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22.愛と勇気と絶望

「えっとね……リシアお姉ちゃん。信じられないと思うけど……」

 しどろもどろになりながらサラが話を始める。リシアはそんなサラを、じっと見つめていた。

 視線だけは何故か、こちらに向いているが。

「その……かくかくしかじかなんだ!」

(おまマジか……)

 意を決したかのように、ギュッと両手で拳を握りながらそう叫ぶサラ。

 僕は思わずため息をつきそうになる。

「うん、まあ、目の前でエイジが女の子に変わった瞬間見たしね……」

(だから何でそれで伝わるんだよ……)

 またもため息をつきそうになる。だが僕はそれを必死に抑え、心の中だけでため息をつく。

「……お兄ちゃん」

 ボソッと、こちらを見ながらサラが呟く。僕は彼女と目を合わせ、軽く頷き、リシアの方を向いた。

「えっと……サラの説明通り、僕がエイジなんだ。女になったエイジ、女体化エイジ、女の子エイジ」

 睨みつけるかのような鋭い視線でリシアが僕を見る。彼女は小さくため息おついてから、ゆっくりとソファーから立ち上がった。

「さっきサラちゃんから聞いたよ……全くもう、こんなに可愛くなっちゃって」

 少しふらつきながら、リシアがこちらに向かって歩いてくる。そして、僕の目の前で立ち止まり、ほんの少し上目遣いをしながら見つめてきた。

「……それで? どうして女の子になっちゃったのか、わかる?」

 何故か笑みを浮かべながらそう聞いてくるリシア。僕は思わず、サラの方を見てしまう。

 するとサラは何も言わずに、ジェスチャーだけで「そこはお兄ちゃんがちゃんと伝えなよ!」と伝えてきた。

 僕にはサラの説明がかくかくしかじかにしか聞こえていないから、彼女がどこからどこまでリシアに説明したのかがわからない。故に、最初の一言が思い浮かばない。

 いきなり吸血鬼の、クティラの話をするべきなんだろうか。だけど、それを言い出すにはとても勇気が必要だった。

 リシアはヴァンパイアハンターなんじゃないかと、僕は疑ってしまっている。証拠も根拠も理由も無いけれど、それでも疑ってしまっている。

 だから言葉に出すのが怖い。吸血鬼という単語を口にするのが、とても怖い。

 もしもクティラの推理が、僕たちが彼女に向けている疑惑が正しかったのならば──

 僕は幼馴染と、大切な幼馴染と敵対しなければならないから。そう、なってしまうから。

「どうしたのエイジ……? 思っていても、想っていても、言葉にしなきゃ相手には伝わらないんだよ……?」

 ほんの少し首を傾げながら、リシアはそう言う。そんな彼女の視線を、声色を少し怖く感じてしまって、僕は思わず固唾を飲んだ。

「エイジ。説明できないならこの私がしてやろうか?」

 クティラが耳元で話しかけてくる。いつも通り、僕の肩の上に乗っているから。

 今のクティラの声、肩の上に座りながら僕に話しかけてきたクティラの姿。彼女の一挙手一投足、リシアには見えているのだろうか。

(いや……僕が説明する)

 僕は心の中でそう言って、クティラの提案を断る。

 するとクティラはどこか満足げにため息をついてから、軽く頷いた。

 クティラに向けていた視線をリシアに戻し、僕は彼女をじっと見つめる。

「……ん? あはは……そんなに見つめられると照れちゃうな。ほら、エイジ今結構な美少女さんだし……?」

 照れくさそうに笑うリシア。顔を少し赤く染めながら、彼女は少し俯く。

 僕は己の手をいじりながら、視線を泳がせながら、額に湧き出る汗を感じながら、口に溜まった唾を飲み込んで、意を決して口を開いた。

「か……かくかくしかじか!」

 サラとクティラを見習って、僕もリシアに言ってみる。

 すると、彼女は目を丸くして、口を半開きにしながら首を傾げた。

「……エイジ?」

「お兄ちゃん何言ってるの?」

「バカなのかエイジ」

(何で僕の時だけ上手くいかないんだよ!?)

 わかっていた。何となくわかっていた。わかっていたけれど、わかってはいたのだけれど。どうしても言いたくなったんだ。

 頬に熱が帯びる感覚。死にたくなる、と言うより今すぐこの場から逃げ出したい。恥ずかしすぎて軽く死ねてしまう。

「ねえエイジ……今はあまりふざける場面じゃないと思うな」

 優しい笑顔を浮かべながらも、少し厳しい口調で言うリシア。

 僕は何も言えぬまま、彼女に頭を下げた。

 そして咳払いをしてから、僕は改めてリシアに説明を始める。

「こ……こうなったのは、僕が吸血鬼と契約したからだ! さっき親戚って紹介したクティラが実は吸血鬼で……」

 僕は少し俯きながら、説明を続ける。

「ヴァンパイアハンターって奴らにクティラは命を狙われていてだな! そいつらから逃げるにはどうて……清い人間と契約する必要があって、それでたまたま現場に僕が出会して……クティラに迫られて……」

