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222.渇望絶望切望希望本望本能

「……なんか、喉が渇いてきた」

 お兄ちゃんにも、リシアお姉ちゃんにも、クティラちゃんにも、ティアラちゃんにも。誰に言うでもなく私は、一人ソファーに座りながら呟いた。

 喉が渇いたなら何か飲めば? 自分でもそう思う。だけど、喉が渇いていると言うよりは、身体全体が乾いているというか。

 大事な何かが欠けているような、生きるのに必要な栄養素を長らく摂取していないような、そんな感じ。

 喉の奥がヒリヒリとする感覚。頭が段々とクラクラし始める。熱中症なのかな? そんなわけがない。エアコンがちゃんと効いていて涼しい部屋にいて、塩分も完備、水分補給だってしてあるのに、熱中症になるわけがない。

 そうだよね。私ちゃんと水分補給してるよね。じゃあこの渇きは何? 私は何を求めているの?

 自分がわからなくなってきた。自分のことなのに何もわからない。本能でこの状態になるのは必然だとわかっているからあまり違和感を感じないけど、それでも私は私自身に違和感を感じている。

 私の知らない私が私の求める私の知らない何かを私として私に求めてきている感覚。わけがわからなくなってくる。私は一体全体今、何がしたいの。何を求めているの。

 辺りを見回す。この状況がわからなくて、誰かに教えて欲しくて、誰かに助けて欲しくて、ヒントが欲しくて、どうしようもなくて。

 お兄ちゃんはどこ? お兄ちゃんがいない。なんでいないの? どこにいるの?

 クティラちゃんもいない。クティラちゃんはどこ? どこにいるの?

 ティアラちゃんもいない。どうして? 私は今一人なの?

 リシアお姉ちゃんは──

「ん? サラちゃんどうしたの?」

「リ……リシアお姉ちゃん!」

「ぴぇえぇ!?」

 私は、リシアお姉ちゃんの姿が見えたと同時に、ソファーから立ち上がり、彼女の胸元へと飛び込んだ。

 柔らかいリシアお姉ちゃんの胸、体。スベスベとしていて、毛穴ひとつ開いていない綺麗で美味しそうな二の腕。香る香りはお花のように可憐で華麗で綺麗で思わずお腹がグーっと鳴る。

 大好きなリシアお姉ちゃん。本当に本当に大好き。今すぐ食べてしまいたくなるほど、魅力的な私の大好きなリシアお姉ちゃん。そんなリシアお姉ちゃんを私はぎゅっと抱きしめる。

 逃れないように、逃さないように、逃れられないように、絶対に離れないように、必ず離さないように。全心全力全開を出して私は彼女を抱きしめ続ける。

「サ……サラちゃん……?」

 リシアお姉ちゃんの困惑する声。まるで神社の鈴のような、綺麗で心が落ち着く声。発する声すら私を癒し、私を満たしてくれるなんて、なんて素敵な処女なんだろうリシアお姉ちゃんは。

 冷や汗が滴る首元。胸元の襟から覗くとてもエッチな柔肌。食べたい舐めたいかぶりつきたい吸いたい。

(……え? え? え?)

 私は今、何を思った? 何を思ってしまった? リシアお姉ちゃんに対してどうして、食欲を沸かせた? 抱いた?

「え……? え……? え……?」

「サラちゃん……? サラちゃん!?」

 頭がぐちゃぐちゃになりそう。真実と虚実と事実が歪に入り乱れて、本能と本望の乖離が活性化して、確かに私の抱いている欲求なのにそれは望んでいないと本心が喚いて囁いて激しく叫んで──

(乾く……! 喉が……喉が喉が喉が喉が渇いちゃう……! 目の前にあるのに……すぐ手に取れる距離なのに……生殺し生殺し生殺し……ぃ!)

 吸いたい。吸いたい。吸いたい。頭の中でそう、誰かと誤認しかける私が私に囁き続ける。

 今すぐに牙を立てて、綺麗な首筋にちゅっと噛みついて、処女の血をゴクゴクと喉に流し込みたい。

 まるで、まるで、まるでまるでまるでまるで。ヴァンパイアにでもなったかのように。

 リシアお姉ちゃんじゃなくてもいい。確かお兄ちゃんは童貞だったはず。そう、お兄ちゃんの血でもいい。童貞お兄ちゃんの汚れなき鮮血でも私は絶対満たされる。

「……あ! もしかしてサラちゃん……あの時のエイジと同じ……なの……?」

「お兄ちゃ……? あの時……?」

 リシアお姉ちゃんの言葉が断片的にしか聞こえない。お兄ちゃんが何? お兄ちゃんはどこ? お兄ちゃんを吸ってもいいの? お兄ちゃんの血を吸ってもいいの? 吸いたいの? 吸いたいの。どうしようもなく、今すぐに。

