299.初デート
「結局いつもの所だねー。遊ぶ場所、ここしか無いからしょうがないけど……」
「そうだな……」
家を出た僕とリシアは、いつものショッピングモールに来ていた。
正直に言うと僕はここには来たくなかった。クラスメイトに見られたら変な噂が広がるかもしれないから。それでリシアに迷惑をかけたくはないから。
だけどここ以外で遊ぶ場所となると結構遠出しないといけないし、正直遠出したところで大きめのアミューズメントがあるだけで、ほとんどのこと出来る事は変わらない。
それ故、ここ周辺に住んでいる人はみんな、ここに来るのだ。だからこそ、校内でカップルバレしやすいんだけど。
(いやカップルって……僕たちはただの幼馴染だし……)
息を吸って、吐いて。僕は心を落ち着かせる。
そうだ、僕たちはただの幼馴染だ。仲の良い幼馴染、カップルでも何でもない。ただただ仲の良い男子と女子だ。
デートではあるけれど。デートでは、あるけれども。
「ねえエイジ……どこ行こっか」
と。リシアが僕を見ながら、ほんの少しだけ首を傾げながら問う。
普段よりも一段と可愛らしく見える彼女に少しドキッとしながらも、僕は今までした事ないほどに、全力で脳を回転させ始める。
どこに行くのがベストなのか、どこに行くのが無難か、どこに行けば失敗しないか。乏しい知識、漫画で得ただけの知識を引き出しから取り出し、必死に模索する。
(ゲーセン……映画……食事……服屋……。朝ごはん食べたばかりだし食事は無しか……ゲーセンは……行ってもクレーンゲームしかやらないだろうし、やっても取れないだろうし……最初に行くのは無しだな。服屋は……もし買ったら荷物になるから若干不便さを感じてストレスを感じるかも……あとは消去法で映画か? 映画って今何やってるんだろう……とりあえず人気のアニメ映画でも観ればハズレはしないか……。映画の感想を言いながら次の目的地も探せるだろうし……ここは映画を観に行くべきか……?)
「……ふふっ。ね、エイジ。どうする?」
再度、リシアに問われ僕は、少し焦りながらも、脳内会議を急いで終わらせ、固唾を飲む。
そして、ゆっくりと口を開き、喉を動かし──
「え……映画でも観に行かないか?」
と。少しキョドりながらも、提案することに成功する。
そんな僕を見ながら、キョドッてしまった僕が面白かったのか、リシアは小さく笑いながら、ゆっくりと頷いてくれる。
「うん、いいよ、映画。何観に行くの?」
「えっと……その……破滅の入れ歯?」
「あ……聞いたことあるかも。でもそれだったら私……チョリソーマンを観たいかも」
「え!? あ、うん……チョリソーマンにする? リシアがその……観たいなら……!」
「でも輩島も気になるよねぇ……高速五センチメートルもいいかも……」
「え……あっと……」
どんどんと出てくる映画のタイトルに、僕は少し戸惑ってしまう。
だって普段、映画とかあまり観ないし。
いや、これは言い訳だ。デートをするとわかっていたんだから、デートと言えば映画という認識があったんだから、下調べはするべきだったのに、それを怠り困っているのは他でもない僕の怠慢が招いたミスだ。
「……あはっ。じゃあ向かいながら決めよっか、エイジ」
と。困っている様子を察せられたのか、リシアが優しく僕をフォローしてくれる。
それと同時に彼女は、僕の手を握り──
(……へ!?)