 リシアを一瞥──とは言っても怖くて顔は見れない──し、僕は説明を続ける。

「それで色々あって彼女と契約したんだよ! 女の子になる契約っていうか、合体するっていうか、そんな感じの契約を! そしたらなんかこう……一心同体になって、だから僕は今女の子なんだ! もちろんなりたくてなったわけじゃない! 不可抗力だ! だから僕は変態とかそういうのじゃない!」

 僕は必死に説明した。我ながらキモいと思うほどの早口で、それでも自分なりに的確で短く端的にしっかりとまとめた説明をした。つもりだ。

 リシアの顔が見えない、見られない。彼女は一体全体、どういう顔をして僕の説明を聞いていたんだろうか。

 意を決して、勇気を出して、覚悟を決めて。僕は、リシアの顔をチラッと見た。

「……ふーん」

「……ッ!」

 思わず、ビクッとなってしまった。

 見たことのない顔、見たことのないリシアが、僕を鋭い目つきで睨みつけていた。

 いつものような優しい顔の面影は一切なく、まるで修羅のような顔つき。

(……あれ?)

 と、僕は気づいた。

 リシアが睨んでいるのは僕じゃない。リシアが睨みつけているのは僕じゃない。

 僕の顔よりほんの少しズレた場所、ズレている場所。そう、リシアが睨みつけているのは僕の肩──

 そこに座る吸血鬼、クティラを彼女は睨みつけていた。

(……見えているのか!? やっぱりリシアにはクティラが見えているのか!?)

「その通りだエイジ……私の勘違いではなかったな。視線だけではなく、殺気も感じるぞ」

「は……!?」

 僕は急いでリシアへと視線を戻す。

 彼女のメガネは強く光を反射しており、彼女の目を見ることができない。深く俯いているから、表情も窺えない。

 プルプルと、フルフルと、小刻みに彼女の全身が揺れている。気がする。

「そっか……やっぱりエイジ今ヴァンパイアなんだ……ないよね……そんなのってないよね……酷いよね……ねえ……ねえ……ねえ!?」

「避けろエイジ!」

 リシアが叫ぶと同時に、凄まじいスピードで彼女は僕の肩に向け、手を伸ばしてきた。

 クティラに耳元で叫ばれ、僕はそれに反応して瞬時にリシアの手から逃れる。ギリギリだったが、逃れることができた。

「リ、リシアお姉ちゃん!?」

 サラが悲鳴にも似た驚きの声を上げる。僕はリシアの攻撃を避けた勢いそのままにサラの元へと向かい、サラを守るように立つ。

「サラ……逃げた方がいいかも」

 僕はそっとサラに呟く。すると何故か彼女は僕を強く抱きしめてきた。

 震えている。全身で抱きしめられているから、サラが震えているのがわかる。

「え……何……何なの……何でリシアお姉ちゃんが暴れるの……お兄ちゃんを襲ったの……クティラちゃんを襲ったの……な……何で何で……何で……」

 誰にも聞こえないほどにか細く小さな声でサラが呟く。怯えるサラの頭を僕はそっと撫でて、彼女を僕から引き剥がした。

「お兄ちゃん……何なの……何が起きるの……何が起きようとしているの……」

「とりあえず自分の部屋に行ってろ。僕が何とかするから」

 僕がそう言うと、サラは一度鼻水を啜ってから、リビングから駆け足で去っていった。

「あ……サラちゃん……うぅ……嫌われたかな今ので……」

 悲しそうな顔をしながら、サラに向けて手を伸ばそうとするリシア。

 しかし、彼女はすぐに自分の手を押さえ、ぎゅっと唇を噛み締めた。

「大丈夫大丈夫……大丈夫だよ……大丈夫に決まってる……後で説明すれば無問題無問題……」

 俯きながら、自分の腕が真っ赤になる程握りしめながら、リシアはぶつぶつと呟き続ける。

 僕はそんな彼女に、少しだけ恐怖を抱いた。

 あまりにもいつものリシアと違う。優しくて、どこかホワホワしている、そんな彼女の面影は全く感じられない。

 なのに、さほど違和感を感じなかった。そこが、僕は怖い。

 次の瞬間、リシアは勢いよく己の両腕を勢いよく振るった。

 そんな彼女の両手には、いつの間にか、どこから取り出したのかわからない、鋭利な刃を携えた剣のようなものが握られていた。

 剣と剣を擦り合わせ、金属音を部屋に響かせるリシア。彼女は僕に向けて剣を構え、優しく言う。

「今助けてあげるからねエイジ……安心してね……」

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