「……そういえばサラちゃんってティアラちゃんと契約してたんだっけ……ティアラちゃんの方は大丈夫なのかな……?」

 キョロキョロと右左と首を動かすリシアお姉ちゃん。それに合わせて揺れる髪がすごく美して、綺麗で、素敵で。目を取られてしまう。

 時折見える首筋も、耳の後方部も、パチクリ瞬きする目も。何もかもがいつも以上に素敵に見える。

「……サラちゃん。私ならいいよ、サラちゃんにならいいよ」

「……え?」

 と。リシアお姉ちゃんは何かを許可すると同時に、服の襟部分を軽く引っ張り、自身の胸元と鎖骨を見せつけてきた。

──綺麗。

 触れずともスベスベなのが、触らずともうるおいが、最悪見なくてもその肌の美しさを感じる。

 とても素敵で豪華な食事。それに魅了されて、私の唇から無意識に唾が一滴、垂れてしまった。

「……苦しいなら我慢する必要ないと思うの。私……サラちゃんには少しでも長く幸せでいて欲しいから。ずっと楽しく生きていて欲しいから。特に……私と一緒にいる時間は、私はサラちゃんの笑顔を見ていたい……」

──素敵。

──魅力的。

──甘美。

──艶やか。

「サラちゃんも吸わせてあげてるんでしょ? クティラちゃんに。いい子だよ……すごくいい子……素敵な子……普通は怖くて出来ないもん、ヴァンパイアに抵抗することなく血を吸わせてあげるなんて。サラちゃんが出来るんだもん……お姉ちゃんである私も当然できるよ? サラちゃんのためなら……エイジのためなら私の身……いつでも捧げられる。だからほら……おいで?」

「……リシアお姉ちゃんッ!」

「……っ……! ふふ……うん……いいよ……好きなだけ……サラちゃんの好きなだけ……ね」

 リシアお姉ちゃんの首元に歯を立てた瞬間、私の脳内をものすごく気持ちのいい何かが満たしていった。

 ふわふわで、ゆるゆるで、ふにゃふにゃで、へにゃへにゃで、んにゃんにゃで、るらるらで、とろとろで、きゅるきゅるで、メロメロになってしまう何か。

 抱えていた不満、抑えられず溢れた激情、止まらない欲求、胸の動悸、我慢できなかった頭痛。

 私の身体が、心が抱えていた負の要素を、私の脳内に走る何かは一気に払拭していく。

「……はぁ……あ……リシアお姉ちゃん……」

 快楽と悦楽に身を委ね数秒後。私は突然、自分のしていたことに気づいた。

──正気に戻ってしまった。

 口内に溢れるドロドロとした、嫌な感触。液体のようで液体ではないように感じる、濃い鉄の味。

 リシアお姉ちゃんの血の味。

「……わ……私……リシアお姉ちゃんを……?」

 視野がぼやけ始める。リシアお姉ちゃんの顔を上手く見れない。リシアお姉ちゃんがどんな顔をして、どんな様子で、どうなったのかがわからない。

 心臓が高鳴り始める。今まで感じたことがないほどに大きく、激しく、私の肉体を破り出そうなほどに勢いを増して高鳴っていく。

「……あはは。心配しないでサラちゃん。私、全然平気だから」

 と。リシアお姉ちゃんのいつもの優しい声色が聞こえたと同時に、私の頭をいつもの優しい手のひらが、そっと撫でた。

 リシアお姉ちゃんの手のひら。リシアお姉ちゃんの撫で撫で。優しいコミュニケーション、幼い頃からいつも感じていた愛情、私を甘えさせてくれるこの世で最も大好きな手のひら。

「リシアお姉ちゃん……よかった……あ……ごめんなさい……」

 戻った視界で私はリシアお姉ちゃんの顔を見るが、すぐに彼女から顔を背けながら、私は小さな声で謝った。

 リシアお姉ちゃんの血を吸うなんてありえない。絶対にしちゃいけないことなのに。理由はわからないけど、それでも嫌悪感が自分をゆっくりと満たしていて、肯定感が低くなり、自己嫌悪が激しくなる。

「ん……落ち着いたんでしょ? サラちゃん。よかったよかった……」

 私が泣きそうになっているからか、俯いているからか、リシアお姉ちゃんと顔を合わせないからか。リシアお姉ちゃんは頭を撫でている右手をそのままに、空いていた左手で私を抱きしめてくれた。

 優しい抱擁。甘い香料。大好きな愛情。安心する感情。

 リシアお姉ちゃんが何ともなさそうで、リシアお姉ちゃんがあまりにも優しすぎて、私は──

「あはは……泣かない泣かない。私が血を吸わせてあげた意味……なくなっちゃうよ」

「……ごめんなさい、リシアお姉ちゃん」

「……そうじゃないでしょ?」

「……ありがとう、リシアお姉ちゃん」

「ん! よしよし……」

 私がお礼を告げると、リシアお姉ちゃんは嬉しそうに頷き、私を両手で抱きしめてきた。

 すごく安心する抱きつき。ずっとこのまま居たいと思えるときめき。本当に本当に本当に、安心できるできてしまう。

 私はリシアお姉ちゃんの温もりを感じながら、ゆっくりと、彼女を抱きしめ返す。

 ありがとうとごめんなさい。お礼とお詫びを兼ねて。そして、愛を伝えるために。

 大好きだよ、と。精一杯彼女への愛を込めて、私は力強く、リシアお姉ちゃんをぎゅっと抱きしめた。

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