシアお姉ちゃんに百えーんっと。お兄ちゃんどうする?」
「何やってんだよお前ら……」
クティラを抱えながら、賭博をし始めたサラたちに僕は呆れ、思わずため息をつく。
どうして人はすぐにギャンブルを始めてしまうんだろうか。
「なあなあエイジ。どっちに賭けるんだ?」
「ねえねえお兄ちゃん。どっちに賭けるの?」
「うるさいな……」
いつの間にか背後に立っていたクティラとサラが、僕の背中をつんつん突いてくる。
「なあなあ」
「ねえねえ」
「なあなあ」
「ねえねえ」
「……はあ」
こそばゆい背中を掻かないよう我慢し、なるべくバカ二人を意識しないよう、僕はリシアとラルカの動向に注視する。
ラルカはビームを放った後、彼女は空に浮いたままリシアを見ている。リシアもまた、流石にあのビームを捌くのに体力を使いすぎたのか、息を整えようとするだけで動かない。
睨み合いが続く。どちらが先に動くんだろか。
と、その時だった。ラルカが最初に動き出し、彼女はより上空へと浮かんでいった。
「突撃ィィィイイイイ!」
ラルカが叫び、彼女は箒に乗ったまま急降下。リシア目掛け向かってくる。
物凄いスピードだ。まるで流れ星。ほんの少しだけラルカが燃えているようにも見える。
「……ハ……ッ!」
ラルカがすぐ目の前にやってきたと同時に、リシアは瞬時に剣を構え、地面を踏み締め大きく振るった。
リシアの振るった剣はラルカには当たらず、されど箒には当たり、それに乗っていたラルカを箒ごと弾き飛ばした。
「わわ……っと!」
驚きの声を上げながら吹き飛ばされていくラルカ。次の瞬間、彼女は箒から飛び降り、それと同時に両手で指を鳴らした。
彼女が指を鳴らすと同時に現れたのはやはり魔法陣。二つ同時に現れた。それらはくるくると回り始め、青紫色に光り始める。
「ラルカ・ビーム……えと……ダブル!」
その場で考えついたような名前を叫びながらラルカが指を鳴らす。それと同時に二つの魔法陣の中心から光線が放たれた。
それを見たリシアは一度剣を擦り合わせ金属音を鳴らすと、自らラルカビームへと向かい始めた。
ラルカビームがリシアに当たる直前、彼女は軽い身のこなしでくるりとその場で回転し、両手に持つ剣でそれをかき消した。と、同時に右手の剣をラルカに向け投げ、その瞬間にリシアは走り出し、剣同様ラルカの元へと向かっていく。
「あは……っ! 危ない危ない! ドーガ・シワタ!」
ラルカの目の前に剣が到達した瞬間、彼女はニコッと笑いながら指を鳴らす。すると瞬時に黄色い魔法陣が彼女の目の前に現れ、襲いくる剣から彼女の身を守った。
その直後、ラルカの目の前に現れたのはリシア。魔法陣に受け止められている剣を無理矢理引き抜き、それと同時に飛び上がり、魔法陣を軽く蹴るとくるりと全身を回転させながらラルカに切り掛かった。
それを見たラルカはニヤリと笑い、軽いステップで後退。リシアの攻撃を避けると同時に指を数回鳴らす。するとリシアの周りに複数の魔法陣が現れる。
「ラルカ・ビーム……包囲!」
口角をこれ以上ないくらいに上げ、邪悪な笑みを浮かべるラルカ。その直後、リシアを囲う魔法陣から一斉にラルカビームが放たれた。
リシアはそれを避けようとはせずに、その場で立ち止まる。そして腕だけを目にも止まらぬスピードで動かし、己を狙うラルカビーム全てを切り刻みかき消してしまった。
「はあ……はぁ……日本の女子高生やば……!」
「はぁ……はぁ……はぁ……魔力切れ……みたいなのとか……ないの……?」
息が乱れ始める二人。全身に汗を流しながら、肩を大きく動かしながら、彼女たちは呼吸を整えようとする。
「そうね……埒が開かないから先に攻撃喰らった方が負けと言うのはどう!?」
「……無問題」
ラルカがニヤリと笑い、人差し指を立てながら手を大きく上げ、呪文のようなものを唱え始める。
