262.鑑みろよ
「なぁ……先生のところで一緒に居た時はそれなりに仲良くしてたじゃねえか。なのになんだよその塩対応……ほんの少しだけだがムカつくなぁ……!」
「ムカついてるのは私も同じ……」
額に大きな青筋を立てながら、男は私を睨みつけて、持っているナイフの柄を力強く握りしめる。
男が一歩踏み出した瞬間、強く握りすぎたのか、彼の握っていた柄は大きな音を立てて砕けた。
「なぁ……安藤リシア……お前、バカではなかったよな? ならわかってるよな? 自分の立場立ち位置状況ピンチ今際の際をよ……!」
「……別に。負ける自信とかないし」
私は思わず呆れて、小さくため息をついてしまう。
わかっている、わかってるに決まっているよ。理由はわからないけれど、彼が私を襲おうとしていることは。
青筋立てて、睨みつけて、得物を持って、殺意丸出しの声色で話しかけてくるんだから。素人でもわかる。
「ウゼェ……クソウゼェ……殺してぇな今すぐに……だけど流石の俺でも流石に人殺しは悪いことだってわかってるからよ流石になぁ……しねえで我慢してやる……大義名分得たら別問題だがよ……」
「……はぁ」
わけわからない喋り方で、唇を思いっきり噛み締めて血を一筋垂らしながら、男はポケットに手を突っ込みながら私を睨みつけ、言う。
さっきから話しかけるとほぼ同時に、私が返事をする間もなく勝手に完結させ始めるから全然会話のキャッチボールができていない。私、この人のこう言う所、本当に嫌い。
嫌いすぎて関わりたくなかったから、名前覚えてないし。
「見ろ安藤リシア……このスマホに映る画像をよ……」
(……なんでフルネームで呼んでくるんだろう)
私はもう一度ため息をついてから、なるべく近づかないように彼に向かって歩き、最低限距離を取った上で、彼が私に向けるスマホの画面を見る。
そこに写っていたのは見覚えのある銀髪赤眼美少女。天真爛漫な天使のような笑顔がチャームポイントな、小さな女の子。
(ティアラちゃん……!)
「おいおいふざけんなよお前……バカじゃねえかよおい……! 俺の評を間違ってることにするなよクソアマがよぉ……!?」
「ッ!?」
私がスマホを見たその瞬間。何故か男は瞬時に私の隣に現れ、目を大きく見開きながら、低い唸り声のような声色で私に話しかけてきた。
全身が震えさせながら、強く握りしめたスマホをメキメキと鳴らしながら、男は私を睨みつけてくる。
「テメェ……この写真見た瞬間に顔色変えただろ……眉が上がって目ぇ見開いて口ぽかーん……まるで知り合いを尋ねられた時の顔……お前一応俺と同じヴァンパイアハンターだよなぁ……そんなお前がどうして親近感ある子を問われた時の表情浮かべんだぁ……あぁ!?」
「……っ! 怒鳴らないでよ……!」
彼が大きな声を出すと同時に、私は瞬時に地面を蹴り、彼から距離を取る。
それと同時に。左手を普段隠し持っている武器に添え、彼に視線を向けたまま、私は臨戦態勢に入った。
意外なことに男は私が距離を取ったにも関わらずその場から動かず、ただ睨みつけながらその場に佇んでいる。
「くは……ッ! なぁ安藤リシア……俺ぁ先生から聞いてんだぜ……お前があのクティラ・ウェイト・ギルマン・マーシュ・エリオット・スマス・イン・ヤラ・イププトを倒したってのはさ……!」
「だから何……!」
「俺は……俺ぁ疑ってたんだよ……テメェが一見か弱げな女の子を殺せんのかってさ……中身は違えど外面は俺たち人間と同じだろ……? 奴らを滅する信念も覚悟もねぇ女子高生が女の子殺せるか……!? 出来たとしたらそれぁとんでもねぇ異常者だ……! だがよ安藤リシア……俺の目で見たお前ぇは普通の女の子だ……話題のクレープ食べて友達と自撮り撮るような普通の女の子だ……」
「私、そんなことしたことないけど……」
