3.かくかくしかじか
「……」
「……」
お互い何も言わずに、僕と妹──愛作サラは見つめ合う。
じっと、じっと、見つめ合う。
サラの視線が動いた。向けたのは僕の肩。恐らく、そこに座っているクティラを見ているのだろう。
なんて言えばいい、どう説明すればいい。うまく頭が回らない。
「うむ……まだ処女か。よかったなエイジ」
「……そう言うこと言うなよお前マジで」
耳元で囁いてくるクティラ。妹が処女と聞かされて、僕はどう反応しろと言うんだ。恥ずかしい。
「……エイジ? 今エイジって言ったよねそのお人形さん」
ゆっくりとクティラに指を向け、首を傾げながらサラは言う。
「言ったが?」
クティラも首を傾げながら、サラに向かってそう言った。
するとサラは驚いた顔で、僕を見つめてくる。
「ま……まさか。お兄ちゃんなの……?」
疑惑の目を向けながら、じっと睨みつけながら、そう言うサラ。
僕は何も言わずに、ゆっくりと頷いた。
「……いや、いやいやいや。んなわけなじゃん……ていうかなんで人形が喋るの……?」
目を見開きながら、視線を泳がせながら呟くサラ。
信じられないのは当然だ。だが、この姿を見られたからには信じてもらうしかない。
「僕は……エイジだよ。サラ。」
「はいダウトー! お兄ちゃんはそんなカワボじゃないし! 目も赤くないし!? 銀髪でもないし! おっぱいもありませーん!」
ビシィと指で指してくるサラ。こちらに顔を向けているが、視線は向いていない。
ならばと、僕は手に持っていたコンビニの袋からアイスを取り出し、それをサラに見せる。
「ご所望の北極くまアイスだ……」
僕は思わずニヤリと笑う。自分が数分前に兄に頼んだアイス。それを買って来れるのはこの世界で兄ただ一人。これで信じるはず。
「私がお兄ちゃんに頼んだの南極くまアイスだけど……?」
「……南極くまアイスだ」
「北極くまアイスって書いてあるけど?」
「……」
「……」
「エイジ……お使いもできないんだな」
「うるさいよバカ」
「あー! また私のことバカって言ったな!?」
そういえば、思い返せば、南極くまアイスと言っていたような気がする。
こんなしょうもないミスをするとは、しているとは思っていなかった。
どうしよう。北極くまアイスではダメだ、北極くまアイスでは信頼されない。
北極くまではダメなんだ。南極くまじゃないとダメだったんだ。
たった漢字一文字の違いなのに。その些細な違いが、僕を酷く苦しめる。
北極じゃなくて、南極だったらいいのに──
「……全くもう。ほら、早く上がりなよお兄ちゃん」
「……へ?」
気づいた時には、サラは何故か優しく微笑みながら、僕に手を差し出していた。
「その反応の仕方とか、喋り方で何となくわかるよ。あなたがお兄ちゃんだってね」
すると、呆れた顔をしながらサラはやれやれとジェスチャー。
そして、ニコッと笑いながら、僕の手を握ってきた。
「おかえりお兄ちゃん……言っておくけど何でそうなったのか、ちゃんと説明してもらうからねっ」
「……あ、ああ」
僕は握られた手で、妹の手を握り返す。
こいつ、こんなにいい子だったのか。思わず感心してしまった。
持つべきものは、妹なのかもしれない。
「……よく童貞でいられたな、エイジ」
「お前は一旦黙れ」
*
「ほっ! ほっ! ほっ! この身体でソファをぴょんぴょんするの楽しいぞエイジ!」
「そうかよ……」
家に上がり、僕はリビングのソファに腰を下ろしていた。
左隣ではクティラがぴょんぴょん跳ねている。振動がこちらまで来てうざい。
「……それで。この子は誰で、お兄ちゃんは何でお姉ちゃんになったの?」
右隣に座っているサラが、アイス片手に話しかけてくる。
どこから、どう説明するべきなんだろう。とりあえず、僕の身に起きたことを話せばそれで大丈夫だろう。
「えっとな……クティラが突然現れて変態が襲ってきて契約してキスしたら女になっててそれで変態を倒したんだ」
「……何を言っているのかは理解できたけど、言ってる意味がわからないんだけど?」
手に持ったアイスをスプーンで掬って一口食べてから、サラは首を傾げる。
バカな、完璧な説明だったはずなのに。どうして伝わっていないんだろう。
「全くエイジはダメだな……私が説明してやろう!」
自信満々な声。クティラはぴょんぴょん跳ねながら移動し、僕の膝の上に降り立った。
「あなたがクティラちゃん?」
「そうだ! 私がクティラだ!」
腰に手を当て、ドヤァァァとするクティラ。
最初に出会った頃のミステリアスな雰囲気はもはや、一ミリも感じられない。
「では私が完璧に説明してやろう……よく聞けエイジ、説明を極めるとはこういう事だ!」
「どうせ長ったらしく回りくどくいうんだろ……」
これまでのパターンだと、きっとそうなる。
戦いの最中にまで長ったらしく説明し始めようとする奴だ。どうせ今回もベラベラ専門用語をたくさん交えて話すに違いない。
コホン、とクティラ。わざとらしく今から説明しますよアピールをして、彼女は口を開いた。
「かくかくしかじか」
「ふざけてるのかお前は……」
たったの八文字。しかも、漫画とかでよく見る表現。
こんなもので伝わるわけがない。現実と漫画は違うのだ。
「なるほどね……お兄ちゃん大変だね」
「何で伝わってるんだよ!?」
まさかの反応。全てを理解した顔で、サラは僕に同情してくる。
今ので何が伝わったんだ。今ので何を伝えられたんだ。意味がわかんない。
「な? 完璧な説明だっただろうエイジ」
「こんなにわかりやすくて具体的な説明、私初めて聞いたかも……」
「なんだ? 僕がおかしいのか?」
頭が痛くなってきた。三人中二人がかくかくしかじかを完璧な説明だと言っている。
民主主義に倣うならば、間違っているのは僕だ。
絶対に僕が正しいと思うけど、そう思っているのは僕だけなんだ。
「それじゃあとりあえずお兄ちゃん。お風呂にでも入ってきなよ」
「そうだなエイジ。風呂に入ろう」
「……へ?」