310.出来る事はしたいから
「……ビーム。ティアラちゃん……じゃなくて、サティラちゃんとラルカを思い出すなぁ」
不思議な世界で出会った女の子、彼女が指を鳴らすたびに、私とエイジに向かってビームが飛んでくる。
黄色いビーム、薄紫色のビーム、緑色のビーム、ピンクのビーム、青いビーム、真っ白なビーム。多種多様なビームが凄い数飛んでくるけど、私はそれがエイジを傷つけないよう、一つ残らず捌いていく。
正直に言うと、全然驚異ではない。この程度ならあと数十時間は同じ事を繰り返しても、全然余裕で体力は持つと思う。
問題はどうすればこの戦いが終わるか、だ。言ってしまえばあの女の子を無理矢理止めて仕舞えば終わるのだろうけど、あまりそうしたくない。
彼女は似ているから。同じクラスの子とはいえ、あまり話したことはないけれど、必死に指を鳴らす姿、それから私たちに向けての激昂、そして密かに呟く弱音。それらを見ていれば、なんとなく彼女の人となりがわかる。気がする。
「……そもそも、ここがどんな所なのかわかんないしなぁ」
ビームを弾きながら、かき消しながら、私は思い浮かんだ疑問を呟く。
あの女の子は何者で、この不可思議な場所はどんな所で、私たちの置かれている状況。それをまず把握したいのだけれど、ヒントがどこにも無いし、彼女に聞こうにも暴走しちゃってるしで、手詰まりだ。
「ねえ、エイジ」
私は、ほんの少しだけエイジに近づき、彼に話しかける。
エイジはそれに反応して私を見る。聞く体勢だ、だから私から話し始める。そも、話しかけたの私だけだしね。
「あの子……同じクラスの子、どんな子かわかる?」
「いや……申し訳ないけどわからない……確かに見覚えはあるんだけど……」
「……んー」
エイジに期待してたけど、ダメっぽい。彼って知り合い相手には優しく諭せるんだけど、関わり合いが薄いと私と同じ陰キャで、あまり何も出来ないから。
当然だよね。あまり知らない人の気持ちを考えろと言われても解釈違いを起こすだけに過ぎないし、余計なお世話になるだろうし、誰だってしたくないしされたくないと思う。
だからこそ、どうしようもない。出来れば言葉で戦いたい、争いを止めたい。暴力を使われていても、振るいたくはない。相手は女の子だし。
(埒が明かないかも……私が甘すぎなのかな……だとしてもだよね……!)
無数にやってくるビーム。無限に襲いかかってくるビーム。私はそれらを両手と両足でかき消していく。
はぁ、とため息をついて。ふぅ、と一息ついて。私はゆっくりと、構え直す。
「兎にも角にも……エイジは守らないとだよね……!」
*
「……クソ……死ぬほど情けない……!」
リシアに守られながら、僕は思わずそう、呟いてしまった。
いつもこうだ、以前もそうだ。こう言う戦いの時僕は、リシアに頼りきりだ。
あの女の子も言っていた。普通は僕が守る立場だろ。時代的に男が女の子を守るのは当然、と言う考え方は間違っているのかもしれないけど、それでも守りたいと思うのは、守るために動かないといけないのは、僕のはずだ。
拳を握る。地面を強く踏み締める。それでもやれる事はない。弱い僕が下手に動いた所で、強いリシアの邪魔をするだけだから。
何かできる事はないか、力になれる事はないか。辺りを見回し、必死に脳を回転させ、自分にできる事を探す。
だけど見つからない、わからない。わからなすぎて、思考すら放棄してしまいそうだ。
(……クソ)
同じ言葉しか言えない、似たような嘆きしか吐けない。何も、出来ない。
悲観するしかやる事がない。なんだこれ、なんで僕はここにいるんだ、どうして僕はリシアの隣に立てているんだ?
(……クソ……本当にクソ……だ……)
僕は顔を上げ、僕たちを襲う女の子を見つめる。
この状況をどうにかするには、彼女を何とかしないといけない。それくらいはわかっている。目的は見えている、だが手段が思い浮かばない。
せめて、クティラと完全一心同体状態ならば、身体能力が上がっていて出来ることは増えるのに。
(……だとしても、僕に本当に何かできるのか?)
