249.都合よくいかないなぁ……
「ねえねえエイジお兄ちゃん」
「ん……?」
僕がソファーに座りながら、ニュースを流し見していると、隣に座ってきたティアラちゃんが僕を突きながら呼んだ。
ので。僕はそれに反応して彼女の方を見る。するとティアラちゃんはビシッとリシア達のいる方を指差す。
「なんでみんな同じ服を着てるの? どうしてエイジお兄ちゃんだけ着てないの?」
「あー……学校に行くからだよ。だから制服を着て準備をしてるんだ」
「にゃ……そうなんだ学校行くんだ……へぇ……制服とかあるんだぁ……」
どこか羨ましそうな声色で、ティアラちゃんはリシア達の方へ顔を向けながらそう呟く。
学校関係者全員を洗脳して自分も学校に行く、とか言い出さないか少し心配だ。クティラはそれをやったし。
「……エイジお兄ちゃんは学校行ってないの?」
と。いつの間にかこちらに顔を向けていたティアラちゃんが、可愛らしく首を傾げながらそう問いかけてきた。
僕はそれを聞いて、改めて自分の現状を鑑みて、小さくため息をつきながらティアラちゃんの質問に答える。
「ほら……僕って本来男だろ? こんな銀髪赤眼美少女じゃなくて、無味無臭個性皆無な普通の男子高校生。そんな奴が急に女の子になって、そのまま学校に行ったらどうなると思う? 軽いパニックだよ」
「おぉ……」
あんまり興味なさそうに相槌を打つティアラちゃん。興味がなさそうと言うよりは、まだ疑問が解決してないと言った感じだろうか。首を傾げたままだし。
「じゃあさじゃあさエイジお兄ちゃん。男の子に戻ればいいのでは?」
「それが出来たら苦労はしないし、悩みも抱かないかな……」
ティアラちゃんに少しだけ嫌味っぽく返してしまい、反省しながら僕はため息をつく。
本当に。自由に切り替え出来たらどんなに楽だろうか。吸血鬼の身体能力が必要な時だけ完全一心同体状態になれればいいのに。
「あ、そっか。エイジお兄ちゃん、魔法使えないんだったもんね」
と。ティアラちゃんは納得したかのように、右手で作った拳で左の手のひらをポンっと叩いた。
直後。彼女は何故か突然立ち上がり、どこか自信ありげに腰に手を添えながら、笑みを浮かべながら僕を見下ろす。
そして、ビシッと人差し指で僕を差すティアラちゃん。そんな彼女の表情は、姉のクティラそっくりのドヤ顔だ。
「エイジお兄ちゃんが望むなら私が完全一心同体状態を解除してあげる! ふふん……私こう見えても凄いんだからっ。やろうと思えば他人のそれも解除できると思うよ!」
「え……本当に?」
「リアリーリアリー! どうする? やってみる?」
ニコニコ可愛らしい笑顔を浮かべながら、首を傾げながらそう問うティアラちゃん。
彼女が救世主のように見えてきた。女神様にも見える。はたまた天使、あるいは希望の光。
もしもティアラちゃんのおかげで完全一心同体状態を任意に解除できるようになるならば、色々と楽になる。本当に楽になる。気持ちも立ち位置もこれからの暮らしも何もかも全部が楽になる。
「お願いします……ティアラちゃ……いやティアラ様!」
僕はすぐにお願いをした。手を合わせて、正座をして、目を瞑って、気持ちを込めて、救世主へと助けを乞うた。
「ほうほうほう……! いいよエイジお兄ちゃん! このティアラ様が助けてあげる! えへん……っ」
するとティアラちゃんは明らか上機嫌な声色で、楽しそうに救世主を演じながら僕の頼みを了承してくれた。
この子、本当にいい子だ。クティラの妹とは思えないほどのいい子。もしかしたらガチのマジで吸血鬼ではなく、天使なんじゃないだろうか。
「じゃあ行くよ! レドモ……モレド……ドモレ……ドレモ……レモド……!」
「おお……!」
手をワキワキとさせながら、謎の呪文を唱え始めるティアラちゃん。
なんか凄くそれっぽい。めちゃくちゃそれっぽい。半端なくそれっぽい。誰が見てもそれっぽい。期待でいっぱいそれっぽい。
「あ、エイジお兄ちゃん。言い忘れてたけどこの呪文、副作用でやばい吐き気と頭痛と筋肉痛とかに襲われるから、気をつけてね」
「え?」
「モドーレ……モドーレ……!」
「ちょ、待ってティアラちゃ──」
「ハアアアアアアアッッッ!」
「わあああああああっっっ!」
*
「おはよー……リシアお姉ちゃん……」
「あ、サラちゃんおはよー。今日はサラちゃんが一番遅起きだね」
「オロゲゲゲゲゲゲ……」
「んー……お兄ちゃんとクティラちゃんとティアラちゃんは……?」
「ゲゴゴゴゴ……」
「あ……ティアラちゃんはリビングで朝ごはん食べてるんだけど……その……」
「オグッゲロロロロロ……」
「……さっきから何? この地獄の魔物みたいな声……トイレから?」
「その……エイジとクティラちゃんが篭ってね、交互に吐いてるの……」
「……え、なんで?」
「えっとね……副作用がなんとかって、エイジは言ってたよ?」
「こわぁ……てかなんの副作用?」
「え、知らない……」
「……お薬あったかなぁ」
「わかんない……」
「……心配だけど……クティラちゃんと一緒ならお兄ちゃん大丈夫かな……ねむ……リシアお姉ちゃん、私一応お薬探してくるね……」
「あ、うん。私はここで待ってるね……」
「オロロンゲゲゲロロロロ……」




