284.チルチルチルチル
(もう学校も終わりの時間かぁ……エイジとサラちゃんとクティラちゃん、もう家に帰ってのかな?)
ココア片手に私は、ソファーに座りながら天井を見上げ、ふとそう思った。
なんて言うか、すごく新鮮だ。大怪我をしているわけでもなく、病気になったのでもなく、遊びに行くためでもなく、ただ身体を休めるためだけに学校を休んだ不思議な平日が。
ココアを一口飲むと同時に。私の耳に可愛らしい寝息が届いた。発したのはティアラちゃん。お昼にたくさん遊んで疲れちゃったからなのか、私に全身を預けながら眠っている。
そんな彼女の頭を、優しく丁寧に起こさないように撫でてから。私はふぅと、小さく息を吐いた。
(昔を思い出すなぁ……サラちゃんがよく遊びに来ていたあの日々)
幼い頃のサラちゃんを思い出し、あまりの可愛さについ笑ってしまいながら、私はココアをもう一口飲む。
最近は、ここ数年はサラちゃん、ウチに遊びに来たことないなぁ。あんなに一緒だったのに、あんなに仲良くこのソファーに座っていたのに。そう思うと少しだけ寂しくなる。
ほとんど毎日と言ってもいいほどにサラちゃんは遊びに来ていたのに。あんなにも当たり前だった日常はいつの間にか終わってしまっていた。改めてこう鑑みるまで、思い出せないほどに淡く静かに自然に消失していた。
何かきっかけがあったのかもしれない。本来来る予定だった日に別の予定が出来て、それで行けなくて、そのまま次に行くタイミングが作れなかったとか。それきっかけに、別に行かなくても大丈夫だなと、気づいてしまったとか。シンプルに飽きちゃったとか。私から誘うことはあまり無かったし。
(……えー。何でだろう)
ココアを一口飲んで。飲み終えたカップを私は、目の前の机にゆっくりと置く。
身体を預けてくれているティアラちゃんを起こさないように、カップを落として割らないように、高いカップだから傷つけないように。慎重に、慎重に──
「……あ」
机にカップを置いたと同時に、何故かバランスが崩れてしまい、カップはその場でコロンと倒れてしまった。
小さく鳴る金属音。そんな倒れたカップを私は、数秒ほど見つめたのちに、手にとって傷が付いていないか確認する。
(……あ……あー……ちょっと傷が……目立たないけど見つけちゃったから気になる……うぅ……お気に入りだったのになぁ……ちょっとショックかも……)
はぁ。と私は小さくため息をつく。この数分だけで私、どれだけため息つくんだろう。
(擦ったら消えたりしないかな……あ……無理だこれ……最悪だよ……)
諦めよう、仕方なかった、しょうがなかった。色々言い訳をしながら私は自分に言い聞かせ、湧き出る怒りと悲しみを必死に抑える。
実際自分が悪いんだから、諦める他ない。けどやっぱりイライラはする。人や物に当たらなければイライラしても別にいいよね。それ自体は悪いことじゃないんだし、ちゃんとイライラしよう。
(……癒されよー)
イライラを抱えたまま私は、変わらず眠り続ける天使の頭を撫でる。ふわふわで、サラサラで、艶々で、芯がしっかりとしている感じの綺麗な銀髪が私の手を包み、物凄く癒してくれる。
「……んにゃ……」
(寝言かわちい……)
束の間の平和、平穏。可愛い女の子って本当にすごい。そばにいるだけで、頭を撫でるだけで、声を聞くだけで人を癒せるんだから。
もしも全人類が超ウルトラスーパー美少女だったら世界はすごく平和だと思う。日常系萌えアニメみたいな感じで、特に大ごとは起きずに、ただただ可愛い女の子たちがほにゃほにゃしながら過ごす世界。
夢物語にも程があるけど、そう言うのも私、いいなーと思う。最近は美少女に囲まれる事が多いから余計にそう思う。幼馴染で男の子のエイジも今ではたまに、銀髪赤眼美少女になるし。ついでにサラちゃんも銀髪赤眼美少女になるし。銀髪赤眼美少女ハーレムだ。
(そういえばクティラちゃんとティアラちゃんって……いつまで愛作家でお世話になるんだろう。二人とも実家……あるよね? まだ幼いし……ご両親との関係ってどうなってるのかな……。もしかしてこのままずっと愛作家に居てくれる……のかな?)
私の撫で撫でが心地よいのか、ちょっとニヤつき始めたティアラちゃんを見ながら、私はふと思う。
なんか、クティラちゃんとティアラちゃんってノリで愛作家に住むことになってるけど、実家との関係はどうなっているんだろうって。
私だって出来れば四人と平日休日問わず一緒に居たい。けど一応私にも帰る家があるし、お父さんを一人にはできないしで、こうして平日は実家にいる。
けどクティラちゃんとティアラちゃん、特にクティラちゃんはエイジと出会ってからずっと、愛作家で暮らしている。私たちと同年代の女の子なのに、家を離れて居候。改めて考えると、ちょっと変かも。
一応人間ではないから、ヴァンパイアの常識で鑑みると特に違和感は無いのかもしれない。だけどやっぱり気になる。
クティラちゃんって、どうしてこの街に来たんだろう。
(ティアラちゃんは確か……大好きなクティラちゃんを追ってやって来たんだよね。クティラちゃん言ってたかな……あの子あまり自分のこと喋らないから、わからないかも)
何となく天井を見上げながら、クティラちゃんの可愛い笑顔を思い浮かべながら、私は小さくため息をつく。
なんて言うか、なんだろう。私って今、考えるべきでは無い事を考えている気がする。
終わっちゃう気がする。何かが、何かの拍子に、一気に、あっという間に。
(……あ。ティアラちゃん、今日もウチに泊まるのかな? 泊まってくれたら嬉しいけど……その場合お父さんにどう説明するべきなのかな……)
と。私がティアラちゃんの頭を撫でながら、彼女のこの後の予定を予測していると、タイミングを測ったかのように──
「……ん?」
玄関のチャイムが、ピンポーンとリビングでやけに大きく奏でられた。




