265.何がしたい
「……はぁ……なぁ安藤リシア……お前はなんで戦うんだ……強いんだぁ……?」
「……は?」
突然、彼は持っていた剣を地面に突き刺し、それの柄の上に飛び乗り、片足で立ちながら私を見下ろすように見下すようにしながら、そう聞いてきた。
両手をポケットに突っ込みながら、笑っているのかバランスを取るのに必死なのか、全身を小刻みに揺らしながら彼は私の返事を待つ、待っている。
答えるべきなのか否か。どちらが正解かなんてわからない。正しかったとして、正しくなかったとして、何が起きるのかもさえ。
「聞かれたなら答えろよ……気づいたなら返事をしろよ……既読無視は嫌われるぜ……なぁ……?」
「……それを聞いてどうするの?」
「……く……はは」
私は逆に質問をしてみる。しかし彼は、今さっき自分が指摘した間違った態度を私に取ってきた。空を見上げるようにして口角を上げ、彼に似つかわしくない小さな笑い声を響かせる。
本当にムカつく。絶対にわざとしてるこの挑発。だから私はそれには乗らず、代わりに彼の質問に答えることにした。
「……私が戦うのは……守りたい人がいるから……」
「……くだらなっ」
「……ッ!?」
私が質問に答えると同時に、彼は大きくため息を吐きながら柄から飛び降り、地面に着地する一瞬前に柄を蹴りあげ剣を地面から抜き、自らに向かって落ちてくる剣を地面に降り立つと同時に手に取った。
直後。彼は瞬時に地面を蹴り、わざとらしくわかりやすく、大きな剣を大きく私に向かって振るう。
私はすぐに己の得物を構え彼の一撃をそれで防ぎ、それと同時に瞬時に後退。だが逃すまいと彼は剣を振いながら私を追いかけてくる。
剣が交わるたびに周囲に響く金属音が耳を痛めつけてくる。勢いと大きさに、このまま続けていたら鼓膜が破れてしまいそう。
次に私の剣と彼の剣が触れ合った瞬間、私は力強く地面を踏み、全身全霊全力で彼を彼の剣ごと弾き返す。
先刻同様姿勢が崩れる彼。私は再び出来た彼の隙を狙い──
「再放送はされねぇ……見逃しもな……一回限りだバカ……!」
「う……ッ!?」
隙が出来たと思わされた私は、逆にその行動を自身の隙にされ、彼の反撃を許してしまう。
瞬間。腹部を襲う衝撃、肉と内臓が潰される感覚。思わず吐きそうになってしまう痛み、無意識に流れる一粒の涙、揺らぐ視界、抜けかける剣を握る両手の力。
それら全てから連なるダメージを私は必死に我慢し、その場に佇み、私に一撃を加え一瞬油断した彼目掛け、瞬時に逆手持ちに変えた剣の柄で彼の腹部を撃つ。
だけどそれは、彼の空いていた片手で塞がれてしまった。それと同時にニヤリと笑みを浮かべる彼は、勢いよく膝を蹴り上げ──
「きゃ……ッ!?」
脳が揺れる。視界が定まらない。顎のあたりに酷い激痛、上下の歯がズキズキと痛み、全身から力が抜けていく。
(やば……無理かも……!)
だけどまだ余裕はある。だから私はギリギリ掴めている柄をしっかりぎゅっと掴み、ギリギリ地面につけられている足でそれを力強く踏み締め──
「まぁ……だからなんだって話なんだが……」
「ガ……ッ!?」
──ダメだ。ダメだった。立て直そうとしたその瞬間、彼はそれを防ぐため阻止するため全力で私に襲いかかってくる。
右腕がすごく痛い。なんて言うか、力が凄く入りづらい。もしかしたらさっきの一撃で折られたのかも。
握っている柄を握り直そうとすると酷い痛みが右腕全体を襲う。プルプルと震えてもいる。ズキズキと、ズキズキと、ズキズキと痛みがどんどん増していく。
「……なあ」
「いた……っ!?」
彼は私を睨みつけながら、空いている手で私の髪を引っ張り上げる。凄く痛い、頭皮全体が剥がれてしまいそうな感覚。初めて感じる痛みに私は多分、涙を流してしまっている。
「安藤リシア……お前は強いが……弱くもあるな……あまりにも浅く脆く活かせていない力……何故そうなってしまっているかわかるか?」
髪を引っ張りながら、睨みつけながら、彼は私に話しかけてくる。
人を痛めつけながら説教を始めるだなんて、この人、本当に苦手だ。最低だ、最低、最低、最低。
──心の内だけでもこんなふうに強気でいなきゃ私、折れちゃうかもしれない。
「守りたいものがあるから戦う……他人のために戦っている時点でテメェは俺には敵わねえ……誰かのために活かす力なぞ自分のためにはならない……文字通り己のためではなく他者のために使っているんだからなぁ……。くだらねえよ安藤リシア……昔のお前はもっと輝いていた……テメェはよ……何で強くなったんだ……どうして強くなろうとした…々あぁ……?」
「……っ……ぐ……たし……は……」
──苦しい、すごく苦しい。
全身にいつのまにか刻まれていた切り傷がじわじわと痛みを増していき、引っ張られている髪は今にも抜けそうで、殴打された箇所は常に潰されているかのような感覚があり気持ち悪い。
呼吸さえもままならない。頭がズキズキとする痛みから段々と、モヤが広がるようにボーっとし始めて何も考えられなくなっていく。
「……終わるのか? 安藤リシア」
「……っ……は……!」
脳裏に浮かぶ映像は、浮かび始めた記憶は、思い返される思い出は──
子供の頃からずっと一緒に居る、エイジとサラちゃんとの記憶──




