34.お姉ちゃんVSお姉ちゃん
「さあさあここからが本番本番! 私に嗅がれたくなければ私を倒せ! あなたを嗅ぐために私はあなたを倒す!」
くるくると数秒箒を回転させてから、それでリシアをビシッと差し叫ぶラルカ。
それを聞いたリシアは顔をあげ、ラルカを睨みつけながら剣同士を擦り合わせ、鈍い金属音を玄関に響かせた。
「玄関じゃなくてもう少し広い場所でやれば……?」
僕は思わずそう呟く。するとラルカは驚いた顔をしながら、拳を作ってポンっと自分の手のひらを叩いた。
「確かにエイジちゃんの言うとおり! ならば……インテ・ミーナ!」
ラルカはニヤリと笑い、僕たちに向けて指を鳴らす。
次の瞬間、気づいた時には僕たち全員は外に立っていた。
「まじか……」
僕は思わず辺りを見回す。ここは庭だ。ウチの庭だ。そこそこ広い雑草だらけの庭。
「……あれ? お兄ちゃん? 私自分の部屋にいなかったっけ……?」
と、後ろから疑問符の付いた声が聞こえてきた。
振り返るとそこに居たのは妹のサラ。ちょこんと地面に女の子座りをしながら、スマホ片手に首を傾げている。
「……何でリシアお姉ちゃんまでいるの? ていうかまた剣持ってる!? どゆことお兄ちゃん!?」
勢いよく立ち上がり、何故か僕の背中を叩きながらサラが叫ぶ。
バカ妹の攻撃を受け止め、僕は彼女の目を見て言う。
「考えるな、感じろ」
「……説明放棄しないでくれる? お兄ちゃんそんなバカじゃないでしょ?」
ムスッとした顔で、頬を膨らませながらサラがつねってくる。地味に痛い。
僕は仕方なくため息をつき、肩に乗っていたクティラを手に取って──
「わ!? なんだエイジ!?」
そっとサラの手を開き、その手のひらにクティラを置いた。
「クティラに聞いてくれ。説明するの面倒くさい」
「クティラちゃんに全投げ……!?」
「酷いお兄ちゃんだな、サラのお兄ちゃんは」
「ねー」
僕は心の中だけでため息をつく。勝手に言ってろ。
妹とクティラから僕は目を離し、未だ睨み合っているリシアとラルカの方に視線を向けた。
僕は正直、この二人の戦いが気になっている。まるで目の前でアニメのような戦い方をするからだ。見ていて楽しい。
巻き込まれない分にはこういう戦いも悪くないな、と僕は思い始めていた。
「さてと……私少し本気出すよ? 着いて来れる? 女子高生?」
ラルカが少し俯きながらそう呟く。するとリシアは剣を一度回転させてから逆手持ちに持ち直し、静かに構える。
「じゃあ私も……少しだけ」
と、リシアが呟いた瞬間、彼女の姿が消えた。
違う。消えたのではない。目にも止まらぬスピードで移動したのだ。
僕の目は彼女をギリギリで追うことができた。リシアは一瞬でラルカの目の前に現れ、剣を大きく彼女に向け振るう。
それをラルカは最低限の動きで避け、手に持っていた箒をくるくると回しながらリシアに向け振るう。
リシアは自分の攻撃が避けられた瞬間、瞬時に自分の姿勢を崩し地面に倒れ、ラルカの箒を避けた。その直後、彼女はゴロゴロと転がりながら移動し、再びラルカの目の前に到着すると、持っていた剣を離し手をバネの如く動かし地面を叩き、蹴りをラルカに向け放ちながら起き上がった。
ラルカはニヤリと笑い、先ほどとは違い大きく体を動かしリシアの蹴りを避けた。その直後に何かを呟きながら指を鳴らす。
「ラルカ・ビーム……ってね」
するとラルカの目の前に三つの魔法陣のようなものが現れ、その中心から小さな光線のようなものがリシアに向けて放たれた。
リシアは少し驚いたような顔をするが、落ち着いた様子で瞬時に地面に足をつけ姿勢を正す。それと同時に足元に落ちていた剣を軽く蹴り空に浮かせ、それ同時に剣を手に取り、ラルカの放った光線を軽く切り裂いた。
