243.怖がり
「……リシア、ちょっといいかな」
「……うん。何?」
ようやく部屋から出てきたエイジは、ソファーに座る私の隣に腰を下ろし、その数十秒後、真剣な声色で私に話しかけてきた。
私は持っていた本をゆっくりと閉じ、なるべくいつもの調子で、エイジと接する。
だってエイジが今求めているのは、話を聞いて欲しいのは、自分を助けて欲しいのは、エイジとサラちゃんのことを真剣に考えている私じゃなくて、彼の幼馴染であるいつもの安藤リシアなのだから。
「その……なんとなくわかってると思うんだけど……あの……サラのことで」
「……うん」
俯きながらも、チラチラと私を見るために時折顔を上げながら、言葉をプツプツ途切れさせながら話すエイジ。
私は、私からは何も言わずに。彼の途切れ途切れの言葉を聞きながら、ただただ頷きながら相槌を打つ。ひたすら、うんうんと共感を示しながら話を聞いているとアピールしながら、私はエイジの言葉に合わせ頷き続ける。
「……どう接すればいいのかわかんなくなっちゃってさ……どう……すればいいんだろう……」
「……そーね」
手に持っていた本をソファーの上に置き、私は天井を見上げながら考え込む。
正直な話、エイジとサラちゃんは二人とも考えすぎだし意識しすぎだと思う。二人とも、私なんかよりも繊細な心の持ち主だから、しょうがないとは思うけど。
私は目だけを動かしてエイジを一瞥する。私の返事を待っている彼は、手を組みながら足を広げながら、ただ俯きながら静かにそれを待っていた。
(……エイジ)
何度も、何年も彼の顔を、彼を見てきた私にはわかる。
エイジは今、不安よりも恐怖を感じている。何かにとても怖がっているんだって。
(……あ、わかったかも)
そっと自分の唇に人差し指で触れながら私は、エイジの気持ちをなんとなくだけど察せた。
エイジが怖がっている理由、サラちゃんと会えない理由、会いたくない理由、会いたいのに動けない理由。
それはきっと、サラちゃんとこれ以上関係を深めたくないからだ。
私は時折想像する、妄想する。エイジとの仲がただの幼馴染じゃなくて、それ以上の関係になれないかなって。
キスをして、抱き合って、目と目を合わせて好きと言って、えっちな事をしちゃったりもして。そうして、仲の良い友達でも長年付き添っている幼馴染でもなくて、生涯を共にするパートナーになれたらなって。
でも、その想像をするたびに私は、ほんの少しだけ恐怖を感じる。
私はエイジが好き。だけど、こうして仲のいい幼馴染だから私たちは、幼馴染止まりだから私たちは今の仲良し関係を保てているんじゃないかって。
もしもエイジを恋人目線で見て、夫婦目線で見て、彼を嫌いになってしまったらどうしようって。
友達だからこそ良好な関係を築けている人って、誰にでもいると思う。持っている好意は友情、でもそれが愛情に変わってしまって、変に意識しすぎちゃって、変な動きをしちゃって、相違が起きてしまって、そして最悪二つとも失ってしまったとしたら?
私はそんなの絶対に嫌。エイジと離れちゃう可能性があるなら私はこれ以上を望まないし求めない。行きたくても、進みたくても、それ以上歩めない。歩みたくない。
エイジはきっと今、そんな気持ちなんだと思う。吸血鬼の吸血衝動で、普段よりも濃く激しく深くサラちゃんと仲を深めてしまって、その先が見えちゃって、それがとても嫌で、動けずにいるんだと思う。
その先に待つのが破滅かどうかなんて誰にもわからない。けれど行く先は真っ暗で、光なんて一筋も差し込んでいなくて、その場で足踏みしちゃう気持ちはわかる。
きっと戻ろうにも帰り道は同じく真っ暗。進んじゃったから、先ばかり見ちゃうから、想像しちゃうから、それ以前が想像もつかなければ見えもしない。
(昔……仲良かった子と変に気まずくなっちゃって……それ以後話をしなければ目も合わせなくなっちゃたな……思い出すだけで胸が痛い……忘れたい……)
好きな人を、仲良しの人を、大好きな人を想っているのに。幸せとウキウキじゃなくて、苦しみと辛さを感じなくちゃいけないだなんて、そんなの酷すぎる。
そうなっちゃうのはきっと、心の底からその人を大切に想っているからで。だから余計に、自分を傷つけちゃって──
「……やっぱりエイジ、考えすぎだと思う」
「……へ?」
自分で考えてみて、私は改めて思った。
私たち考えすぎだって。私たち悩みすぎだって。私たち、怖がりすぎだって。
だって私たち、長い年月かけてずっとずっとずっとずっと信頼関係築いてきたもん。何年も何年も何年もかけて、強く固く頑強なものにしてきたもん。
「ねえエイジ……」
私はエイジの頭を一回撫でてから、彼の顎を人差し指で持ち上げて無理矢理私と彼の目を合わせて、諭すようにあやすように安心できるように、精一杯気持ちを込めて言う。
「……頑張ってね」