卑屈になってしまう、なるしかない。最低だ、最悪だ。何もしないくせに、卑下ばかりして、結局行動に移れない。
移れない、移らない事こそが正解だとわかってはいても。だとしても、このままリシアに守られてばかりいたら、肯定感が下がり嫌悪感が高まるだけだ。
何かしなければならない。僕にできる事、僕にできる事、僕にできる事──
(……そういえば)
僕は改めて辺りを見回す。不思議な世界、幻想的な世界、なのにこの世界には見覚えがある。
そしてあの女の子も。同じクラスだから、と言う理由だけではなく、この世界で何度か会った事がある気がする。
(……あ)
──突然、思い出した。
僕は何度かこの世界に来たことがある。あの子にも出会った事がある、何度もこの世界で。
彼女の言葉を思い出す、思い返す。彼女のよく言っていた言葉、単語、呟き。
──夢。
(夢……夢か……もしかしてここって……夢の中……?)
証拠も確証もないけれど、もしもこの世界を夢だとしたならば、彼女の奇想天外な能力にも納得できる。
そして、何度もこの世界を訪れているのに、全く覚えがなかった理由もできる。夢は夢、目覚めた時に忘れてしまうのが夢、それ故にこの世界は夢。
だから彼女があれだけ凄い力を使えているのだとしたら、その力を使っている彼女と同じ夢を僕が見ているんだとしたら──
(僕にも使えるんじゃないか……あの便利能力……!)
「……ズルい……しつこい……くだらない……!」
空に浮かぶ女の子が、宙に浮きながら勢いよく指を鳴らす。それと同時に彼女の背後から、僕らを襲うビームが放たれた。
それにリシアがすぐに反応し、襲いかかってきたビームを弾き消す。まだまだ彼女は余裕そうだけど、それがいつまで続くかはわからない。
(僕が覚えているあの女の子の性格を考えるに……説得すべきは、言葉をかけるべきは、僕ではなくリシアだ。だったらあのビームを弾く役割は……!)
僕は女の子とリシアが居ない方に向き、試しに指を鳴らしてみる。
だが何も起きない。恐らく、指を鳴らしたからビームが出ている、と言うわけではないからだ。
彼女が指を鳴らすのはビームを撃つ時だけじゃない。ぬいぐるみ達を召喚する時にも彼女は、パチンッと指を鳴らしていた。
何かをする時、何かをしたい時、この世界であの力を使う時。きっと、その使いたい何かを思い浮かべながら指を鳴らさないといけないんだ。
(リシアにばかり守られるのは……もしも力を使えるのならば僕が……!)
願う、抱く、思う。リシアを守りたいと、リシアの代わりに戦いと、あのビームをどうにかしたいと。
そして、指を──
「……ぴぇ!? エイジ!?」
「……出た」
指を鳴らすと、鳴らした瞬間に僕の目の前に魔法陣のようなものが現れ、その中心からビームが放たれた。
まるで、ティアラちゃんやラルカが使うあのビームのように。
「……やれるな」
拳を握りしめ、僕は振り返る。
振り返った先には驚いた顔のリシアと、その背後にたくさんのビーム。僕は向かってくるそれらに指を向け、想像する。
ビームを全て消すビーム。バカみたいに率直で、愚直なそんな想像が指を鳴らしただけで、夢だからか実現した。
「わぁ……エイジ、凄いね!」
「僕が凄いわけじゃ……まあ、いいや。リシア、ちょっと聞いてくれるか……?」
「え、あ、うん! いいけど?」
ふぅ、と息を吐いて。一息ついてから僕は、意を決してリシアを見て、ゆっくりと口を開き頼み事をする。
「リシア……あの女の子、説得してくれないか? 暴れるのやめてとか……話聞くよ、みたいな感じで」
「……ぴぇ? 私? でもエイジを守んないと……」
「僕が守るよ……今日はさ、リシアを。さっきのビーム見ただろ……今の僕なら出来る、やれるよ」
「……エイジが言うなら、いいけど。じゃあさっ」
と。リシアは何故かやけに嬉しそうに、にこやかに微笑みながら僕の隣にやってくる。
そのまま彼女は僕の肩をポンッと叩いて、口を耳に寄せて──
「……ちゃんと守ってね、エイジ」
と。小さくも大きな囁きを、僕に聞かせた。
ダイレクトに伝わる彼女の声に、吐息に。思わずドギマギしつつも、僕は一度咳払いをしてから、指を鳴らす準備をする。
「私でいいのかな……どう説得すればいいんだろ……やった事ないんだけど……」
「リシアなら大丈夫だよ、絶対に」
「……凄い信頼。じゃあ応えなくちゃだね……エイジからのお願いだもん」
「……何なの? 二人とも……二人して……急にイチャイチャしてさぁ!?」
「じゃあお願いね、エイジ……!」
「ああ……!」




