31.シスコン魔女
僕、クティラ、サラ、ラルカの四人は机を囲んでいた。
クティラは少し不満げに僕を睨みつけている。
サラはほんの少し心配そうな顔で、ラルカをじっと見つめている。
ラルカは笑顔を絶やさず、手に持った木の棒を無造作に振り回している。
そして僕は、一度咳払いをしてから、ラルカを見て話かけた。
「それでその……ラルカは何でウチに突入してきたんだ?」
「んっとね……私探している人がいるんだよねー。シャンシ・デッタっと」
と、ラルカが指を鳴らしながら不可解な単語を呟くと、僕たちの目の前に突然、一枚の写真が現れた。
「え……手品? すごいねお兄ちゃん」
「まごう事なき魔法だな……私たちヴァンパイアの使うものより質がいい」
サラとクティラがそれぞれ感想を述べる。僕はあえて何も言わずに、現れた写真を手に取った。
写っていたのは小さな女の子。にこやかな笑みを浮かべている、黒髪ツインテールの女の子だ。
「可愛いでしょ私の妹アーちゃん! まあそれ数年前の写真だから今はもう少し大きくなってると思うけどねぇ」
写真を指差してドヤ顔をするラルカ。なるほど、彼女はシスコン魔女らしい。
シスコン魔女って何だよ。
「えっと、ラルカさん……」
「はいアウトー! 妹ちゃん! 私のことはラルカでよろしく!」
「あ……っと……ラルカに聞きたいことあるんだけど」
「いいよー! どんどんどしどし沢山質問してきて!」
何故か立ち上がり、大きな胸を前に出しながらドヤ顔をするラルカ。
大分癖の強い人らしい。スタイル抜群の美女なのに勿体無い。
「その……アーちゃんって人を探していて、どうして私たちの家に突っ込んできたの?」
「いい質問! それに答えるにはまずこれを見てもらわなくちゃ!」
と、ラルカはその場で無駄に一回転をしながら、いつの間にか手に持っていた大きな時計のようなものを見せつけてきた。
それの液晶部分には妹力と大きな字で書かれており、六万と数値が出ていた。
「この妹力測定器を使えば妹力が測れるの! 測定基準は私の独断だけど」
自信満々に言うラルカ。それを聞いて僕たちは三人揃って同時に首を傾げた。
「あれ!? わかってない? 要するに! アーちゃんは最高最強最善最な妹なわけ! 私にとってね! それ即ち、妹力の高い人物がアーちゃんである可能性が高いってわけ!」
大袈裟な身振り手振りを交えて楽しげに説明するラルカ。僕はそれを聞いて思わずため息をついた。
「もしかして無差別に妹力の高い人がいる場所に突っ込んでるのか……?」
「そだよー? つっても万超えからだけどね。だからこの世界に来てから家に突っ込んだのはこの家が初めて」
ポケーとした顔で、軽い調子で己の奇行を語るラルカ。こいつ、絶対やばいやつだ。
「それにしても妹力六万は本当に凄いよ! お姉さん大好きなんだね妹ちゃん!」
そう言いながらビシッとサラを指差すラルカ。するとサラは一度ビクッとなり、俯きながら、髪をいじりながら小さな声で何かを呟き始めた。
「そりゃ……その……嫌いじゃないけど……好きってあの……恥ずかしいな……」
「エイジ。サラを私の妹にしてもいいか?」
「お前は急に何を言っているんだ」
僕は思わずため息をつく。ラルカだけではなく、クティラも少し面倒くさくなってきた。
とっとと話を終わらせよう。そう決めて僕は話を進めることにした。
「それで──」
「それでさ! 君たち二人に私から提案、してもいいかな!?」
と、僕が話そうとしたらそれを遮って、ラルカが大きな声でそう言った。
「さっきお姉さんの方から確かに僅かに微かに確実に! アーちゃんの匂いを感じたんだよね!」
机の上にぴょんと飛び乗り、いつの間にか手に持っていた箒でラルカが僕を差してくる。
ニコッと笑みを浮かべ、箒をくるくると回しもう一度彼女は僕を差す。
「君たちに出会って私は今! 確実にアーちゃんに近づいているの! だから手伝って欲しいんだ! 私のアーちゃん探し! 私がアーちゃんと出会うために! 再会するために!」
