33.リシア来訪
「……むっ! 来るぞエイジ!」
漫画を読んでいたクティラがビクッと反応し、勢いよく玄関のある方ををビシッと指差した。
その直後、凄まじい速さでピンポンピンポンと玄関チャイムが何度も何度も鳴らされた。
「そんなに心配しなくてもいいのにな……」
僕はリビングのソファーからゆっくりと立ち上がり、ピンポン連打を聴きながら廊下に出て、玄関へと真っ直ぐに向かう。
鍵を開けて、ドアノブを引っ張──
「エイジ大丈夫!?」
ドアノブを引っ張ったその瞬間、両手に剣を携えたリシアが転がり込んできた。
「ヴァンパイアの次は魔女……! どうしてエイジばかり変なことに巻き込まれるの……!」
地面に膝をつきながら、剣を構えながら、辺りをキョロキョロと見渡すリシア。
最近はリシアもその変なことの一部になっている気がしたが、それは言わずに、僕は彼女に聞こえないよう小さくため息をつきながら話しかけた。
「心配しすぎだよリシア……魔女って言ってもそんな悪い人には見えないし」
面倒くさいのは確か、だが。
「あ、エイジ……えと……ごめんねこんな夜遅くに……でも私エイジが心配で……」
額に汗をかきながら、今にも泣きそうなほどに、うるうるとした目でリシアが僕を見つめてくる。
僕はそんな彼女の頭をとりあえず撫でて、落ち着かせることにした。
「えと……心配してくれてありがとな」
とりあえずお礼を言っておいた。するとリシアはニコッと笑みを浮かべ、ゆっくりと立ち上がった。
両手に持っていた剣をくるくると回しながら、スカートに付いているベルトのようなものに付属しているホルダーにそれをしまう。
よく見てみるとリシアは、僕があまり見たことのない格好をしていた。
白い無地のシャツに黒いフードの付いていないパーカー。スカートは真っ黒。リシアにしては珍しい格好だ。
僕の知っている彼女はもう少し、全体的に明るい服を着ていた気がする。高校生になってから普段着はあまり見てないから、中学から高校で趣味が変わったのかもしれない。
と、リシアはふぅと一息ついてから、再び辺りを見回した。
「それでその……自分を魔女と名乗るヤバい人はどこなの……?」
「え……えと、サラと一緒だと思う」
「え……!? そんなあからさまな不審者をサラちゃんと二人っきりにしてるの!? 何してるのエイジ!?」
「う……言われてみれば……!」
クティラですっかり慣れていたからか、魔女と名乗るラルカを僕はいつのまにか当たり前に受け入れていた。無論、サラも。
それ故ラルカは魔女で、クセの強い人間としか認識していなかった。もしかしたらヤバいやつ、という考えが出てこなかった。
「不審者じゃないよー! 魔女でーす!」
「……ッ! 後ろ!」
と、僕たちの背後からラルカの声が聞こえてきた。
それに反応し、リシアが瞬時に足を高く上げ、彼女目掛け回転蹴りを放つ。
一瞬リシアの白いパンツが見えてしまった。見なかったことにしよう。
「おっとと! いきなりスカート回転蹴り!? へぇ……中々凄いじゃん!」
リシアの回転蹴りを軽く避け、ラルカは笑みを浮かべながら何故か拍手をする。
リシアは彼女を睨みつけながら、僕の腕を引き寄せぎゅっと抱きしめてきた。
その時、彼女の胸元に実る柔らかいそれに触れてしまい、思いっきり感触を感じてしまい、僕は思わず俯いた。恥ずかしすぎて。
「本当だ、魔女だ……」
リシアが小さくそう呟く。恐らく、ラルカのテンプレ魔女コスチュームを見てそう感じたのだろう。
あれを見たら百人中百人がラルカを魔女だと思う。誰だってそう思う、僕もそう思う。思った。
「……ん!? ちょい待ち女子高生!?」
と、何故かラルカは驚いた顔をしながら叫んだ。
次の瞬間、ラルカは指を大きく鳴らす。
その直後、彼女は以前リシアが見せた動きよりも素早い動きを見せてきた。
「はや……ッ!?」
リシアが驚くように呟き、それでも見えているのか、ラルカの動きに合わせ視線を動かす。
僕もギリギリ見えている。半パイア状態だからだろうか。多分人間状態だったら見えていない。
ラルカは、僕が瞬きをした直後、リシアの背後に現れた。
そして、彼女の髪を優しく掬い、何故か顔を埋め始めた。
「ぴ……ぴゃあぁ!? な、何してんの!?」
リシアが悲鳴にも似た叫びを上げ、僕を優しく突き放し直後に地面を軽く蹴り飛び上がり、ラルカから距離を取る。
「変態! 変態! 変態魔女……!」
歯軋りをしながら、指で差しながらリシアが大声で叫ぶ。
それを言われたラルカは頬を真っ赤に染め、その真っ赤に染まった頬を両手で優しく触れながら、悶えていた。
「この匂い……間違いない……! 女子高生! あなた今日アーちゃんと会ったわね!」
よだれを少し垂らしながら、ラルカがリシアを指差す。
それをされたリシアはビシッと軽く痙攣し、青ざめた顔をしながら、すがるように僕に抱きついてきた。
「ごめんエイジ……なんか色々よくわかんなくて私……あの人怖い……」
ぎゅっと、リシアが抱きついてくる。彼女の柔らかい身体が、僕の右腕に触れてくる。
僕はなるべくそれを意識しないように、空いている手で自分の肌をつねりながら、リシアを宥めるように言う。
「大丈夫……多分すぐ慣れるよ」
「慣れちゃダメじゃない……?」
「……そうかもだけど」
リシアのツッコミを軽く流し、僕はため息を心の中だけでついてから、ラルカに話しかける。
「なあラルカ……さっきリシアがアーちゃんと会ったとか言ってたよな」
「言った言ったそう言った! 間違いないよ! 私のアーちゃん探索嗅覚は正確なんだから!」
大きな胸を前に突き出しながら、腕を組んでむふーと鼻息を吹くラルカ。
ラルカの言う通り、今日リシアがアーちゃんと関わったと言うのならば、やはりアーちゃんという人物は僕たちの通う学校の生徒に間違いないだろう。
僕が関わっていて、今日学校に行ったリシアが関わっていて、僕とリシアが覚えのない人物。
それはもう、学校に通う沢山の人間の一人に違いないだろう。僕とリシアは徒歩通学だから、電車内ですれ違ったとかないし。
それでも気になるのはサラが関わっていないところ。サラもアーちゃんと関わったことがあるならば、あの変態魔女は黙っていないだろう。
サラが関わっていなくて、僕とリシアが関わったことのある人間。ということは、僕の学年の先生、もしくは生徒?
