266.私利私欲
エイジとサラちゃんとは、本当に幼い頃から一緒に居た。
きっかけはちゃんと覚えていないけれど、確かお互いの両親が仲良しで尚且つ家が近かったからだと思う。どんな顔で声色で何を話していたのかはわからないけれど、よくお父さんたちとエイジのご両親が話している姿を見た記憶はある。
最初の会話は覚えていない。初めて出会った日のこともあまり覚えていない。初めて同じ幼稚園に通う男の子と幼稚園の外で出会って、驚いたことだけは覚えているけれど。あと隣に居たギャンかわ天使サラちゃんの、今では激レアな自信なさげ顔も。
気づいた時には一緒にいる事が多かった。どんな遊びをして、どんな会話をして居たのかは覚えていないけれど、それが凄く楽しかったことだけは覚えてる。
エイジとサラちゃん以外に仲の良い年齢の近い子がいなかったのもあってか、私の過去の記憶はエイジとサラちゃん二人との思い出ばかりだ。もしかしたら実の両親二人よりも多いかも。
小学校に上がっても一緒だった。当時は何も思わなかったけど、エイジとは六年間同じクラスになる奇跡も起きていた。休み時間はほとんど一緒にいたと思う。揶揄われることが多くて少しエイジと距離を取ろうかなと思っちゃった時もあったけど、それでも私は彼から離れることはできなかった。彼も、私から離れようとはしなかった。それが当時の私には凄く嬉しかった。だってそれって、凄く仲良しな証拠でしょ?
サラちゃんが小学生になってからは学年の壁を超えて三人で遊んでたなぁ。エイジはたまに友達と校庭に遊びに行っちゃってたけど。
──この頃、私は先生に頼んで、エイジとサラちゃんを守れるようになるために修行を始めた。あの事件をきっかけに。
中学生になっても私たちは仲が良かった。だから、小学校の頃は仲良しだった男女のコンビが同じクラスになれたのに、全く会話をしなくなっている様子を見ると恐怖を感じていた。私たちもいつかこうなっちゃうんじゃないかって。結果、杞憂だったけど。
それでも思春期は迎えていたから、私は少しだけエイジと一緒にいるのを恥ずかしく感じていた。小学校の時よりは少し距離を置いていた。それは彼も同じで、優先順位が私よりも友人の方が高くなっていたのを、なんとなく雰囲気から感じられたのを覚えている。
それでも私は一緒に居たかったから、仲良しのままで居たかったから、彼を守りたかったから。なるべく彼のそばに居たけれど。特に放課後。
この頃からだったかも。彼を見ると他の誰よりもドキドキとして、なんとなく暖かい気持ちになって、羞恥心が湧いて、それでも安心感を覚え始めたのは。
今まではなんとなく一緒にいるなー私たち仲良いなーって感じの認識だった。けれど、いつの間にかそれは、このままずっと一緒に居たいなという気持ちに変わっていた。
でもまだわかんなかった。この気持ちが彼に対する恋心だとは気づけなかった。だって、あまりにもきっかけが思い浮かばなかったから。
正直に言うと私は、エイジの何に惹かれて彼を好きになったのかがわかっていない。好き、大好きなのは確かだけれど言語化をしようとすると、上手くそれが出来ない。
小説や漫画、アニメや映画を観ると皆、好きになった人を好きになったきっかけと、恋をしている理由を自分で理解して噛み砕いて上手く言語化ができていることが多い。私にはそれが羨ましかった。
この気持ちをエイジに何度か伝えようとしたことがある。だけど私の好きは、私がエイジに抱いている好きは二種類あって、強いのは異性としてではなくパートナーとしての好きで、前者を伝える技術を私は持っていなかった。
それに怖かった、いや、今でも怖い。私の抱える気持ち、抱いている気持ちはそれまでのエイジとの関係を壊しかねないものだったから。
友達だったから、親友だったから、幼馴染だったから。私とエイジは本当の本当に、仲が良い、それだけの理由で一緒に居たから。
そこに恋愛感情が入り込んできたらきっと関係が変わってしまう。私はそう、確信していた。
エイジと遊びに行っている時に何度か見かけたことがある。キスをするカップル、手を繋ぐカップル、イチャつくカップル、男女のカップル。
男の子一人、女の子一人、その二人組は私が見てきた限りは基本、カップルだった。付き合っていた。好き合っていた。
私とエイジもお互いが好きだ。だけどそれって彼ら彼女らの好きとは違って、ラブではなくライクで、だからこれまでずっと仲良しでいられて──
私はエイジとずっと一緒に居たい。このままずっと、この関係性でずっと、この親密度で共に、死が二人を分かつその時まで。
それには付き合って、結婚して、夫婦になるのが一番なんだろうけれど。私もそう思ってはいるけれど。だからこそ私は、エイジに愛を伝えるのが怖かった。