「……行こっか、エイジ」
*
「お、まずは映画を観に行くみたい! お兄ちゃんにしてはナイスかも……まずは映画を観に行って緊張感を和らげるのはこの二人にとってベストかも!」
「だがサラ……所謂クソ映画だったらどうする? かなり気まずくならないか?」
「そこは多分……マイナーな映画に挑戦しなければ大丈夫だと思う。今、めちゃくちゃ人気の映画やってるし、それを見ればまあ……大丈夫じゃないかな」
「ふむ……あくまで場慣れに徹すると言うことか。なるほど確かに……初デートは見知った仲でも緊張するだろうしな」
「サラお姉ちゃん、私たちも映画観に行く?」
「当然……! まあ私たちは映画というより、お兄ちゃん達を見に行くって感じだけどね……バレないようにしないと」
「席はどうするのだ?」
「無論端っこ……! 一番後ろの端っこ三席……!」
「えー……私真ん中が良いなー」
「ポップコーン買ってあげるから、我慢してねティアラちゃん」
「ほんと!? じゃあ我慢する!」
「サラ、私も所望するぞ、ポップコーン」
「うぇ? うぅ……今月ピンチかも……」
*
「面白かったねエイジ……」
「うん……凄い面白かった」
映画の感想を述べあいながら、僕たちはショッピングモールを歩いていた。
目的地は決まっていない。それ故、ブラブラと何も考えずに歩いている。
だけど映画が面白かったから話が弾み、お互い退屈さを感じてはいない。と思う。少なくとも僕はそう思っている。
映画様様だ。面白い映画で本当に良かった。
「あ、エイジ。そろそろご飯でも食べない? もう一時だし……」
「え、あ! うん! そうするか!」
リシアの提案に、僕は拒否せず素直に乗る。
僕もお腹が少し減ってきていたし、何よりリシアの提案だから。乗らないわけにはいかない。彼女に少しでも不安な、不満な思いをさせないためにも。
「あ、見て。珍しくあのお店空いてるよ? ほら、いつもの安いイタリア料理の……」
「ほんとだ……珍しいな」
「ねー。いつもは学生ばかりなのに」
「えっと……じゃあ、あそこにするか?」
「いいよー」
と。僕の提案にリシアが乗ってくれたので、僕たちは真っ直ぐとその店に──
(……待てよ)
歩を進めようとして、僕は一瞬立ち止まった。
疑問が浮かんだからだ。せっかくのデートなのに、あのお店で本当に良いのか? と。
決してあのお店をバカにしているわけではない。いつもお世話になってるし、普通に美味しいし、友達と行く時は必ず行くレベルに気に入っている。
だけど今はデートだ、デート中なんだ。デートと言えばなんか、こう、普段よりも良いお店に行くイメージがある。少なくとも僕が読んできた漫画は大体そんな感じだった。
どうするべきなんだろう。今から行く店を変えるべきか? でもそれってなんか、気分が盛り下がらないか? 一度行こうと決めた店を急に辞めて、他の店に行こうと提案して、また振り出しに戻っても仕方ない気がする。どころか、また相談し合うと思うと少し嫌な気持ちになる。気がする。
(よし……変えずにちゃんとあのお店に行こう……一度決めたんだ……覚悟を決めろエイジ……男だろうが……!)
*
「ね、エイジ。それ美味しい?」
「うん、美味いよ」
僕とリシアは、それぞれ頼んだものが到着すると、向かい合いながら話しながら、食事を始めた。
僕は全学生が好きと言っても過言ではないドリアを、リシアは意外にもガッツリと、ハンバーグのセットを注文した。それと小エビの乗っているサラダも注文した。これは二人でシェアしながら食べている。
「……ねえねえエイジ。私のハンバーグ一口あげるからさ、ドリア……一口くれない?」
と。リシアが珍しく甘えるような声色で、僕にお願いをしてくる。
リシアも食べたくなったのだろうか、ドリアを。思い返せば彼女、昔はよくこれを食べていた気がする。
「うん、いいよ。一口取っても」
と。僕はリシアのお願いを受け入れ、許可を出す。
リシアが一口分取るまで僕は自分の口を止める。だが、リシアは一向に動かず、じっと僕を見つめてきた。
「えっと……」
あまりにも動かず、ただ見つめてくるリシアに僕はつい、疑問の声を出してしまう。
するとリシアは、肩を小刻みに揺らしながら小さく笑い──
「……あーんって、してほしいかな」
と。自分の口元を人差し指で指しながら、お願いをしてきた。
普段、彼女がしないあまりにもあざとい仕草に僕は思わず、ドキッとなってしまう。ギャップが凄い、凄すぎる。
僕を見つめたまま、リシアがゆっくりと口を開く。入れて欲しいと、食べさせて欲しいと、そう催促するかのように。
(……恥ずかしい……恥ずかしいけども……!)