「例えだよ例えうるせぇなぁ……。兎にも角にもテメェにヴァンパイアを殺せるとは思えねぇ……そしてあのクティラを倒す実力があるとも思えねぇ……疑ってたんだぁずっとよぉ……怪しい怪しいってさ……」
「何が言いたいわけ……」
徐々に笑みを浮かべながら、されど目つきは鋭いまま、私を評し始める男に少し恐怖を抱きながら、私はゆっくりと後退する。
多分、彼、話が終わったと同時に私に襲いかかってくる。
「この写真の女……クティラの妹ティアラ・ウェイト・ギルマン・マーシュ・エリオット・スマス・イン・ヤラ・イププト……。奴がこの付近で目撃情報が多いのは姉のクティラが消息を絶った場所だからと俺は睨んだ……テメェがした先生への報告を聞いた俺だから気づいた事実真実……他のバカどもはクティラは死んだって事しか知らねえからな……誰がやったのかもよ……」
「だから……何が言いたいの……」
「……安藤リシア。テメェ、クティラ・ウェイト・ギルマン・マーシュ・エリオット・スマス・イン・ヤラ・イププトと組んでるだろ……裏切り者がよ」
「……ッ!」
楽しげに話していた彼の声色が一瞬で真逆に変わり、低く恐ろしい声へと変わった。
直後、彼は私の予想通りに。ナイフ片手に物凄い勢いで私に襲いかかってきた。
地面が抉れるほどに強く踏み締め直後に蹴り、瞬時に私の目の前に現れる男。手に持ったナイフを振り翳してきたので、私はそれを瞬時にポケットから取り出した小さなナイフで受け止める。
しかし私のナイフは彼のそれを受け止めきれず、パキっとやけに軽い音を立てながら折れてしまった。
そのまま振り翳される彼のナイフ。私はすぐに脚を動かし地面を蹴り後退し、それから逃れる。
勢いのありすぎた彼のナイフはそのまま地面に叩きつけられ、信じられないことにコンクリートの地面に綺麗な切り傷を作った。
「衰えたな安藤リシア……」
「……っ」
彼は追撃はせず、ゆっくりと立ち上がりながら、ナイフをくるくると指先だけで回しながら私を睨みつけてくる。
私の頬に滴る一滴の冷や汗。意外だ、彼がこんなに強くなっているとは思わなかった。ちょっとやばいかもしれない。
「……俺は俺の目に絶対の自信を持っている。まぁ……さっきテメェがバカじゃないと誤りはしたが……な」
先程までの怒りに満ちた表情から一転、彼は何故か笑みを浮かべ始めた。口角が上がりすぎて口が裂けてしまいそうな狂気的な笑み。正直、気持ち悪い。
「くくは……! 安藤リシアぁ……弁明してみろ。先の手加減はまだ確証が得られてねぇからだ……テメェがヴァンパイアと仲良しこよししてる確証がな……。俺ぁこう見えて存外優しいんだよ……モテるからなぁ優しい男は……モテてぇから女の子には優しくするのさ……」
「優しいだけじゃモテないと思うけど……」
「当然……! だからこそ厳しさも併せ持つ……! 飴と鞭だ安藤リシア……してみろよ弁明……させろよ納得……!」
楽しげに言う彼の言葉に、私は思わず恐怖を抱く。
もしも彼を納得させられなかったら、彼からの疑いを晴らせなかったら、私とクティラちゃんに繋がりがあることがバレてしまう。
彼は、ヴァンパイアハンターの中でも過激な一派の一人。中身の良し悪し善悪問わず見敵必殺の厄介人。
クティラちゃんもティアラちゃんもきっと、彼に見つかったら襲われてしまう。そして万が一死んでしまったら、命を失ってしまったら──
──彼女たちと一心同体状態にあるエイジとサラちゃんもきっと、亡くなってしまう。
(させない……そんな事絶対にさせない……)
私は、ゴクリと固唾を飲んでから、自らの得物に手をかける。
多分説得は上手くいかない、出来ない。だったら私がエイジ達を守るためにできることは──
「くは……くはは……必死にぃ脳回転させてんのかぁ……?」
(……最悪……彼を再起不能にさせる他ない……!)