「……と、言われてもな」
正直に言って、僕はラルカの言うアーちゃんを全く知らない。候補すら思い浮かばない。
もしかしたらリシアの苗字が安藤だからアーちゃんと呼んでいる可能性もあるが、リシアにお姉さんなんていないし、名前も全然違う。
いや、本当にそう言い切れるのだろうか。僕は幼馴染なのにリシアがヴァンパイアハンターだということを知らなかった。気づかなかった。
リシアのアから取ってアーちゃんと呼んでいる可能性もあるし。
一か八か、僕はラルカに聞いてみることにした。
「もしかしてアーちゃんって……安藤リシアのことか?」
「全然違うけど?」
「あ、はい……」
全然違った。
「恥ずかしいなエイジ……」
「リシアお姉ちゃんのわけないじゃん……バカなの? お兄ちゃんバカなの?」
「うるさいよ二人とも……!」
横二人からの罵倒に、僕は必死に耐える。
言わなきゃよかった。なんとなく察せられていたのに。リシアがアーちゃんなわけがないって。
「とりあえず! そゆことで! トフン・ローデ!」
と、ラルカが何かを呟きながら指を鳴らす。
すると、彼女の背後に突如、高そうな布団が現れ、床に大きな音を立てながら落ちた。
「アーちゃん見つけるまでよろしくね! 妹ちゃんとそのお姉ちゃん!」
ニコっと笑いながらラルカはそう言った。
もしかしてこの魔女、居候するつもりなのだろうか。
ウチにはすでにクティラがいるのに、二人も居候は流石に無理だろ。
僕はチラッとサラを見る。すると、彼女も困ったような顔でラルカを見ていた。
「どうするサラ……」
囁くように僕はサラに話しかける。すると、彼女は少し困ったような顔をしながらも、少しだけ笑みを浮かべていた。
「ま……まぁ、少しの間ならいいんじゃないかな? アーちゃんって子を早く見つければすぐ帰ってくれそうだし」
「……サラがそう言うなら」
とはいえ、アーちゃんという女の子について情報が少なすぎると思う。
唯一あるのは、僕がどこかでアーちゃんと関わっているらしい、という事だけだ。
「ところで君たちの名前は? 私まだ聞いてないなー」
と、ラルカが指をくるくる回しながら僕たちを差してそう言う。
するとまずはサラが席を立って、はぁとため息をついてから話し始めた。
「私は……愛作サラだよ。高校一年生です」
「ほお……!? 高校一年生……! 一番いい……!」
興奮したようにサラを見るラルカ。人の妹を兄の前で、そんな目で見ないでほしい。
「僕は愛作エイジ……高校二年」
サラに続いて、彼女の自己紹介をパクって僕もラルカに名前を伝える。
するとラルカは、先程よりも変態的な目で僕を見てきた。ちょっと気持ち悪い。
「僕っ子か……だから最初男の子に感じたのかな! それもよし……!」
(……ん? 僕が本当は男だと気づいていないのか?)
ラルカの反応に、僕はほんの少し違和感を覚えた。
彼女は僕を見た時、間違いなく少年と呼んだ。なのに今はまるで、女の子を見るかのような反応をしている。
何か意味があるのかはわからないが、とりあえず違和感を感じた。
「それじゃあよろしくサラちゃん! エイジちゃん! 改めてラルカ・エメ・ジェメレンレカ・ジテム・ジタドール・ヴゼムジュビアン・ラフォリアムテージュ・アドレです!」
ビシッと、箒を持ったまま敬礼のようなポーズをするラルカ。
兎にも角にも、早くアーちゃんとやらを見つけて彼女には帰ってもらわなければ。これ以上面倒くさくなる前に。
「私も改めて名乗っておこう! クティラ・ウェイト・ギルマン・マーシュ・エリオット・スマス・イン・ヤラ・イププトだ! 気高く美しいヴァンパイアだ!」
「むむ……! ラルカ・エメ・ジェメレンレカ・ジテム・ジタドール・ヴゼムジュビアン・ラフォリアムテージュ・アドレだ! 麗しく過激なウルトラ魔女だ!」
「もうそれいいって……」
バカ二人を見ながら、僕は深くため息をついた。




