296.踏み出すまでの長い道のり
「……ぽけー」
「……ぽけー? リシアお姉ちゃん、何その鳴き声」
「……ぴぇ? あ、いや、何でもないよ?」
「んー……?」
金曜日の午後。テレビに映るゲーム画面に集中している銀髪赤眼美少女姉妹を傍目に私は、リシアお姉ちゃんと一緒にソファーに座っていた。
ちなみにお兄ちゃんはお風呂だから今はいない。だから今は女の子だけ。
(……んー?)
お兄ちゃんやクティラちゃん姉妹が気づいているかはわからないけど、私は気づいている。なんか昨日からリシアお姉ちゃんの様子がおかしい事に。
どこか上の空というか、気づいたら一人で考え事をしながら呆けているというか、なんか、ふわふわしている。
でも何かにしっかりと集中しているというか、真面目に何かに悩んでいるというか、それを隠そうとしているような。
兎にも角にも言えることは、普段のリシアお姉ちゃんと様子が違うということ。それも結構派手に。
(そういえば水曜日に学校を休んだのってアレが重かったから……って言ってたっけ? それの影響……? え……でもなんかそんな感じはしないよね……)
「……ん? どうしたのサラちゃん、ジッと私を見つめちゃって」
「へ!? い、いや! 何でもないよー!?」
「……え、絶対何かある反応じゃんそれ」
「何でもないから! あ! お兄ちゃんパンツ忘れてる! 洗面所に持って行って置いてくるね!」
「……それ、タオルだけど」
*
(もしかしてサラちゃんにバレてる……? それとも何か誤解されてる……? んー……とりあえず私の何かが気になっているのは確かだよね……)
エイジのパンツと称したタオルを手に、リビングを大急ぎで出ていくサラちゃんを見ながら、私は小さくため息をついてしまう。
気づかれていたら少し嫌だなと思ったから。だっていくら仲良しだからとはいえ、仲の良いお姉さんが自分の兄に恋心を抱いていると知ったら多分、微妙な気持ちにさせちゃうと思うから。
特に。私とエイジは友達として、親友として、幼馴染として彼女の目の前で仲良くしてたから。
(やっぱりちょっと怖いな……関係を変えるの、関係を深めるの、もっと仲良くなるの、好きを伝えるの……)
胸が痛み始める。私の悪い癖が私を痛めつける。
勝手な想像をして、凄く心配になって、それが凄く怖くて、不安で仕方がなくて──
(……やばい)
頭が痛み始める、喉が何故かイガイガする、心配で心配で怖くて怖くて仕方がなくて、何もかもから逃げたくなる。
(変化って怖い……変えようとするのって凄く怖い……意味がわからない……どうしようもなく恐ろしい……。だってこのままがいいもん……まだ辞められる……今なら止められる……)
時折、思う。感情なんて無ければいいのにな、って。
だって。私って今、幸せで、幸せすぎて、幸せにも程があって、とても幸せすぎて、生きていて楽しいから。
だけどそうして、こうして、幸せを感じてしまうから、辛さもより強く感じてしまう。
いずれ来る終わり、来てしまう終わり、自ら終わらせてしまう変わり。
どうして人は高みを望んじゃうのかな、現状に満足して妥協できないのかな、こんなにも幸せな時でさえ常に不安を感じてそれを保とうとして、逆にそれが綻びになってしまう事を知っていても尚望んでしまうのか。
(それでも今の私にはこれしか……ううん、私は今、こうしたいと思っている。理由とかそういうのは無くて……エイジ達と一緒にいるには今週中に告白するべきだと思った……私の抱く我欲……酷い我儘……叶えたい欲……得たい未来……そのためにそうするために私は……!)
*
(いい湯だった……昨日と違って安心して入れたから……やっぱり家の風呂が一番だ……)
お風呂の感想を述べながら、パジャマに着替え終えた僕はスライド式の扉を勢いよく動かす。
「……あれ? リシア」
すると僕の目の前に何故か、幼馴染のリシアが現れた。
待っていたのか偶然タイミングが合ったのか、彼女は扉の目の前に立っており、僕がそれを開いたとほぼ同時に、こちらに視線を向けた。
やけに真剣そうな顔、どこか恥じらいを感じる顔。そんな顔で彼女は、僕を見つめる。
「……ん?」
そのまま何も言わない彼女に、一歩も動かない彼女に疑問を抱き、僕は思わず首を傾げてしまった。
すると。僕が首を傾げたとほぼ同時に、リシアはこちらに向け手を差し出し──
「……あのね、エイジ」
普段よりも真面目な声色で、しっかりと僕の目を見たまま僕の名を呼び──
「……明日、私とデート……しない?」
「……え?」