次の瞬間、リシアは落ちているもう一つの剣を先ほどと同様に足だけで空に浮かせ、直後に剣の柄を思いっきり蹴り、それをラルカに向けて放つ。
ラルカは余裕そうに、全身を一回転させてから飛んできた剣を箒で叩き落とす。しかしその直後、何故か彼女の体は大きく吹き飛んだ。
ラルカの背後にはいつの間にかリシアがいた。足を大きく上げており、ラルカを蹴り終えた後だと言うことが伺える。風で揺れるスカートの隙間からほんの少し、白い下着が見えてしまっていたので僕は彼女から目を逸らし、吹き飛んだラルカの方へと視線を変える。
しかし、僕が見た時にはすでにラルカはその場にはいなかった。僕はすぐにキョロキョロと首を動かしラルカを探す。
「あははは! マジで凄いね! 魔法少女でもないのにその強さ感服しちゃう! もしかして魔法少女だったり!?」
と、上空からラルカの楽しげな笑い声が聞こえてきた。
彼女は箒に跨り、空に浮いていた。次の瞬間、彼女は口を細かく動かし、何かをぶつぶつと呟き始めた。
「私の本気ビーム受けてみよ! ラルカビームバージョンオメガァァァアアア!」
ラルカがそう叫び指を鳴らした瞬間、彼女の頭上に大きな魔法陣が現れた。それは物凄いスピードで回転し、淡いピンク色に輝き始める。
大地が揺れる。空が割れる。風が吹き荒れ、木々が散っていく。
「な……! リシアバカ避けろよ!」
僕は、魔法陣を真っ直ぐ見つめ、剣を構えるリシアにそう叫ぶ。
しかし僕の叫びは彼女に届かなかったのか、リシアは僕を一瞥もせずに、腰を深く落として剣を十字形に構えた。
「エイジ! 離れないと巻き込まれるぞ!」
「そーだよお兄ちゃん! ほらこっち!」
と、僕を後ろからサラが引っ張ってきた。ものすごい力で抵抗できず、僕はそのまま引きずられていく。
「でもリシアが……!」
明らかにヤバそうな攻撃。素人目でもわかるラルカ渾身の技。いずれ最強の魔女になると豪語する彼女の必殺を、ヴァンパイアハンターと言えどただの女子高生であるリシアが受け切れるわけがない。
僕はサラの引っ張る力に抵抗し、リシアの元へと向かおうとする。
「……リシアお姉ちゃんならあの程度何とかできるだろう。私が思っているより十倍は強いぞ……リシアお姉ちゃん」
と、クティラが僕の肩に乗りながらそう言った。
するとサラが肩の辺りからちょこっと顔を出してきた。
「リシアお姉ちゃんなら大丈夫だよ多分。なんか凄い動きしてたし……ラルカも本気で殺そうとはしてないでしょ」
「いや……だけど……」
「正直危ないのは私たちの方だ。実力差がありすぎる。ほら、とっとと逃げるぞ」
ペチペチと、僕のほおを叩きながらクティラが説得してくる。
サラとクティラに説得され、僕は仕方なく彼女たちと共に、リシアから離れることにした。
その直後だった──
ラルカの頭上に浮かぶ魔法陣が一瞬、閃光を瞬かせると同時に、その中心から先程のビームとは比べ物にならないほど大きな光線をリシアに向けて放ってきた。
風圧が、彼女たちから離れている僕たちの元までやってくる。大きな風音を立てながら、光線がリシアに向かっていく。
と、その時。リシアは地面を深く強く踏み締め、ぐるりと全身を一回転させた。それと同時に剣を構え振り、彼女は自分に向かってくるあの大きな光線を一刀両断してみせた。
「……ふぅ」
額に、うなじに、全身に汗をかきながらリシアが息を吐く。
彼女のあまりの凄さに、僕たちは何も言えず、ただ口をぽかーんと開けることしかできなかった。
「……へぇ!」
ラルカがニヤリと笑う。
「……降りてきたら?」
リシアが淡々と言う。
彼女たちの戦いはどうやら、ここからが本番らしい──




