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26.裸の付き合い

 リビング。僕は一人で飲み物片手にテレビを観ていた。

 ちゃんと観ているわけではない。観たい番組だから観ているわけではない。ただ、なんとなく観ているだけだ。

「……あれ? お兄ちゃん、リシアお姉ちゃんとクティラちゃんは?」

 と、後ろからサラが話しかけてきた。

 振り返ると、彼女はいつものパジャマ姿でソファーの背もたれに肘をついていた。

「それがな……今、二人でお風呂入ってるんだよ」

「……えと、あの二人って二人っきりにしていいの? リシアお姉ちゃんってヴァンパイアハンターなんでしょ……? クティラちゃん襲ったりしない?」

 不安げな顔をしながら首を傾げるサラ。

 僕は手に持っていた飲み物を一口飲んでから、話を続ける。

「まあ……そこは大丈夫だと思う。気になるのはあの二人がどんな話をしているのか、だよ」

「……盗み聞きすれば?」

「それは流石にちょっとな……」

「ふーん……意外と倫理観まともだねお兄ちゃん」

 僕をバカにしながら、サラが動き出す。

 ソファーに沿って歩き、僕の元へとやってくると、ちょこんと隣に座ってきた。

「……ねえお兄ちゃん」

「ん?」

「ちょっと汗臭いよ……」

「……まだ風呂入ってないからな」



 湯気で視界がぼやける浴室。パチャパチャと水が弾ける音がする浴室。温かいお湯の入った気持ちの良い浴槽。

 私は、安藤リシアは数年ぶりに、幼馴染の家のお風呂に入っていた。

 ほんの少しだけドキドキする。幼い頃、エイジと丸裸で入っていた場所だと思うと余計に。

 思い出すのはエイジの小さなアレ。今はどんな感じになってるんだろう。想像つかない。

「ふぅ……極楽極楽ってやつだな、リシアお姉ちゃん」

 と、ヴァンパイア──クティラが私に話しかけてきた。

 彼女はスクール水着のようなものを着ながら、小さな浮き輪を使ってお湯に浮かんでいる。

「だからなんでリシアお姉ちゃんって呼ぶのよ……」

「ん? サラがそう呼べって言ったからな。従っているだけだ」

「……ふーん」

 会話は続かない。続くわけがない。

 あまり話すこともないし、私とクティラの性格の相性は多分最悪だから。

「それでリシアお姉ちゃん、私は一つ気になっていたのだが……」

 浮き輪をくるくると回転させながら、天井を見上げながら、クティラが言う。

 私はほんの少し、ため息をついた。

「それ聞かなきゃダメ……?」

 私のため息を無視して、クティラは私をじっと見つめ、話を続けた。

「……何故、リシアお姉ちゃんは処女なんだ?」

「へ!? しょ……うぅ……なんでそんな事聞く必要があるのかな!?」

 突然言われた、暴露された事実に私はついしどろもどろになる。

 なんで処女って、そんなの理由は決まってるけど、口にするのは恥ずかしすぎて言えない。

「私はリシアお姉ちゃんがヴァンパイアハンターだと疑っていたが……確信に至れなかったのは処女だったからだ。清い身の人間はヴァンパイアを興奮させ、潜在能力を引き出し強化してしまう……そんなの、ヴァンパイアを退治するヴァンパイアハンターにとって不都合でしかないだろう?」