固唾を飲み、覚悟を決め、僕は自分の持つスプーンでドリアを一口分掬い──
「あ、あーん……?」
一応そう言いながら、僕はゆっくりとリシアの口へとドリアを運んだ。
運ばれたドリアを口に含み、スプーンからゆっくりと口を離すリシア。小さな口を小さく動かしながらモグモグと、僕のあげたドリアをリシアは味わう。
「……ん。やっぱり美味しいね、ドリア」
と。感想を述べながらニコッと微笑むと、次に彼女はナイフで切り分けたハンバーグを一つ、フォークで刺し──
「はい、エイジ。あーん……」
お返しと言わんばかりに、手を添えながら、彼女は僕に向けてハンバーグを差し出してきた。
僕は一瞬辺りを見回してから、誰もこちらを見ていないことを確認すると同時に、急いで差し出されたハンバーグを口に含んだ。
何故そうしたのかは当然、恥ずかしいからだ。だってこんなの、まるで、まるで──
──カップルがイチャイチャしている様だから。
「あは……美味しい? エイジ」
リシアが味の感想を聞いてきた。僕はまだ、ハンバーグを咀嚼中なので、頷いて彼女の質問に答える。
するとリシアは嬉しそうに微笑み、自分の食事を再開した。
(なんか今日のリシア……ちょっと変な気がする……デートだからかな……もしかしたらリシアから見た僕も普段とちょっと違うのかも……)
そんな事を思いながら僕は、手に持っていたスプーンを持ち直し、それでドリアを掬う。
それと同時に──
(……まさかこれって、間接キッス…!?)
スプーンを見ながら僕は、一瞬固まってしまった。
これは間違いなく僕の使っているスプーンだ。だけどこのスプーンは一瞬前、リシアがダリアを食べるののにも使った。
しっかりと、リシアが口に含んだスプーンなのだ。
(……って! それを言ったらさっきのフォー……ク……!)
そして僕は思い出す。今も口に残る味、ハンバーグの味、これを口に含むために使った道具、それは──
──リシアの使っている、リシアが口に含んだ、スプーンだという事を。
「……ね、エイジ」
と。固まってしまっている僕に疑問を抱いたのか、リシアがハンバーグを刺しながら、微笑みながら僕の名を呼ぶ。
呼ばれたので、僕は顔を上げリシアの方を見る。するとリシアは少しだけ口角を上げて──
「……意識、しちゃった?」
と。小さく呟いた。
*
「これ美味しい! ねえねえお姉ちゃんこれすごく美味しいよ! このドリア! 食べずにはいられない!」
「うむ……このパスタも美味しいぞ。一口食べるか?」
「あ、じゃあお姉ちゃんあーんして!」
「ほれ、あーん、だ」
「あむ……っ! え!? 辛ッ!?」
「ふふふ……唐辛子を噛んだか。ほら、私の飲み物をやろう」
「ありがとうお姉ちゃん! ゴク……うぇえ……全然辛さ消えないよぅ……」
「我慢するのだティアラ……そのうち消える!」
「うん……! そうだねお姉ちゃん……!」
「……む? サラ、どうしたのだ? 私たちをそんな目で見て……」
「……え? えっとね……同じシチュなのになんか……違うなぁと思って」
「む……?」
「んにゃ……?」