リシアは深く腰を落とし、剣を肩に乗せ、地面が少し凹むほど強く踏み締め、大きく息を吐く。
次の攻撃で決まる。勝負が終わる。決着が着く。僕は本能でそれを感じ、思わず固唾を飲んだ。
「ラルカ頑張るんだ! 私の百円がかかってるんだぞ!」
「リシアお姉ちゃんファイトー! 私の百円のためにー!」
「……雰囲気台無しだなこいつら」
ノイズ二人を無視し、僕はもう一度唾を飲み、ラルカとリシアを見る。
物凄いオーラを感じる。強者二人が合間見えるからこそ出せる強大なオーラを。
「リシアお姉ちゃーん! 勝ったらお兄ちゃんがキスしてくれるってー!」
「……そんなこと言ってねえよ」
サラのいつもと変わらないふざけた言動に、僕は思わずため息をつく。
と、その時だった──
「……ぴぇ? エイジが……キス……?」
小さな声で何かを呟きながら、僕の方をゆっくりと首を傾げながら見て、その直後、リシアの顔が真っ赤に染まり始めた。
プルプルと震え始めるリシア。すると彼女は両手に携えた剣を落としてしまった。
「あ……やば。リシアお姉ちゃんには刺激が強すぎたかも……!」
サラが小さくそう呟く。て言うことはつまり、リシアはサラのあの発言を鵜呑みにしてしまい、羞恥心が限界を迎えてあの状態になってしまった。と言うことなのだろうか。
(何してんだこのバカ妹は……!)
ここからがいいところだったのに、と僕は思わず舌打ちをしかける。
サラを一瞬睨みつけ、すぐにリシアの方へと視線を戻すと、彼女は自慢のポニーテールを少し揺らしながら、赤く染まった自らの頬に軽く手を添え、口を小さく動かしていた。
「キス……エイジと……うぅ……エイジもしかして私のこと……意識してくれてるのかな……えぅぅ……そんな様子ないけど……なかったけど……でも意識してくれてたら嬉しいかも……なんて……ていうかもしかして私が喜ぶと思っての提案……え……もしかして私の気持ち……バレてるの……エイジに……? あぅ……ぅう……どうしよ……どしよ……」
軽く俯きながら、頭上に煙を出しながら、リシアが何かをぶつぶつと呟き始める。
すると、ラルカが困ったような顔をしながらこちらを見てきた。
僕たちはそんな彼女に何も言えず、ただ見守るしかなかった。
「えっと……女子高生ちゃん?」
「舌とか……入れられちゃうのかな……ファーストキス……エイジなのかな……でも今のエイジ女の子だし……できれば元の男の子……うぅ……贅沢言っちゃダメだよね……はぅ……」
「おーい? 女子高生ちゃーん?」
「どうしよう……歯磨きしてくればよかったかも……夕飯の匂い残ってないかな……うぅ……恥ずかしい……恥ずかしいよ……」
「……あー……えっと……あ……どしよ」
リシアを指差しながら、助けを乞うようにラルカが僕たちの方を見る。
先程同様、僕たちは彼女に対して何も言えなかった。
「……しょうがない。アーちゃんに会うためでもあるし」
と、ラルカが意を決したのか、ふんっと大きく鼻息を吹いてから歩き始めた。
徐々にリシアに近づくラルカ。リシアはそれに気づいていないのか、変わらず俯きながら何かをぶつぶつ呟いている。
ラルカが歩き始めて数秒後。彼女はリシアの前に立つと、彼女の顔の前で手を振ってみせた。
しかしリシアはそれには反応しない。するとラルカは大きくため息をついてから──
「……えいっ」
「あ……」
「あ」
「……あ」
「……ぴぇ?」
ペチっと、リシアの頭を軽く叩いた。
呆けた顔で、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、リシアはパチパチと瞬きをしながらラルカを見る。
そんなリシアから顔を逸らし、ラルカは彼女から少し離れたところに着くと、右手を高く天に掲げた。
「……私の勝ちッ!」
グッ、と拳を握りながら勝利を宣言するラルカ。
微妙な、気まずすぎる空気が、静かに流れていった。