(でもラルカの妹だろ……? あんな長い名前の人いたら一度は聞いていそうだけど)
「なあエイジ。一人で頭の中でぶつぶつ喋るのやめないか? うるさいし上手くまとまってなくてムカつく」
と、いつのまにか肩に乗っていたクティラが文句を言ってきた。
そんな彼女を僕は何となく叩いた。ペチっと。
「あぅ……」
「人の心勝手に病むなって……と、どこまで考えていたっけ?」
と、その時だった。
僕に抱きついてリシアが突如手を離し、腰に付けている剣を両方とも抜き、十字架のように構えラルカを睨みつけた。
「ちょリシア!? そんな本気で戦う準備するなよ!?」
「ごめんエイジ……でもアレは無理だよ……」
リシアが申し訳なさそうに言う。そして、持っていた剣でラルカを差した。
それに合わせて僕もラルカを見る。すると彼女は、全身をいやんいやんと、くねくねと動かしながら悶えていた。
「あと少しあの女子高生の匂い嗅げば見つけられるかも……うへへ……えへ……匂い嗅ぎたいなぁ……!」
「さっきちょっと嗅がれたけどね……なんか嗅ぎ方がガチすぎて嫌……」
「あ……あー……」
何も言えなかった。何故ならラルカの様子はリシアの言う通り、ど変態そのものだったから。
「大丈夫痛めつけないよ……襲ってきたら落ち着かせるだけ……多分あの様子だと襲いかかってくるから準備しただけ……変態断絶変態断罪……!」
剣を合わせながら金属音を鳴らしながら、リシアがぶつぶつと呟く。
「またリシアお姉ちゃん暴走してるな……よっぽどラルカの嗅ぎ方が嫌だったのだろう」
と、僕の方に乗るクティラが淡々と言う。
そしておもむろに例の便利な装置を取り出し、ポチッとボタンを押してそれを起動した。
「よし! リシアお姉ちゃん! 思う存分暴れていいぞ!」
「ありがとうクティラちゃん……!」
「いやダメだろ……」
僕がツッコミを入れた次の瞬間、ラルカはノーモーションでこちらに向かってきた。
何故か箒を手に持ち、それをくるくると回しながら彼女は向かってくる。
「何でラルカまで戦う気満々なんだよ!?」
「その場のノリ……じゃないか?」
「ノリって……!」
ラルカが箒を勢いよくリシアに振るう。それをリシアは落ち着いた様子で剣を構え、軽く受け止めた。
その直後、リシアは地面を軽く蹴りほんの少し飛び上がり、右足を空で動かしラルカに蹴りを放つ。
しかし、リシアの蹴りは突然現れた魔法陣のようなものに阻まれた。よく見ると、ラルカが口を動かしながら指を鳴らしていた。
リシアは魔法陣に阻まれた蹴りをそのまま続け、瞬時に抑えていた箒を勢いよく弾き飛ばし、ラルカの姿勢を崩す。
「うえっ!?」
ラルカが小さな悲鳴をあげる。その直後、リシアの蹴りを抑えていた魔法陣が消え、それがラルカに襲いかかった。
「へぇ……! クナレ・ヤクハ!」
リシアの蹴りがラルカに触れる寸前、ラルカは早口で呪文のようなものを唱え、目に止まらぬスピードで動き、それを避けた。
空を一回転し、軽く地面に降り立つラルカ。再び箒を構え、姿勢も正す。
リシアはそのまま受け身を取りながら地面に倒れるも、すぐに起き上がり、再び剣を構えながらラルカを睨みつけた。
「やるじゃん女子高生! 日本の女子高生は強いってアニメで見た通り! 私感動してるよ!」
ラルカが笑みを浮かべながら拍手をする。するとリシアは少し頬を赤く染め、照れ臭そうに俯いた。
「……何でこんなガチバトルしてるの?」
「ヴァンパイアハンターと魔女だからじゃないか?」
「そういうもんなのかなぁ……」




