213.夢見るままに、待ちいたり
(……えー……っと……)
頭がボケっとしている。確かに脳は動いているのに、何故か動いていない感じがする。
全体的に脳がどこかフワフワとしている。間違いなく思考できているのに、何も考えられていない感覚。
ここはどこだろう、と僕は辺りを見回す。見覚えがあるような、無いような、不思議な場所。
椅子に座っているのがわかる。机があるのもわかる。それだけはわかっている。あとはそう──
──僕は今、夢を見ている。それだけがわかっている。
(夢だ……ここは夢の中だ……理由も根拠も何も無いけれど……それでも夢だとわかる……)
夢を見ているのがわかったところで、だからと言って何をしろと言うのだろう。何をするべきなんだろう。
何も考えつかない。起きたくなる悪夢じゃなければ、ずっと見ていたい楽しい夢でもない。だから、何をどうするというわけでもない。
「お兄ちゃん! ちゃんとピーマン食べてよね!」
と。聞き覚えのある声、僕の妹の声が聞こえてきた。
した方へ向くと、そこに居たのは妹のサラ。腰に両手を当て、頬をぷくっと膨らまし、僕を睨みつけている。
僕はなんとなく下を見る。すると、机の上にピーマンの肉詰めが置かれているのに気付いた。
「エイジ。せっかくサラちゃんが作ってくれたんだから、食べてあげたら?」
と。いつのまにか隣に現れたリシアが言う。
「エイジ。ピーマンも食べれないようではモテないぞ? 一生童貞のままだ」
と。いつのまにか隣に現れたクティラが言う。
「エイジお兄ちゃん! 大丈夫だよ! ピーマンも慣れたらね、なんかね、意外と美味しく感じるから!」
と。いつのまにか隣に現れたティアラちゃんが言う。
聞き覚えのある会話。やけにピーマンという単語が頭に残るが、その疑問を解消しようとする気力が全く湧かない。
とりあえず僕は、そんなピーマンピーマン発する彼女達を一瞥してから、返事をしようとするが、何故か声が出なくて、思わず喉をさすってしまった。
出なくてもまあ、いいか。だって、夢の中なんだから。
「お兄ちゃんのバカ! ウルトラバカ!」
と。返事もせず、ピーマンも食べず、ボーッとしている僕に苛立ったのか。サラがフォークでピーマンを刺し、僕の口に無理矢理詰め込んできた。
苦しいとか、苦いとか、やめろとか、嫌だとか。そんな感情は一切湧かない。僕はただただ素直に、それを受け止める。
自分がそれを体験しているというよりは、遠くから一人称視点の映像を観ている感じ。
兎にも角にも。僕は詰め込まれたピーマンを素直に食べた。そして、自分で意識していないにも関わらず、ゆっくりと椅子から降り立ち上がる。
そのまま。僕は真っ直ぐに歩を進めた。一瞬前まで目の前にあった机はいつの間にか消えていて、それにぶつかることはなく、僕は進み続ける。
数秒にも数時間にも感じる非常に短く長い時間、僕は歩き続けるとやがて、謎の扉の前に辿り着いた。
躊躇なくその扉のドアノブを捻り、押すのではなく引いて、僕はその扉を開ける。
扉の向こうに広がるのは真っ暗闇。その空間へ、僕は右足から入っていった。
──直後。目の前でフラッシュが焚かれ、目の前が真っ白になる。
何も見えない感じないわからない。そう思ったのも束の間、その一瞬後には、僕の視界は戻ってきた。
「……あれ?」
先程までとは違い、思考がクリアになっている気がする。全身と脳がふわふわしている感じではなく、現実世界とそう変わらない感覚。
右を向こうと思えば素直にそちらへ向けるし、手を握ろうと思った瞬間には既に握っている。試しに声を出してみると、先程とは違いしっかりと声が出た。
こんなにも意識がハッキリとしている夢は初めてだ。まるで現実世界かのように感じる。
だが。辺りを見回すと、僕はそのクリアになった思考で改めて、ここが夢の中だと確信した。
見たことのない植物、建物、生き物。それら全てが薄紫と薄ピンクと濃い黒色で形成されており、とても現実のものとは思えない景色。それを見て、夢だと思わない方がおかしいだろう。
僕はとりあえず歩を進めてみる。辺りをキョロキョロと見回しながら、まるで異国へ旅行でもしに来たかのように、観光気分で歩を進めていく。
歩き続けると、やがて僕は広い湖へと出た。ピンクと紫色のヤシの木が生い茂っており、広がる砂もこれまたピンクと紫色。落ちている貝殻らしきものは全て水色で、あまりにも幻想的すぎる景色に僕は、思わず生唾を飲んでしまう。
一度立ち止まり辺りを見回した後、僕は再び歩き出した。
「……あ」
と、ここで。僕は人影に気づく。
砂浜にビーチパラソルのようなものを立て、ピンク色のサマーベッドを置き、そこに寝転がる人がいた。
本を両手で持ち、それに視線を向ける眼鏡をかけている黒髪の女の子。少しボサボサなサイド編み込みが目立ち、表情は暗く、目にハイライトが無いように見える。
と。僕の視線に気づいたのか、彼女は本に顔を向けたまま、目だけを動かし、こちらへ視線を向けてきた。
「あ……えっと……」
僕は何故か言い訳をしようと声を出す。だが何も思い浮かばず、何も言えない。
するとそんな僕の態度に呆れたのか。女の子は本を閉じながら小さくため息をつき、ゆっくりとベッドから立ち上がった。
それと同時にふわりと、彼女の着ている黒色のスカートが揺れる。風は全く吹いていないのに、それに靡く。
その後、ポンポンっと、彼女は着ている服の埃を払った。そして、彼女は本を両手で抱えるように持ちながら、ゆっくりとこちらにやってくる。
(あれ……? そういえばあの服……どこかで見た事あるような……)
じっと。僕を睨みつけるように見つめてくる女の子。歩き続けた彼女は僕の目の前にやってくると、ゆっくりと顔を上げ、上目遣いをするように僕を睨みつける。
「……ごめんなさい。少し……間違えてしまったみたい……」
「へ?」
「……おやすみなさい」
女の子は小さく何かを呟きながら、僕の目の前に親指と人差し指と中指を差し出す。
直後、彼女はそれを使ってパチンっと。僕の目の前で指を鳴らした。
その瞬間、僕の脳はグラグラと揺れ始めて、意識が朦朧としてきて──
「……今度は間違えないようにしますから」
彼女が何かを呟いた瞬間、僕は──