それはなんか、違う気がしたから。エイジとエッチな事をしたいと普段から思ってはいるけれど、その選択肢は私たちの最善最良の関係、今の関係には無くて。それを保ちたいのに、それ以上に行きたいと思ってしまって、それをきっかけに壊れてしまうんじゃないかって、すごく怖くなるから。自分の抱く素直な気持ちを間違っていると解釈して思い込んでそう騙して、私は我慢した。
我慢しなきゃと思った。絶対に絶対に絶対にエイジと離れたくないから。永遠にエイジと一緒に居たいから。彼と離れたくなんてないから。
私はそうやって守ると決めた。彼を、彼との関係を、エイジとサラちゃんをずっと──
*
(……なんか一瞬……ほんの一瞬だけれど私……よくわかんないけど色々考えてた……)
全身を蝕む痛みに必死に耐えながら私は、こんな状況なのに一瞬でもボーっとしてしまった自分に呆れていた。
目の前にいるのは大好きなエイジやサラちゃんではなく、大嫌いな男。彼は私を呆れた様子で見ている。
私、死んじゃうのかな。この調子で行けば死んじゃうよね、殺されちゃうよね。
なんでこんな事になるのかな。私はエイジとサラちゃんと一緒に居たかっただけなのに、守りたかっただけなのに。
素直に話していれば未来は変わっていた? そんなわけがない。確証を得てから殺すと言っていたのに彼は、何も情報を得られていないのに私を殺す寸前だ。
素直に話していたらきっと、彼はすぐにエイジとサラちゃんを殺しに向かっていたはず。
そう思うと私、頑張ったよね。凄い頑張ったよね。頑張って頑張って頑張って、エイジとサラちゃんを自分のできる範囲で守れたよね。
「……安藤リシア……テメェ……嘘つくんじゃあねえぞ……」
「……は……?」
彼が話かけてきた。もう疲れてるのに、対話は嫌なのに、話したくないのに、余裕なんてないのに。優位に立っているからって彼は、私に話しかけてきた。
イライラする、ムカムカする。けれど、それを怒りとして爆発させる余力も気力も今の私にはない。
「今の表情の変化で察した……相当な我儘娘だなぁテメェは……なのに変に倫理観まともでよ……自分に嘘ついて……妥協して……誤魔化そうとしてる……小学生の頃のテメェはそんなんじゃあなかったぜ……?」
「だから……何……?」
「素直になれよ安藤リシア……俺は最初からそう言っている……鑑みろよ己をよ……」
「……なんなの」
鑑みろって何? 私は私のことわかってるよ。自分のことだもん、自分が一番わかってる。
私は陰キャ寄りの女子高生で、エイジとサラちゃんと仲が良くて、二人を守りたくて──
──あれ? 二人を守りたい? そうだっけ?
ううん。守りたい、守りたいよ。私は二人を守りたい。だけど、どうして二人を守りたいんだろう。
エイジとサラちゃんを守る理由、二人が無事でいてほしい理由。それは当然、私がエイジとサラちゃんの事が大好きだから。
──そんな大好きな二人と一緒に、居たいから。
「……くははッ! いい顔になってきたじゃねえか……俺の言葉を思い出せよ……他人のために力を使ってもなんのためにもならねぇ……テメェのしてえ事実現するにはよ……テメェのために使わなきゃ……だろうが」
(私……私のため……私のしたい事……私は……エイジとサラちゃんを守りたい……エイジとサラちゃんを守りたいのは……私が……二人と……!)
──瞬間。私の脳裏を何か、凄いものが走っていった。ピカーンっと何かが閃く感覚、思い出せずにいたものを思い出せた快感にも似ている。
そうだ。私はエイジとサラちゃんを守りたい。それはどうしてか、何故なのか? 何故ならば私は──
(エイジとサラちゃんとずっと居たい……この今を守りたい保ちたい……! 私はエイジとサラちゃんを守る……私が二人と一緒にずっと永遠に暮らせるように!)
「……はは……ッ! いいぞ安藤リシア! 傲慢かつ我儘で自分勝手で己のために私利私欲ダダ漏れだ……! それだ安藤リシア……昔のお前は己の理想を実現させようと燃えていた……! 激しく昂っていた……! 俺はそんなお前と戦いたかった……!」
私が忘れていた私欲を思い出すと同時に、彼は満面の笑みを浮かべ、ゆっくりと掴んでいた私の髪の毛を離した。
それと同時に私は、彼の腹部目掛け思いっきり蹴りを入れる。油断したのか察せられなかったのか、彼はダイレクトにそれを受け、壁に向かって飛んでいく。
すごく力が湧いてくる。どうしてかは知らないけれど、今まで以上に自分の力を扱える気がする。私にしては珍しく自信満々。どうしてだろう?
もしかして彼が言っていた言葉が正しかったのかな? だとしたら癪だけど、認めざるを得ない。
だって今の私、エイジとサラちゃんを守るために戦おうとは思っていない。私が、エイジとサラちゃんと一緒に居るために戦おうと思っているから。
「ここからが本番だな安藤リシア……ァ! くはは……ははは……! ぶつけようぜ互いのエゴ……存分になぁ!?」
「言っておくけど……それを満たせるのは多分私だけだからね……」




