314.目が覚めたら
(……安藤さんと……えっと……えー……あの男の子も目、覚めたりしてるのかなぁ)
真っ暗な部屋、私の部屋。掛け布団をきゅっと握りしめながら、天井を何となく見上げながら、私は心の中で呟いた。
目を瞑ってみる、けれど眠れない。目を開けてみる、当然眠れない。寝よう寝ようと羊を数えてみても、何匹やって来ても、やっぱり眠れない。
だから何となく起き上がる。けれど、やる事がなくてすぐに寝転ぶ。
(……なれるのかな、友達に)
今日の夢の内容、と言うよりは今日、夢の中で起きた出来事。突然やって来た安藤さんと、友達になる約束をした夢。
第一印象最悪の私に手を差し伸べ、微笑みかけてくれた、天使のような女の子。その子と私が仲良くなるなんて正しく夢物語だ。だけど、天使のような女の子だからこそ、私と友達になろうとしてくれたのかもしれないと思うと、途端に現実味が増す。
けれど覚えているのかな安藤さんは。夢の内容を覚えたまま目を覚ます事が出来たのだろうか。
私は私の力をよく知らない。どうして夢の中で意識を保てるのか、夢の中で自由に動けるのか、夢の中で暮らす事が出来るのか。
学校で見かけたあの男の子の様子を見るに、夢の中での出来事を覚えてなさそうだったけど。安藤さんはどうなんだろう。
やっぱり私だけなのかもしれない。夢の中の記憶を現実に持ってこれるのは。そもそも、夢の中で自由に動けるのが多分私だけだろうし。
最悪の場合、本当にあれは私が見た夢でしかないのかもしれない。あの男の子は現実世界で見かけたからともかく、安藤さんは正直、怪しい。
もしかしたら、私の夢の中にしかいない、私に都合のいい存在なのでは? とも思ってしまう。
だって、あまりにも、優しすぎるから。
同じクラスだと安藤さんは言っていたけど、私は正直、クラスメイトの顔を一人も覚えてないから、彼女と同じクラスだと言う自信が無い。
今まで関わった事がないし、話したことも多分無いし、私、教室でいつも一人だったから、
(……これで安藤さんが本当に同じクラスの子だったら私、最低すぎるよね。どれだけ人を疑えば気が済むんだって話……被害妄想と空想想像……ぅぐ……吐き気してきた……)
始まるえずきを何とか抑え、深呼吸をして、私はゆっくりと自分の右手を己の頭に乗せる。
はぁ、とため息。ふぅ、と一息。深呼吸を何度も何度も何度も繰り返して、気持ちを落ち着かせる。
安藤さんと次会う機会があるとしたら明日見る夢、もしくは、週明けの月曜日の学校。どちらかだろう、どちらだろう?
それまでにしっかりと心の準備をしておかなければならない。彼女と友達になる準備を、自分に自信を持つ準備を、人と久しぶりに話す準備を。
私なんかが友達になっていいのか? その悩みは、自分を卑下する気持ちはきっと、私を認めてくれて友達になろうと言ってくれた安藤さんの気遣いと優しさを無下にすることになる。
それくらいわかってる。だけどやっぱり怖いよ、他人との繋がりを持つのは。
いつどこで、どのタイミングで、どんな言葉で傷つけてしまうかわからないから。結局どれだけ仲良くても、気が合っても、他人だから、自分とは違うのだ。
私はそれが嫌だ。人に嫌われるのも、人を嫌な気持ちにさせるのも。自分が苦しみたくないから、必死に色々理由をつけて逃げてきた、避けてきた。
だけど立ち向かわなければならない時が来てしまったらしい。将来のためにも、今後の己のためにも、来る未来のためにも、そろそろ他者とのコミュニケーションを取れるようにしなければならない。
与えられたチャンス、突然やって来たチャンス。ここを逃したらきっと私、永遠にぼっちの陰キャのままだ。
──なんて風に。私は自分が友達を作る正当な理由を作るために、ぶつぶつと心の中で呟く。
(……結局は私も、格好つけていただけでシンプルに……寂しがり屋なんだな……)
自分のバカさ加減と愚かさに呆れ、私は小さくため息をつく。
月曜日が早く来て欲しいけど、月曜日にはずっと来ないでほしい。そんな矛盾した気持ちを抱えたまま、私は目を瞑る。
眠るために、夢を見るために。そして、その日が来たらちゃんと目覚められるように。




