315.自信喪失
午前五時半辺り。リシアと二度寝をしたのはいいものの、結局すぐに目が覚めてしまった僕は、眠れないが故に仕方なく起き、リビングに居た。
机に肘をつきながら、片手にコーヒーの入ったカップを手に持ちながら、本を読むこともなくスマホをいじることもなく、僕はただ、真っ直ぐと前を見つめている。
何かを見ている、見つめている、何かに視線を合わせている。というわけではない。視界に色々入ってきてはいるものの、何も見てはいない。
ただただ真っ直ぐに前を見つめているだけだ。一人が故誰とも会話せず、こうして脳内で自分に話しかけているだけ。
(……ちょっと豆を入れすぎたのかな? 苦い……それが原因かは知らないけど)
口に残る、ほんの少しだけしつこい苦味に思わず顔を顰めながら、僕はコーヒーを口に含んでいく。
コーヒーは好きだけど、正直味は「苦い」と言うことしかわからない。バカ舌なんだなぁとは思う。
(……好きなのに、わからないものだな)
はぁ、と小さくため息。そして脳裏に浮かぶのは、夢の中で見た女の子とリシアの姿。
夢の中でのリシアは凄かった。迫り来るビームを掻き消し、僕を守りつつ自身も怪我をしないよう動き、最終的に暴れてしまっていた女の子を言葉で抑えることに成功していた。
いつも僕とサラに優しいリシアならば、暴れているあの女の子を言葉で止めることは出来るだろうと思っていた。事実そうだった。リシアがあの状況を何とかした。
対して僕は何か出来たのか? 暴れている女の子に気の利いた言葉を投げる事が出来ずに、リシアに頼ってしまった。リシアに頼るだけで、自分からは行動できていなかった。心配するだけ心配して、何も出来なかった。
正直に言うと、何とかしなければと、強く思うことすら出来なかった。夢の中で何度か出会ったとはいえ、しっかりと会話を交わしていたわけではないし、それに、急に暴れ出したのは正直見ていて、怖かった。
あの女の子のために何かをしようと思えたきっかけも、彼女に同情したからと言うよりは、耳が痛すぎる彼女の言葉を聞いたからだ。
意訳。女の子に守られて恥ずかしくないの? と言うあの言葉。それを聞いた時、心がズキンっと痛んだ。図星すぎて、改めて突きつけられて、自分がとても情けなくて。
そんな自分を変えたくて、変えたくなって。いや、僕はそんな人間じゃないと否定したくなって、リシアを守ろうと──
「……リシアのこと、守れてなかったな」
改めて思い出す、夢の中での出来事を。
僕はあの世界のルールに気づいて、途中からビームを撃てるようになった。文字に起こしてみたり、改めて思い返すとアホらしいが、兎にも角にも僕はビームを撃てた。
あの世界、夢の中だからこそ出来た事だと理解はしていたが、それでもルールに気づいた時に僕は、自分がすごい力を持っていると誤認してしまった、とても情けないことに。
勘違いをした、自信を持ってしまった。これでリシアを守れると、僕が彼女を守る立場になれると。
だからこそ切り出した。リシアは説得する側に回ってくれ、と。女の子の元へと向かうリシアを守ることで、僕が守る側の立場になりたい、と。
リシアはそれを了承してくれていたけど、正直彼女は、僕の助けなんて必要とせずに、一人でビームを全て避け、あっという間に彼女の元へと辿り着いてしまった。
僕が力で補佐をする暇もなく、彼女を襲う脅威を排除することなく、決着が着いてしまった。
結局僕はあの場所あの瞬間あの状況で、何も出来なかった。ただただ、リシアに守られた、それだけだ。
「……む? 随分早起きだな、エイジ」
「……クティラ、か」
と、突然後ろから話しかけられたので振り返ると、そこには我が家自慢の銀髪赤眼美少女居候ヴァンパイアのクティラが立っていた。
寝起きを表すかのように、ボサボサの髪と所々はだけているパジャマのせいで、目のやり場に多少困ってしまう。
「どうしたエイジ。ふふふ……わかるぞ私には、一心同体が故にな。エイジ、何を悩み、何に苦しみ、何故そんな顔をしている? クティラちゃん相談室は初回無料だぞ? 条件によるがな」
「……そのノリ、まだ続いてたのか」
「うむ。先日ティアラも相談室を開業したぞ」
「……そっか」
僕の塩対応にめげずに、クティラは変わらずドヤ顔で自信満々そうに会話を続ける。寝起きだからか、まだ眠いからなのか、ちょっと声色がほにゃほにゃしているけど。
「エイジ……真面目な話、誰かに愚痴や悩みを聞いてもらうのは人間として生活していく上で必須だぞ? 自分一人で無理に解決しようとすればストレスを溜め込み、自分でも気付かぬうちに徐々に傷つき、それがやはり徐々に広がり、ちょっとした何かがきっかけで壊れてしまうかも、だからな」
「……じゃあ、ちょっとだけ聞いてもらおうかな」
「ふふふ……珍しいではないか。どうした? 結構本気で傷ついている感じか?」
「……まあ」