 やけに早口でクティラが喋る。しかも割と長く。聞き流したいくらいには長く。

「しかもリシアお姉ちゃん曰く戦闘自体が初体験だったみたいではないか……リシアお姉ちゃん、お前はどうしてそんなに強い?」

 真面目な顔で、じっと見つめながら、クティラが私を見つめてくる。

 答えろ、答えろと目で迫ってくる。

 私、こう言う視線本当に苦手。怖いんだもん。

 答えないとずっと見つめられるのかな、見つめ続けられるのかな。

 はあ、と私はため息をついてから。クティラの顔を見ないようにして、万が一にも外に聞こえないように、小さな声で彼女の疑問に答える。

「私がしょ……処女なのは大好きな人に初めてをあげたいから。強いって思われるのは多分……私の先生がとても強い人だから」

「……なるほど。その先生とやら、相当な実力者のようだな。ヴァンパイアハンターながら、処女を保たせながら戦えるようリシアお姉ちゃんを鍛え上げるとは驚きだ……」

 感心したように力強く頷きながら、ぶつぶつと何かを言うクティラ。

 満足してくれたみたい。私は、安堵のため息をはあ、とついた。

「それで、とても申し訳ないのだがリシアお姉ちゃん……」

 と、突如言葉通り申し訳なさそうな顔をしてクティラが俯きながら、私に話しかけてきた。

 私は思わず首を傾げる。一体全体急にどうしたんだろう。

「私とエイジの契約期間が終わるまで、セックスは我慢してくれないか?」

「……ぴょ?」

 私はもう一度、思わず首を傾げた。

 今この子、なんて言ったんだろう。いやわかってる、ちゃんと聞こえた。無駄に大きな声だから浴室いっぱいに響いた。

 私の顔にどんどん熱が帯びてくる。羞恥心から来る熱か、それとも熱いお風呂による影響か。

「エイジは今童貞だから私と契約出来ている状態なのだ……もし契約中に卒業してしまうと、エイジと私は爆死する!」

 真面目な顔で、鬼気迫る顔で、そう叫ぶクティラ。

 そうなんだ、エイジ童貞なんだ。よかった、嬉しい。

(じゃなくて! じゃなくてじゃなくてじゃなくて!)

 もしかして勘違いされているのだろうか。私とエイジがセッ──エッチをするような仲だと彼女は思っているのだろうか。

 違う。なりたいけど、じゃなくてその──

「あ、あぅ……その……別に私とエイジはそう言う関係じゃないっていうか……キスもしてない……じゃなくて手も繋いだこと……じゃなくてその……別に本当に恋人とかじゃなくて……友達っていうか……あの……うぅ……えとその……私はいいな……じゃなくて……エイジとは……えっと……はぅ……」

 言葉が詰まる。どもりまくる。上手く喋られない。

 と、いつのまにか私の肩に乗っていたクティラが、ポンと軽く叩いてきた。

「くくく……わかっているわかっているエイジとリシアお姉ちゃんが番ではない事など。だがリシアお姉ちゃんはなりたいのだろう……好きなのだろう……? エイジの事をな!」

 図星を突かれ、私は思わずビクッとなってしまう。

 どうしてわかるの? 誰にも言っていないのに。イライラする、なんだかムカムカする。

「……うぅ! い、言ってないじゃん私そんな事! どうしてそう言い切れるの!? バカヴァンパイア!」

 私は指でクティラをビシッと指差し、罵倒する。

 するとクティラは頬を膨らませてから、私の真似をしてビシッと指で差してきた。

「バカ……!? むむ……! 次バカって言ったらリシアお姉ちゃんがエイジの事好きだってバラすからなエイジに!」

「それはダメえええええええ!!!」

 私は思わずクティラの頭をペチっと叩く。

「あうっ」

「あ! ご、ごめん……ヴァンパイア……」

 やりすぎた。いくらなんでも叩くのはやりすぎだ。

 私は急いで頭を下げてクティラに謝る。すると彼女は気にするなとジェスチャーで伝えてきた。

 そして、何故かドヤ顔をしながら腕を組み始める。

「ふふふ……これも何かの縁だ。リシアお姉ちゃん、お前の恋、私が応援してやろう!」

「……だ、だから私別にエイジと……!」

「私はヴァンパイアだ。特殊能力も持っているし、何よりエイジと一心同体の身。あいつの心の内や好み、感じている感情秘めている性癖。全部わかるぞ」

「……えっと」

 私は言葉が詰まる。何か言おうとしたけど、何故かすぐに忘れてしまった。

 なんていうか、この子と仲良くしておいた方がいいんじゃって、私のゴーストがそう囁いている気がする。

「私が協力すればエイジと恋仲になるのは確実だ……! どうだ……私と友達にならないかリシアお姉ちゃん……」

 クティラがゆっくりと、優しく手を差し出してくる。

 私は考えず、思わず、その手を取った。

「……よ、よろしくお願いします」

 言ってしまった。手を取ってしまった。本来敵であるヴァンパイアの手を。

 悔しい、悔しいけれど──

 エイジと両思いになれるかも。そう思うと、そんなくだらないプライドは徐々に消えていってしまった。

「うむ! それでは私を名前で呼ぶといい! ヴァンパイア呼びは犬を犬と呼ぶのと同義で私的に不快だ!」

「……わかった。えっと……クティラちゃん。これからよろしくね……」

「ふふふ……ただしセックスは私とエイジの契約が終わってからだぞ?」

「……クティラちゃん、あまりそういう言葉大声で言わない方がいいよ」

 はあ、と私は大きくため息をつきながら。新しく出来た友達の手を強く握った。

 それと同時に、私の脳裏に疑問が浮かんだ。

 私は、エイジとクティラちゃんの契約期間が終わったその時、クティラちゃんを殺すことになるのかな? と──

(ヴァンパイアと仲良くなるなんてヴァンパイアハンター失格だよね……まあでも、私はエイジを守れればそれでいいし)

 あまり考えないことにした。今はこのモラトリアムを楽しもう。

 もう一度ため息をついてから、私は立ち上がり浴槽から片足を出した。

「身体洗うなら私も洗ってくれ、リシアお姉ちゃん」

「……ふふ。しょうがないなぁ」

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