226.私の好きは認められない許されない
(……エイジくんとクティラちゃん、今何してるかな)
人の多い道。可愛い服を着た女の子、かっこいい服を着た男の子、おしゃれな女子、おしゃれな男子、いい匂いのする女性、いい匂いのする男性。
そんな彼ら彼女らに混じりながら私は、目立たぬよう極力影を殺しながら薄くしながら、コソコソと横並びに歩いている。
今日はお休みの日。学校のない日。休学、休日、休養。日頃溜まっているストレスを発散するために私は、自分の好きなことをしに、自分の大嫌いな街にやってきた。
辺りを見回すとみんな綺麗で、オシャレで、とても羨ましく感じる。自分のファッションがオシャレではないとは思わない、けれど、着てはいけないとは思っている。
(……はぁ。エイジくんとクティラちゃん誘えばよかったかなぁ……最近ヘラり気味だから……いつもより孤独がキツイ……)
心の中だけでため息を着いて、私は目当てのお店まで歩き続ける。
すれ違う人々皆が羨ましい。みんな、自分の好きなものをきっと、ちゃんと着れているから。
私も着ている。私だって着れている。だけど罪悪感がある。本当にこんなに可愛い格好を私がしてもいいのかと。
大好きな服を着ていると気持ちが軽やかになって、嬉しくなって、ウキウキはする。だけどそれは家の中だけで、いざ勇気を出して外に出るとやっぱり、必死に誤魔化そうとしても心の奥底で、自身への嫌悪感が高まっていく。
変な人に見られていないかな。やばい人だと思われていないかな。好きなものを着ていると、普段よりも他人の目が気になって気になって仕方がない。
私はあまり心が強くない人間だから。自分の好きなことをしたいけれど、それを見た他人にどう思われるかをどうしても考えてしまう。
否定されたくない。ただでさえ自分が自分を否定しがちなのに、他人にまで自分を否定されたら、存在意義を失い、存在価値を見失い、存在する意味が無くなってしまう。
繋がっていたい。誰かと繋がっていたい。心が弱いから、全然強くなれないから、寂しがりやだから、辛いから、苦しいから。そう思ってしまう。
結局こうやって可愛くオシャレするのだって、可愛い私を見てという現れ。それが私のアイデンティティにして存在証明。
鏡を見て思う。強く思い込ませる。私は可愛いよって、私に可愛い服は似合ってるよって。
それでも邪魔をするのは自身の本能。本心と乖離する本能。したいことを否定する本能。私を認めてくれない生まれ持っての本能。
「……うぇ……!」
嫌なことを考えてしまって、私はついえずいてしまった。
それと同時に感じるのは視線。悪意も善意も感じない、数だけが多い視線。無数の視線。私を見る視線。私を見てしまう視線。私を認識する視線。私を知ってしまう視線。
(……やだ……何で見るの……別に吐かないよ……吐いてないじゃん……見るなよ……私を見るなって……いいじゃん別にさ……一人だからって……ちょっとえずいたからって……私に興味なんて一ミリもないくせに……私を知ろうとなんてしないくせに……それでいいじゃん……こういう時だけ……ぁぁ……ムカつく……誰も悪くないのに……自分が悪いのに……すっごいムカつく……イライラする……頭がぐちゃぐちゃになって……ビシッと嫌な一閃が走って……こめかみの左上が痛くて……胃から何かが登り上ってくる感覚……ぅ……ダメだ……ちょっと休も……)
いつのまにか消えていた無数の視線。それに一応安堵した私は、誰も座っていないベンチを見つけ、そこに向かって歩き出した。
辺りを見回し誰も見てない、誰もやってこない、誰も座ろうとしていないことを確認。したのち、私はゆっくりとそこに腰を下ろす。
吐くはため息。胸の辺りがきゅっと冷たくなる感覚。今すぐにでも吐き出したい嫌な感覚が全身を巡り、額のあたりがズキズキ痛み、心臓がバクバク高鳴っている。
(……はぁ……やだなぁ……やだ……やだなぁ……)
誰も見てないはずなのに、どこからか視線を感じる。恐らく被害妄想、されど重大迫害真相。
襲われる。自己矛盾の圧に襲われる。
自分を見て、自分を認めて。心の奥底でそう思いながら歩いていたくせに、いざ自分が注目されたとなると、自身を見た相手に憎悪と嫌悪を抱く理解不能な情緒不安定精神。
それはきっと注目のされ方が己が望んでいるそれとは全然違うから。私が認めて欲しいのは、私が見て欲しいのは、私が可愛いと思っている自信満々な私。そんな私存在しないのに、そんな私一度たりとも現れたことがないのに、そんな私を見て認めてと願っている。
(……血が飲みたいよ……エイジくんの血……飲みたくないよ……エイジくんの血……うぇ……ぁ……もうやだなぁ……なんかもう全部やだよ……最悪な気分……泣きたいなぁ……泣いちゃってるかも……あは……気持ち悪……っ)
止まらない自己嫌悪。溢れ出る激情憎悪。止められない自傷。演じ続ける不幸な自分。それら全て包括して現れるのは、とても気持ち悪くて自分勝手な嫌な自分。
本当はわかっている、知っている。こんな私でも受け入れてくれて、認めてくれて、理解してくれて、繋がってくれる優しい人たちがいることは。
事実私はすでに出会っている。あんなに気持ち悪いことをしてしまったのに私を友達として受け入れてくれたエイジくん、私の悩みに強い言葉を使いつつも優しく寄り添ってくれるクティラちゃん、私を異性だと知っても同じ可愛いを探求する同志として認めてくれたサラちゃん。
こんなに広い世界で、あまりにも広すぎる世界で。ごく少数しかいないであろう私と仲良くなってくれる人に、少なくとも私はもう三人出会えている。
何で幸せな環境、何て幸運な巡り合わせ。そう思っているけど、そう思ってはいても、やっぱり不幸なフリはやめられない。
それが正しいと思っているから、思い込んでいるから。私はこうあるべきだって、私がこうなりたいと願う理想を否定してしまう。
だから認められない。私は認められない。私は、私の好きを認められない、許せない。
「……えぅ……ぅえ……ぅ……もう帰ろうかな……はぁ……はあ……っ」




