232.絶対※※飢餓愛絡
「なんで? ねえなんで? いいじゃん別に……望んでるじゃん確実に……なんで嘘つくの? 誤魔化そうとするの? 受け入れてくれないの? どうして強がれるの……?」
首を傾げながら、サラは僕を見つめがら問う。
彼女の瞳孔はぐるぐると渦巻いていて、額に滴る汗が掛け布団を濡らしていて。漏れる乱れた激しく荒い息が、彼女が正常ではないことを表していた。
正直、僕はサラの血を吸いたい、吸ってあげたい、吸ってしまおうと考えてしまっていた。彼女の誘惑に負けるところだった。いつもと違うサラ、いつもと別人のようなサラ。まるでリシアのように、包容力がありどこか母性を感じ、なんでも受け入れてくれそうな優しさを感じたからこそ、僕は止まれた。
そうじゃない。僕がサラに助けられてどうする。正常異常彼女の状態など問わず、サラに僕を助けさせてどうする。サラは妹で、僕は兄なんだから、助けなきゃいけないのは僕の方じゃないか。
「……あは……っ。ほらお兄ちゃん……強がってるだけじゃん……? よだれ……垂れてるよ?」
「……っ……いや……これは……」
そう思っているのに、思おうとしているのに、考えているのに、わかっているのに、意識しているのに、決意しているのに、したいと願っているのに。
それでも脳裏に浮かぶのは処女の血というワード、視界に入るのは汗で濡れたサラの首筋、飢えて求めるのは彼女の血。
僕は右手の爪を左腕に食い込ませ、痛みをきっかけに正気に戻ろうとする。だが戻らない、止まらない、我慢ができそうにない。
試しに声に出してもみた。僕は吸わないと、サラの血を吸わないと。決心していることを改めて自分に言い聞かせ、思い込ませた。
そう思えたはずだった。なのに、今もなお、僕の知らない僕が僕として僕の欲求に答えろと素直になれと、僕に語りかけてくる。囁いてくる。
サラを一瞥する。なんて魅力的な女の子なんだろう、なんて素敵な処女なんだろう。抱いてはいけない感想、思ってはいけない感情、得てはいけない劣情、それを止めたるため必死に瞑想。されど抑えられない止められない止まらない。
顎に滴るヨダレ。雫になり一粒落ちるヨダレ。それが僕の太ももを濡らすたびに、食欲がさらに増してくる。
「お兄ちゃん……私お腹が空いたの……お兄ちゃんもお腹ぐーぐー鳴ってるんでしょ……? 乾くよね……喉……満たしたいよね潤したいよね今すぐ飲み干したいよね……血」
サラが近づいてくる。近くにいるサラが更に近づいてくる。彼女はシャツの襟を下に引っ張りながら、胸元を軽く曝け出しながら、濡れた瞳と赤く染まった頬を見せつけながら、僕を上目遣いで見る。
そんな彼女を見て僕は思わず舌なめずり。彼女の誘惑に、全然全くまるっきり逆らえない。
いいんじゃないか? 吸ってもいいんじゃないか? 飲んだっていいんじゃないか? 処女の血、サラの血、実妹の血。
(だが……だけど……それでも……だとしても……!)
僕は堪える。まだ堪える。ギリギリ堪えられている。
頭が沸騰しているかのように熱い。そのせいか上手く思考が回らず、自分の考えたいことすら思いつかなくなってきている。
ぐちゃぐちゃ脳内、カラカラ喉仏、ダラダラ全身汗だらけ。
どうして僕は血を吸わないと思いたいのだろう。どうして僕は血を吸わない方がいいと考えているのだろう。どうして僕は血を吸うのを我慢しているのだろう。
ハッキリと言葉にできない。自分を納得させられるほどに上手く言語化ができない。逆らえない抗えない衝動が溢れ出していく。
「素直になるんだなエイジ……ふふふ……我慢は体に毒、だぞ?」
「ク……ティラ……?」
突然、聞き覚えのある銀髪赤眼美少女吸血鬼の声が聞こえてきた。
僕はそれに反応して辺りを見回す。だが、クティラはどこにも居ない。見当たらない。
「脳内に直接話しかけている……と言うやつだ。以前もしたことがあるだろう?」
「そう……だったか……?」
「お兄ちゃん……? 誰と話してるの……? 私を見てよ……目の前にいるんだからさ……」
首を傾げ不満を漏らすサラを傍目に、僕は俯きながら、クティラの言葉に耳を立てる。
「ケイに血を吸われ理解出来たはずだお前は……血を吸うとて、吸われた相手に実害は無い。ただちょっと吸われている間、気持ち悪い感覚を得るだけ。それを理解していてもなお何故お前は血を吸うことを拒む?」
「……っ……それは……」
「傲慢だなエイジ……わがままだなエイジ……。あの日あの時、ケイも本心では血を吸うのを望んではいなかったはずだ。だがお前は……私の提案通りに動き、結果ケイの望みとは正反対に血を吸わせ、とりあえずその場限りの解決を図ったではないか。目論見通りそれは成功し……以後もケイが吸いたくなったら自身の血を吸わせ、落ち着けるよう提案した。ケイの望み……血を吸いたくないという望みを叶えるための提案や計画は一切合切考えずにな」
「……っ……そう……だけど……!」
「まあ兎にも角にもとやかく言わず、一度吸ってみるんだな……さすればわかるだろう。安心するんだなエイジ……血を吸ったとて、その快楽と悦楽に負けたとて、バケモノになったりなどしない。ただそうだな……今のサラのように、少し酔っ払いはするかもな」
「お前は……どうしてそこまで僕にを血を吸わせたいんだ……!」
「質問には質問で返すべきだな……エイジ、逆にお前は何故そこまで拒む? 先程己で思っていたではないか……吸わない理由が思いつかない、考えつかない、見つからない、わからない、と」
「いや……僕は……!」
「ふふふ……話はおしまいだ。待っているぞサラが。私の血を吸って欲しいと……エイジの血を吸わせて欲しいと……な。可愛い妹の甘えに期待に応えてやるのが、いい兄なのだろう? 安心するがいい、すでに都合の良い魔法はかけてある。半パイア同士で血を吸っても大丈夫なはずだ……存分に楽しめ、食事を」
「……っ……クティラ……!」
クティラ、クティラ、クティラ、クティラ。
クティラクティラクティラクティラクティラ。
呼びかける。何度も呼びかける。だが彼女はなにも答えない、反応を示さない。
聞こえていないのか、聞こえていて無視しているのか、どちからはわからない。ただ察せられるのは、彼女はこれ以上僕と会話をする気がないということだけ。
「お兄ちゃん……♡」
「……ッ!?」
甘い声でぼくを呼びながら、囁きやながら。サラが僕の肩にそっと触れてくる。
サラも、彼女も、僕と同じように口元から涎を垂らしている。うるうるとした瞳、荒い息、それらを僕に感じさせながら、サラはゆっくりと抱きついてくる。
「苦しいよお兄ちゃん……苦しいよねお兄ちゃん……ねぇお兄ちゃん……お兄ちゃん……お願いお兄ちゃん……吸って? 吸わせて?」
「……っ……僕は……」
見つめ合う。僕とサラは、互いをしっかりと目と目を見て、見つめ合う。
ゆっくりと開くサラの口。自然と開いてしまう僕の口。
二人っきりの部屋。聞こえるのは二人の荒い息。求め合うのは、目の前にいる大好きな兄妹。
僕は、僕は、僕は─




